番外1550 北国の湿原へ
並んで塔から出発し、王都の上空を旋回してから進むと、住民達はかなり盛り上がっている様子だった。二国の国旗を振る面々、大きく手を振る人達。通りを追いかけてくる子供達に、酒杯を掲げ合って乾杯している冒険者とドワーフの姿と……中々に楽しそうな光景が眼下に広がっている。まだ午前中だが酒盛りまでしているな。
俺達の訪問を歓迎して割とお祭りモードになっているシルヴァトリアだ。
大通りから広めの通りの上から見えるように巡回して、それから目的の方角に向かって移動していく形だ。街の上空から出る飛行船を、シリウス号も追う。二隻の飛行船が向かう先は、シルヴァトリアの北東部方面のようであるが。
『今回は子供らが共に外出できるようになった祝いということもあるし、次代を見据えてのものでもある。友好を深めるためにものんびりとした観光を、という方向で考えていてな』
「楽しみです」
エベルバート王に少し笑って答える。お祖父さん達も方針を把握しているのかその言葉にうんうんと頷いていた。
べリオンドーラからは遠ざかる方角だ。そうなるとコンセプト的にも魔人とはあまり関係のない場所という事になるかな。
氏族の子供達も迎えているし、これからの関係構築も考えてあまり魔人との戦いの歴史については掘り下げず新たな関係を築いていこうというのも伝わってくるしな。
事前に調べた民話や伝承やらの中にはどんなものがあっただろうか。北東に関係があったかなどに思案を巡らせつつも、北国の春の景色やみんなとの会話を楽しませてもらう。
「北国の春は陽の光が穏やかな感じがして、景色も綺麗ですね」
「ふふ。そう言ってもらえるのは嬉しいわね。私もシルヴァトリアの春は好きよ」
山々にはまだまだ残雪が残っているが人里は春の景色だしな。近いところに草の緑と花の色、遠くに針葉樹林の濃い緑が広がり、更に遠くには霞む山肌の青みがかった黒と残雪の白が見える。
柔らかながらも色彩豊かな風景だ。陽の光も柔らかくて暖かな印象があるというか。
「花々も群生していたりするけれど……北国の植物は寒いからか控えめな印象があるわね。わたくしは……割と好みだけれど」
そんな風に言うローズマリーは、エーデルワイスや子供達の顔を見て、羽扇で表情を隠しつつも少し微笑んでいるようだった。
フォレスタニア境界公家の女の子の名は花から取っていたりするが……エーデルワイスも標高の高いところ、涼しいところで控えめに咲くというイメージが強いからな。北国の花々のイメージをエーデルワイスに重ねているところはあるのかも知れない。外に見えている花も、白くて小さな花だし。
「あの花はああ見えて生命力が強いものね」
「確かに、可愛らしいけれど寒さにも負けないという印象があるわね」
母さんが言うとヴァレンティナも同意する。健康で育ってくれればというのは確かにな。ローズマリーも植物に詳しいし、そういう意味合いも込めての言葉ではあるのだろう。
北国の動植物を眺めながらも二隻の飛行船が進んでいく。シルヴァトリアの飛行船の姿もじっくり見られるので、船に乗っている子供達の中にはにこにこしながらそれを見ている面々もいるな。
やがて飛行船は街道を外れ、平野部をゆっくりとした速度で東に向かって進む航路をとった。その内に段々と植生も変わってきて。
「下は湿原が広がっておってな。環境魔力も地形もなだらかで良い場所に見えるが、あまり人は住んでおらん地域なのじゃな。空から見る分には自然豊かで綺麗ではあるのう」
お祖父さんが教えてくれる。なるほど……。湿原か。
草原が続いているが人家はなく、水が見えている部分も点々としている。
纏まった面積の森はあまり広がっておらず、きちんとした陸地部分は白樺の原生林があったりと、かなり雰囲気が良い場所だ。
「良い景色ですね。環境魔力が良いという事は、狂暴な魔物も少ない、と」
「そうですね。湿原はゴブリンやらオークやらにとってはあまり居心地のいい場所ではありませんし」
そうだな。むしろゴブリンとオークは魔力溜まりの外縁部を好むし、そうでない場所なら小規模な人里からある程度つかず離れずの位置に拠点を作ったりする。他種族からの略奪も行うのがその理由だな。魔力溜まり周辺だと活動のための魔力が環境から多少補えるので、逆に略奪が控えめにはなるか。
いずれにせよ遭遇すれば攻撃を仕掛けてくるので、あまり気休めにならないというか、ほとんどの場合において敵対的ではあるが。
この湿原に関しては……話を聞く限りではどちらでもないし、比較的平和な地域ではあるのか。
『目的地はあるが、ここからは船体を隠蔽して動物を見ながら進んでいくというのが良いのではないかと考えている。ライフディテクションも活用できそうではあるな』
なるほど。湿原に住む鳥や動物、温厚なタイプの魔物の見学と。コンセプトを聞いてにこにこしているのはやはりシャルロッテである。
実際北国の湿原は珍しい動植物や魔物が見られそうだし、外の世界を見るという意味では子供達にとっても良い企画なのではないかと思う。狂暴な魔物が少ないといっても、人里近辺から離れてこんな場所に来る機会は、子供達にはまずないからな。
シルヴァトリアの飛行船にバロールを派遣しておく。こうすればお互い何か発見した時に飛行船間で発見した動植物の情報を共有できるようになるからな。
そんなわけでゴブリンやオークが少ない理由等も含めて話をしながら、生命反応を感知した場所を拡大して見ていく。
普通のモモンガやリスといった小動物に、水を操って行水している鳥の魔物と……色々見ることができるな。自然豊かな土地という事もあって、姿も消して移動しているので割とあちこちで見つける事ができる。植物に関しても、珍しい草花の宝庫だそうで、ローズマリーがこっそりとテンションを上げていたりする。
シャルロッテは言うに及ばずというか、この場所については結構詳しいようで、あの動物は何という種類だとか、色々解説できるぐらいにこの湿原に詳しいようだ。
湿原は全く手が入っていないわけではなく、木道も整備されているようだが……。
「異常がないか巡回を行ったりする必要がありますし、動植物の調査や採集で立ち入る事もありますから。ああいった木道を整備し、移動によってあまり荒らさずに湿原を渡り、ある程度の管理ができるように人を配置していたりもするのです」
と、シャルロッテが教えてくれた。調査や管理に同行をしたこともあるそうで、それで多少湿原の実情にも詳しいというわけだ。動植物に携われる仕事となればシャルロッテの興味とも合致する。
なるほどな……。空から見た感じ、湿原も結構広いしな。資源も手に入るというのなら管理もするか。ここまで見てきた感じでは割と珍しい薬草等も生えていたし、荒らしてしまってはそうした資源やそれを育む環境も台無しになってしまう。
巡回と採集にしても色々細かく見る必要がある。飛竜や幻獣に乗って空から一気にというわけにもいくまい。去年はこの辺から採集したから次の採集は場所を変えて、だとか、結構細やかに対応する必要はあるだろうな。
そんな調子で湿原についての解説を聞いたり動植物を愛でたりしながらも二隻の飛行船は連れ立って進んでいく。
目的地はもう少し先で、そこならば安心して飛行船を下ろして外に出られるとのことであるから、子供達も船から降りて湿原の環境に触れられるだろうか。