番外1552 精霊の願いは
顕現してきたティエーラに手を引かれるように。宝珠を持ったコルティエーラも一緒にこっちに来ている。普段活動しているコルティエーラは行動用のスレイブユニットだし本体は宝珠なのでこういう顕現は自由にはならないが、ティエーラと触れてならこうして移動できるわけだ。ティエーラとコルティエーラの宝珠、スレイブユニットが共々結びつきが強いからだな。
ここも繋がりの深い場所だし、加護を受けている俺達もいるから、当人としても移動しやすい場所か。
小さな精霊達が活性化しているのが伺える。あちこちから顔を出してこちらに顔を向けているな。
「まだ人々が地上にいなかった頃の……話。ここはまだ海の底で、大きな噴火によって陸地が形成されたって記憶してる。その内……出来た陸地の一部は山体ごと崩れて今みたいな湖になった」
……なるほど。マグマ溜まりの爆発的な噴火で山ごと吹っ飛んだか、それともマグマ溜まりが空になって、底が抜けるように下へ落ちて湖になったか。
その辺は今の話からでは分からないが、ティエーラやコルティエーラの話はやはりスケールが違うな。何万年、何十万年前の出来事なのだろうと思う。
大規模な噴火の際にティエーラの力も強く土地に残っているし、星の内部の活動状況によっては再び火口となる事もあるのだろう。
「テオドール達が昔の出来事で私の足跡に想いを馳せているという事を……コルティエーラは少し望んでいるようでもありますね。自分の事を知ってもらえる機会でもありますから」
ティエーラはそんな風に言って微笑む。コルティエーラは眠っている時期が長かったしな。始原の精霊だから特定の種族に肩入れはあまりしないようにしているが、ティエーラ達は生命圏全体を共に歩んでくれるものとして認識しているし、遠い未来に自分の産み出したそれらが、自分のいなくなった後も更に力強く生きていくことを望んでいる。
だから……足跡に触れて過去を知り、誰かが想いを馳せるというのは、きっとティエーラとコルティエーラにとって、喜びでもあるのだろう。
「うん……。あまりティエーラとコルティエーラ自身の事は世間に明かせないけれど、湖ができた状況や仕組みとか、その年代とか、そういうのはみんなにも伝えたいかな」
「それは……想像すると楽しいものですね」
大地が形作られて、そこで様々な生き物が生きている事。何万年、何十万年と経って、湖になり、湿原が広がり、多種多様な生命の宝庫となっていること。そういう成り立ちを伝えて畏敬の念を持つというのはきっと、良い事だと思う。
ティエーラ達の望みが自分達の後に続く何かを残したいという事であるなら、語り継ぐというのもきっと望みに合うものだろうしな。
コルティエーラが腕に抱く宝珠も、ゆっくりと明滅して嬉しさを噛みしめているといった様子だ。
ともあれ、精霊の活性化等々、危険はなさそうという事で、子供達も船から降りてもらって周辺の観光と見学会という流れになる。
ティエーラとコルティエーラについては始原の精霊という事までは孤児院の子供達には明かせない。
「昔の事やこういう地形の成り立ちに詳しい知り合いの精霊が遊びに来てくれたんだ」
と伝えると、子供達もキラキラとした眼差しを向けていた。テフラとも交流があったばかりだしな。ティエーラは穏やかに微笑んで、宝珠も嬉しそうに明滅していた。
そんなティエーラ達の上機嫌さを受けてか、小さな精霊達も手を取り合って踊ったりと、何やらちょっとしたお祭り騒ぎな状態になっている。浮かれてくるような楽しい心持ちになるのはそうした小さな精霊達が見えているから、というだけではないだろう。
春の陽気と花の香りも相まって良い環境だ。子供達がこうした影響で湖に入って溺れたりしてもいけないので、アピラシアが安全を見るために働き蜂を展開して、一人一人に担当をつけていた。これなら迷子にもならないし安心だな。
カルデラ湖の成り立ちについても説明していくと、みんなは感心したり感動したような面持ちになっていた。
「太古の大噴火が、今こうやって湿原と湖になっている、か。すごいものだな」
ゼルベルが感心したように言って、子供達もこくこくと頷いたりしている。
「湖底に見える光り輝くものは何でしょうか?」
「あれは環境魔力を集める性質を持った貝の魔物ですね。この湖と周囲の湿原の一部にしか生息が確認されていないので、貴重な魔物なのです」
グレイスが尋ねるとシャルロッテが教えてくれる。なるほどな。
「私は……七家の血を引く魔術師として育てられ、こうした場所の見学にも同行を許可されましたが、この湿原に関しては幼心に感動した覚えがあります。この場所の保全や調査については七家主導で行われたという話でしたから、誇りに思っているのですよ」
なるほど……。記憶封印以後の世代という事でシャルロッテはエベルバート王達が教育を代わりに行ったようだが……そうだな。湿原の保全を七家が主導したというのなら、その内容を見てもらうというのは大事なことか。
シャルロッテの生き物好きも……もしかするとこういうところからきているのかも知れないな。
そうしたシャルロッテの反応に、七家の面々や母さん。ティエーラ達も微笑ましそうにしていた。
「うむ。シャルロッテがそういった気持ちで受け止めてくれているというのは喜ばしい事だ。小さい頃から苦労をかけてしまったからな」
エベルバート王が表情を綻ばせる。エミール達もエベルバート王に感謝をしているのか、静かに一礼していた。
そうしていると魔法騎士団の面々が昼食の準備もできたと船から顔を出して知らせてくれた。
「では、皆でのんびりとするとしようか」
「そうですね。湖も綺麗ですし空気も良いので食事も美味しいかと」
エベルバート王はこの湖でみんな一緒にのんびりする事を想定して、敷布も持ってきたらしい。みんなで腰を落ち着けて昼食もとれるようにと、シルヴァトリア側の船で食事の準備も進めてくれているというわけだ。バスケットに食事を詰めて、魔法騎士団の面々が運んできてくれる。
お茶と食事の準備も進められ敷布の上に腰を落ち着けてみんなで昼食である。キャンプ……というよりは子供達を交えてのハイキングやピクニックといった雰囲気だな。
精霊達もちょこちょこと走ってきて敷布に一緒に腰を落ち着けたりして。顕現してはいないが膝の上にティエーラやコルティエーラが乗せてその頭をなでたりしていて、なかなかに和む風景だ。
タームウィルズで一度小さな精霊達も顕現しているのを体験しているから、相性が良い場合は、その存在をなんとなく感知できるようになっている子も多い。
折角なのでマルレーンからランタンを借りて、そうした小さな精霊達の姿を見えるように幻影を重ねると、精霊達は嬉しそうに挨拶をしたりして、子供達も楽しそうに応じていた。
触れるわけではないけれど握手を求めたりして。それに子供達が応えればますます精霊達も嬉しそうにして周囲の環境魔力が増すといった感じだ。湖底の貝の魔物もキラキラと反応していて、綺麗なものだ。
昼食についてはサンドイッチや香草をまぶして焼いた鳥肉。サラダといったところだ。お茶も湖水を沸かして淹れたりしてのんびりとした時間を過ごさせてもらった。
子供達や氏族も……精霊達と触れ合い、国外の物を見聞きしてみんなと交流する時間が持てて、かなり有意義な時間になったのではないだろうか。