番外1539 テフラと狩人
「――狩人は冬に咲くというその薬草を求めて、危険を承知で雪のテフラ山へと入ったのです」
シーラが情感を込めて本を語り聞かせ、イルムヒルトがリュートを奏でる。俺も、その語り聞かせに合わせてマルレーンのランタンを借りて影絵のような幻影を展開した。
立体映像は水晶板での鑑賞にやや向かないからな。
内容としては過去のテフラ山を舞台とした話だ。山麓――つまりジルボルト侯爵領に住む領民達の話だな。狩人は腕がいいと評判だったらしい。
街の外……森や山中で活動するということはゴブリン等とも遭遇する事もあるからな。狩人、漁師といった面々は地球のそれより危険が多い。
ゴブリンあたりは大人が連れ立っていると警戒して距離をとったりするから複数人で活動するというのは有効だ。単独で生業としている面々は腕が立ったり、魔物から身を隠す知恵、技術を身に着けていたりするが、この狩人に関してはそうした人物のようだ。
いずれにしても魔物云々以前に冬の雪山となれば危険度が高いわけであるが、普通はそれを承知している。
それでも狩人が雪山に入ったのは、病に倒れた知人の娘を助けるためだった。薬草がかなり特殊な植物であるのは間違いない。
「水や氷の魔力を宿した植物ね。冬の寒さが厳しい間だけ雪の下から顔を覗かせて花を咲かせる性質で、そうした魔力を宿しているだけにかなり強い治療薬の材料になる、と文献で読んだことがあるわ」
というのがフォレスタニアの書庫で本を読んだ際のローズマリーの解説だ。アシュレイも興味があるのかふんふんと頷いていた。
テフラはこの昔話については「覚えている」と言っていたからな。ローズマリーの話も裏付けになっているというか。
ともあれ、危険を承知での採集なので狩人は一人で山に向かった。雪山で活動する知識がなければ共倒れになるだけだと判断しての事か。
「しかし天気が次第に悪くなり――狩人は吹雪に巻き込まれてしまいました。前も見えず、進むことも戻ることもできません」
シーラの語りに合わせて、イルムヒルトの演奏も少し不安を煽るような焦燥感のあるメロディになる。子供達はどうなるのかと固唾を飲んで話に聞き入っているようであった。
狩人が知人に娘の話を聞いて、状況を知った時には時間的な余裕がなかったのは間違いない。薬草の採取の適した時期が残り少ないとか、病状が悪いとか色々条件が重なっているから、天候のコンディションが万全な状況を待って山に入るという、時間的な余裕もなかったのだろう。
狩人は吹雪対策をしようと雪洞を作って凌ごうとしたようだ。対応に慣れているのは伺えるが、それでも危険であることに変わりはない。
そうしてそこに現れたのがテフラだ。
「人の子がこのような時に我が膝元で何をしているのか」
テフラはそんな風に狩人に語りかけたそうだ。
猛吹雪の中、雪の上を悠々と歩いてくるその姿は……きっと神性を感じさせるには十分なほどだったろう。陽光の閉ざされた吹雪の中では、後光が差したように目に映るのではないだろうか。
影絵ではあるが、その時の情景を想像し、それが伝わるように幻影を映し出していく。
「テ、テフラ山の精霊様……」
ジルボルト侯爵領の領民である狩人にとっては、信仰の対象だ。狩人もそれは例外ではなかったらしく、畏まってテフラに自分がここにいる理由を伝えたという。
「知人の娘が病に倒れ、明日をも知れない命なのです。このような日に山に入り、精霊様の領域に踏み入るのは恐れ多い愚かな行いと、山の恵みで暮らしを営む者として分かってはおりましたが、な、何卒お目こぼしを……」
雪洞から身を起してテフラに事情を説明する狩人の話を、テフラはじっと聞いていたという。それから一通りの事情を聞いたテフラはふっと笑う。
「確かにこのような日は精霊の力が高まる時ではあるが……別に人の子を罰しようと思って姿を見せたわけではない。まだ動けるならばついてくるがよい。このような吹きさらしの場所では辛かろう」
そう言って背を向けて肩越しに振り返って笑うテフラに、狩人は頭を下げるとそれを追った。
「吹雪の中を悠々と歩く精霊の後を追ううちに、狩人は身を切るような寒さが和らいでいる事に気付いたのです。相変わらず強く吹雪いていて先も見えないというのに。前を行く精霊から太陽のような暖かさを感じていました」
この昔話は事実という裏付けもあるので、今シーラが読み上げている部分は狩人からの視点なのだろう。
先程までの緊迫した旋律も、神秘性を感じさせながらも暖かみのある音色になって……イルムヒルトの演奏も良い感じに演出を盛り上げてくれているな。
幻影の方もテフラの背中の周囲を暖かな色合いにしているが、安心感なども子供達に伝わっているようで、笑顔になったりしていた。
やがてテフラは狩人を山の一角に案内する。そこには風から守られるような位置に洞窟があって。
「この洞穴なら安全であろう。じきに吹雪も収まる。そうすれば目的を果たして山を下りるぐらいの時間はあろう」
「あ、ありがとうございます……!」
深々とお辞儀をする狩人にテフラは少し笑うと、その場を立ち去って行った。
昔話では省略されているが、テフラはこの時「今いる場所は――人の子の言葉で6合目……西側の斜面、といったところか」と、現在地まで教えてくれたそうな。まあ、テフラ山の精霊だし現在地の把握ぐらいは簡単なのかも知れない。
洞窟は火を焚かずとも、不思議とほんのりと温かさがあったそうだ。加護というほどではないが、テフラが力を残したか、小さな精霊達がテフラと狩人のやり取りに感じ入って力を貸してくれたか。
「狩人は精霊に言われた通りに暖を取りながら体力を温存し、吹雪が止むのを待ったそうです。やがて吹雪も収まり狩人は今がその時だと洞窟を出ました」
そうしてテフラに伝えられた現在地の情報を元に移動して……見事に薬草を回収して戻ってきたのだという。知人の娘も助かり……ジルボルト侯爵領で更にテフラへの信仰が厚くなったのは言うまでもない。
子供達もテフラの話に感じ入っている様子であった。テフラと顔を合わせた子も多いので、会ったことがある、優しそうな精霊様だったと、そんな風に話をして盛り上がっているな。これからそのジルボルト侯爵領に向かうということでテフラに会えるかもと期待している子もいるな。
「ふっふ。恐らくテフラ殿にはこうした想いも伝わっていそうですな」
「そうだね。ジルボルト侯爵領で待っているって言ってくれたし、テフラならこういう子供達の反応は喜ぶんじゃないかな」
オズグリーヴの言葉に答える。顔を合わせた時が楽しそうだな。
そうした光景を想像しつつ、話の余韻が収まるのを待って次の読み聞かせへと進んでいく。シルヴァトリアでの民話、昔話をいくつか集めてきているからな。シーラとイルムヒルトも読み聞かせの練習を積んできているし、速度との逆算で「大体このぐらいは話をできるだろう」と見積もりまで立てていたりするからな。到着まで楽しんでいってもらえればと思う。
そうして読み聞かせをしながらシリウス号は進んでいく。山脈に住まう幻獣達の話であるとか、土地の主であった魔物と戦う魔術師の話であるとか、現在のシルヴァトリアに繋がる話もいくつか見受けられるな。七家に関係する話も出ていたりして、この辺民話や昔話の登場人物について調べていくと結構興味深い。
母さんやお祖父さん達。アドリアーナ姫やシャルロッテもその辺を知っていたりするので色々解説を聞くこともできるしな。




