番外1551 太古の痕跡
湿原を眼下に見ながら進んでいく。平原を蛇行しながら流れる川を遡るように移動しているようだ。
『蛇みたいな川……』
子供達がそんな感想を漏らし「良い感想ね」と笑顔を見せたのがステファニアだ。
「都市周辺の川は治水によって堤防を作ったり、ある程度流れを制御したものだものね」
「空から見ると分かりやすいね。川の流れが緩やかなのは、自然の平原だからだよ」
ステファニアの言葉を受けて、アドリアーナ姫や俺も子供達にそうした説明をしていく。
高低差がきちんとあるから急な流れの真っ直ぐな川になるわけで、ああして蛇行している自然の川は、ちょっとした障害物やわずかな高低差等で簡単に流れを変える。外側と内側の流れの速さの違いでも侵食の速度が違うからああして蛇行する形になっていく、というわけだ。
「増水等が起これば割と簡単に川が氾濫したり流れも変わったりするから……治水が必須になるわけだね」
軽く幻術も交えて川の話から少し広げて、治水についても触れていく。フォレスタニアは天候や地形が制御下にあるから治水の苦労とは無縁であるが、本来治水というのは終わりがないので大変なものだ。
ヴェルドガルも都市そのものは迷宮のお陰で洪水や冠水等被害とは無縁ではあるが、周辺や街道はきちんと治水して整備されているし、地方だってそうだ。
シルヴァトリアを始めとした各国共に為政者面々はそうした仕事をしているし、色々と苦労もあるだろう。
そうした話をするとエベルバート王やアドリアーナ姫も頷いて、治水に関する話を聞かせてくれた。
『シルヴァトリアもまた魔法技術によってその辺を補っているし、その辺の人員もおるから、ヴェルドガル同様負担が軽くなっている部分はあるやも知れぬな。氾濫が起こってきた場所、起こりそうな場所は魔法で整備して堤防を強固にしたり、川幅や川底に手を加え、冬の凍結、積雪や春の雪融けによる増水にも対策を積み重ねてきた、というわけだな』
そういった過去の積み重ねが今のシルヴァトリアの治水の状態に繋がっている、というわけだ。エベルバート王は他国より人的資源の面で楽とは言っているが、北国ならではの部分もあって興味深い。
これも……俺からは実践の話としてあまり出てこない部分ではあるな。
魔術師の仕事でもあるし、文官の仕事でもある。子供達は面白そうに聞いている面々もいれば、魔術師や文官の仕事に就きたいと思っているのか、真剣な表情で耳を傾けている者もいて、反応はそれぞれといった様子だ。
氏族の面々も内政分野には興味があるのか、そうした話を真面目に聞いている様子であった。治水も農業に直結した内容ではあるし、こうやって外出する時も畑の面倒を見たいという事で転送魔法や転移門を活用して交代したり中継映像を見たりしている氏族としては、タイムリーな話題かも知れないな。
そうやって木道や蛇行する川の上流を目指して進んでいくと……やがて目的地が遠くに見えてくる。木道が普通の道になっていて、その周辺の地面はしっかりしているのが伺えるな。ちょっとした施設も建てられているが……どうやらシルヴァトリアの管理する公的な施設らしい。
同時に少し特徴的な地形が目に飛び込んでくる。
『また随分と丸い形の湖ですね』
「あれは……自然のものなら、過去の噴火口だったりするのかも知れませんね」
『噴火口?』
サンドラ院長の言葉に応えると、首を傾げる子供達や氏族達である。お祖父さんも静かに目を閉じて頷き、補足説明をしてくれる。
「テオドールの言う通り、かつて噴火口だったのではないかと言われておるよ。通常の湖とはあまりに精霊達の分布や種類が違うと、ここを訪れたエルフの言葉で調査が行われての。噴火口が長い時間をかけて陥没したりして、雨や川の水の流入を経て湖になったというわけじゃな」
所謂カルデラ湖だな。かなり大きな湖なので相当な噴火があったのだろうと予想される。というかそういう大規模な噴火でもなければそう簡単にはカルデラ湖にはならないのだったか。
ここに来るまでにテフラ山を見ているという事もあって、子供達としても火口に水が満ちて湖になるというのにはある程度想像がついたようだ。想像がついた上で見ると、それはそれで火口の規模がすさまじい事になっていることに気付くわけだが。
とはいえ、今はコルティエーラもティエーラから分離して精霊としての活動を休眠しているようなものだし、そういった大規模な破局噴火等は起こらないと見ていいのかな。これも、地形として馴染むぐらいには大昔の出来事なのだと思う。
この湖が目的地に間違いないようで、シルヴァトリアの飛行船が湖の畔にある施設に向けてゆっくりと下降していく。シリウス号もそれに続くように高度と速度を落としていった。
やがて二隻の飛行船も動きを止めて……無事に停泊できたようだな。では、下船の準備に入るとしよう。
「ああ……これは……」
外に出るとすぐに違いに気付いた。エルフが精霊の構成が普通と違う、と言っていたのも分かる。湖にウンディーネがいるのは普通の事だがサラマンダーやノームもたくさんいるのだ。シルフは割とどこでもいるが、他の精霊達が活発な事に引っ張られてか結構元気がいい。
サラマンダーとノームがいるからといって水温が高い……というわけ……ではないようだ。いまだに火山の活動が活発だからというわけではなさそうなので、そこは安心ではあるが。
環境魔力は良いな。清浄な魔力が満ちている。分離していなかった頃のティエーラの活動の痕跡と考えれば、カルデラ湖が精霊の楽園になるのも分かるか。
歓迎するように手を振ってきたり、笑みを向けてくる小さな精霊達に、俺も笑みを返して手を振ると精霊達は皆楽しそうにしていた。
「これは――すごいですね」
「テフラ山の温泉もだが、ここの水もまた、錬金術に使ったりすると出来が違うと評判になってね。悪用を防ぐ意味でも国の管理下に置かれたという経緯がある。湿原の管理がされているのもそのあたりが理由だね」
エミールが教えてくれる。なるほどな……。母さんもその事は知っていたようで仮面の下でうんうんと頷いている。
自然も豊かで景色も綺麗、動植物も見られるし精霊の活動も活発となれば、子供達の見学にもいいし、俺達にとっても有意義なものになる、か。
周囲の確認がてら先に下船させてもらう。精霊達も高位精霊の加護を受けている相手がやってきたという事が伝わるのか、あまり警戒せず、俺の後をちょこちょことついてきたりして、なかなかに微笑ましい。
湖の水質も調べてみようという事でウィズと共に分析させてもらったが、水質は確かに綺麗で安全だ。……地球側のカルデラ湖では火山の噴出物が混ざっていて危険な場所もあったが、ここはそういった場所ではないようだな。湖底にキラキラと輝くものはなんだろうか。この湖特有の噴出物、かもしれない。後でエベルバート王やお祖父さんに聞いてみよう。
ともあれ魔力が豊富な水で、テフラ山共々特別な場所として見られるのも分かる。シルヴァトリアはこういった自然の資源が豊富だな。
「というか……この土地はやっぱり、ティエーラの気配が強く残っている、かな。年代がいつ頃の事かはわからないけれど、かつてのティエーラの、大規模な活動の痕跡っていうことになるわけだから」
「ああ、ティエーラ様の……」
クラウディアも納得したようにそう言って魔力を感じ取るように目を閉じる。
加護と共鳴しているようにも思う。周囲の小さな精霊達も何やら心地よさそうにしていて。
「ふふ。この場所は――懐かしいですね」
そんな話をしていると、大きな精霊の気配が顕現してくる。当人が顕現してきた、というわけだ。