番外1543 魔法王国の歩みと
上機嫌そうな様子でアドリアーナ姫が声を上げ、そうしてシルヴァトリア王国の王都ヴィネスドーラまでの道行きの中で、シルヴァトリアについての解説をしてくれる。
べリオンドーラが前身としてあったこと。魔人達との戦いは……一度は勝ち、次に攻め込まれて敗れて、南西へと落ち延びた事等を細かく話をしていく。
「南西で受け入れてくれた貴族家もまた、防衛戦で援軍をして、べリオンドーラの先祖達と民を受け入れてくれたわ。べリオンドーラは元々少し特殊な形態の国だったし、その貴族家に七家出身の娘が婚姻していたということ。それに七家と貴族家の間で生まれた子に変わった魔力資質の子も誕生したそうだし、国内の事情も重視し……最終的に貴族家と七家とで新しい王国の形に纏まっていったのね」
シルヴァトリアとべリオンドーラの歴史だな。べリオンドーラについては元々月の民達であるし、王国を名乗っていたが月の主家の親戚筋でもあるからな。
地上で活動する上での便宜上とまでは言わないが、七家間の合議で王位が継承されたりしていたようだ。
アドリアーナ姫はあえて言及しなかったが……シルヴァトリアの土地を元々治めていた当時の貴族家の当主も、撤退戦で命を賭してまで奮戦した。それもあって七家はその貴族に恩義を感じていたわけだ。
当時のこの土地に住まう貴族とシルヴァトリア王国成立の経緯については、べリオンドーラからの敗走以後の事なので、当時の混乱はあったものの、記録は比較的きちんと残っている。
元々この土地を治めていたのは……大公や辺境伯のような独立性の高い貴族家であったそうだ。
べリオンドーラ以前の話になってしまうので敗戦で情報が失われている部分はあるが、この家については月と地上の民の間で続いていた家系であったようだ。
地上の民で月の民との融和の中で特殊な才能が輩出されていたというのもある。地上の民を重視していることを示す意味合いもあっただろうし、独立性の高さはその辺からも来ているようだ。
特殊な才能と血筋……そこに研究が重なって封印術や結界術の更なる発展に繋がったのではないかと、七家の面々は今現在も歴史研究して、そんな風に推測している。
ともあれ契約魔法、封印術を組み合わせて魂の封印にまで至っていたのは事実だろう。特殊な才の持った血統の保全も……独立性を高くする理由には成り得るかも知れないな。
そういった背景からシルヴァトリア王国という国号が決められ、七家が王家を補佐する、という形で新しい王国が成立したわけだ。
七家の事情と身を寄せた民、そして当主を失ってしまった貴族家。地上の民との更なる融和を目指していたというのもあるだろうな。
「現在ではシルヴァトリア王家と七家はそれぞれ親戚関係になっておるのじゃな。シルヴァトリア王国の歴史の中で、王家と七家それぞれとも互いに血縁関係ができて、家系図を見るとかなり密接に結びついておる」
お祖父さんがそんな風にアドリアーナ姫の言葉に補足説明を入れつつ子供達に伝える。まあ、血縁だけで見るなら王家と七家の垣根はあまりないと思っていい。役割分担というか、一線を引いて互いにやるべき事、やらない事を定めてはいるけれど。
地上の民との融和はべリオンドーラ時代から進められていた。それと敗戦による情報の途絶によって循環錬気以下、一部の技術や情報が失われたり継承が途絶えてしまい、その復活を目指そうと諸々試行錯誤していた、というのがシルヴァトリア以後の七家の動きではあるのか。
こうしてみると、ネシュフェルやギメル族とも少し背景が似ているかな。
アドリアーナ姫やお祖父さん、ヴァレンティナといった面々が語るシルヴァトリアの歴史に関する話に、子供達も興味津々といった様子だ。
昨今のザディアスによる混乱はあったものの、シルヴァトリアに居を構えてからは国家間はもちろん、国内でも平和が続いている。対魔物、対魔人では力の研鑽を続けていたし、特に対魔人では国外に協力を申し出たりもしていたが。
そういう場面で魔法技術の一端を外部にも見せていたから、魔法王国と呼ばれる所以になっていたわけだ。
そんな調子でシルヴァトリアの色々な歴史、エピソード。現在のシルヴァトリアの様子や事情をアドリアーナ姫やお祖父さん達が話してくれるので、北国の春の風景と合わせて、大人も子供も、共に楽しめる道中になっていると思う。
母さんはと言えば、仮面を被って「無関係な冥精です」といったように装っているけれど、こちらも楽しそうだ。話を発展させやすいように話者が欲しいであろう質問をしたりと、こっそりフォローしたり盛り上げ役に回っていたりするな。
「良い質問ね」
ヴァレンティナもにこにことした笑みでそれに答えたりして。事情を知っている身としては実際の仲の良さが伺えて結構な事である。
俺も歴史的な部分はともかく、シルヴァトリアの最近の国内事情については詳しくない部分もあるので、アドリアーナ姫やシャルロッテ、ロミーナの教えてくれる話は興味深く聞くことができた。そのへんのところは記憶を封印していたお祖父さん達や、国を離れてその後イシュトルムの能力を封印していた母さんも詳しくないので、かなり熱心に耳を傾けている、という様子だ。
まあ母さんの場合はあくまで無関係な冥精なので、あまり当事者ではなさそうな演技が交えられていたりするのだが、その辺、俺達にはわかるからな。
グレイスやアシュレイはそういった機微が伝わってくるが、中継に映るところであまりリアクションしてはそうした演技も台無しになってしまうからな。モニターに映らない位置に行ってにこにこしていたりして。それを見てまたみんなも笑顔になるといった具合だ。
ほのぼのとしたところも見ることができて楽しい旅行だな。
シルヴァトリア観光も兼ねて、王都に向かう道中は街道沿いを進んでいるので、いくつかの領地を跨いで通過する形だ。そこで領主からも歓迎の言葉を受ける。
俺やアドリアーナ姫、お祖父さん達ということで領主達も温かく迎えてくれる。
「境界公なら安心かと存じますが、子供達が多いと聞いておりますので、道中お気を付けください。良い旅になる事を願っております」
「ありがとうございます」
領主達とそうしたやり取りを交わし、それぞれの領地の人達とも手を振り合い、歓迎を受けたり見送られたりしながらも王都に向かって進んでいく。
街道を行く人達とも手を振ったり光魔法で合図を返したりしつつ春のシルヴァトリアを行く。
「ふむ。もう少し進んだら操船を代わろう」
「わかりました」
道中でお祖父さんに言われて頷く。俺の歓迎の関係で王都付近まで進んだら操船についてはお祖父さんが行うとのことだ。子供達と一緒に甲板に向かって待っていて欲しいとのことなので、この辺は俺の負担を減らすというより、歓迎の兼ね合いもあってのものなのだろう。歓待、歓迎に関しては俺も引率側ではあるが客側でもあるので、ノータッチな部分があるからな。
「というわけで、甲板に出たら低速、低空で進んでもらえるかの? 把握していない予定外の事があればその時はすぐに伝えるからの」
お祖父さんが言うと、アルファもその辺は心得ているので静かに頷いていた。
さてさて。段々と王都が近づいてきたところでお祖父さんは予定通りに操船を代わってくれた。王家と七家、魔法騎士団の面々の歓待か。どうなる事やらといったところだが、ここは客の一人として素直に楽しみにさせてもらうとしよう。