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221 青空と湯煙

「では大使殿。私は王城へ向かい、メルヴィン陛下にお目通りを願わなければなりません」


 ジルボルト侯爵は夫人と令嬢を連れて儀式場を後にするようだ。

 エルマー達の身柄の引き渡しだとか、色々手続きもありそうだからな。


「分かりました。後日お話をお伺いしに行くことがあるかも知れません」

「承知致しました。エルマー達を助けてくれたことを、改めて感謝します」


 ジルボルト侯爵は一礼すると、騎士団の護衛を受けて王城へと向かって出発していった。

 さて……。クラウディアとテフラが契約してどうなったのかと庭園のほうを見てみると、もう変化が生じていた。池の中央部あたりから湯が湧き出しているのが見える。


 水魔法で湧出孔付近からお湯を汲んで様子を見てみる。湧いてくる湯の温度は割合高いようだ。あちこちに湯を引いていって使う分には丁度良いのかも知れない。


「硫化水素の臭いはしないと。ふむ」


 あの臭いも温泉らしくて良いとは思うのだが……人によって好みも分かれるところだろうしな。

 味も見てみる。無味無臭――のようで、微かに甘味に似た味があった。んー……。僅かに魔力を含んでいるようだな。確かに薬効がありそうな雰囲気である。


「もう変化が出ているのね」


 みんなも様子を見に来る。


「そうだな。池が溢れ返る前に何とかしないと」

「そうね。水浸しになってしまうわ」

「周辺を整備した後ならそこに湯を引いていけば良いだけの話なんだけどね。今は……川や海に引っ張っていくと色々影響がありそうだし」


 温度変化に水質変化。今までそこに無かったものだから、生態系に影響が出るかも知れない。俺はあまり細かいことは言わないが、住人の暮らしに影響を出すのもなんだし、精霊であるテフラの望むところでもないだろう。


「ふむ……。確かにやや拙速だったかな。湧き出す量は我の力に依存するが、一応加減することもできるとは思うぞ」


 湧出量はテフラ次第、と。温泉が有名になって人が集まればテフラの力も増えるんだろうな。


「監視しておくというわけにもいかないし、迷宮側へ流せばいいんじゃないかしら」


 クラウディアが言う。


「ああ、下水道の利用?」

「そうなるわね。温泉の湯は性質が今までのものと違うから、迷宮下層に新しい区画ができてしまうかも知れないけれど。それはそれで外部に影響が出るわけではないし、別に問題ではないわ」

「なるほど。面白いものよな」


 新しい区画だとかやや不穏な単語も聞こえたが……この場所だって既に迷宮の新しい区画のようなものだ。クラウディアとテフラはそれで良いようなので、その案を採用させてもらうことにした。


 儀式場からタームウィルズ側に向かって地下道を伸ばしていく。水漏れが出ないように周囲を固め、下水道に接続。

 都市内部への出入り口としては使えないように下水道側の排水口から儀式場に向かって、人の通れないサイズに直しながら戻る。それから池の縁の形を少々変え、低い方に溝を作って地下道と繋げば排水路の完成というわけだ。仮のものではあるが、これで当分の間は大丈夫だろう。

 せっかくだし源泉周りも少し弄ってしまおう。池の底を固めて石化させ、水が濁らないように改築していく。


「何だか、このままでもお風呂として入れそうね」


 イルムヒルトが湯に軽く触れながら言う。


「我としてはそなた達に一番に楽しんでほしいところではあるな」


 ふむ……。そういうことなら一番風呂ということで楽しませてもらうか。


「じゃあ、そうしようか。湧出孔は熱いから少し気を付ける必要があるけど」


 そう言うと、みんなの顔が嬉しそうなものになった。


「じゃあ、家からお風呂用の品を取ってきましょう」

「分かった。俺は衝立を立てたりだとか、準備を進めておくよ」




 まだ日も高いうちから風呂というのも乙なものだ。衝立で周囲からの視線は遮っているから露天風呂という風情ではないが、青空が見えて気分が良い。

 また湖の時と同じように全員水着姿に着替えて入浴である。湯はやや熱めの温度であるが、入れないほどでもない。


 肩まで浸かる、と。湯の温かさが身体の内側に沁み込んでくるような心地良さに包まれた。


「はぁ」


 と、思わず声が漏れる。


「湯加減はどうかな?」


 自身も湯に浸かりながら、テフラが尋ねてくる。


「丁度良い感じだ」

「うむ。それは何より」


 答えるとテフラは満足げに頷く。セラフィナが水面に仰向けに浮かんで気持ち良さそうにしている。儀式場周りは精霊や妖精にとって、元々居心地のいい場所だからな。

 ラヴィーネはお湯が苦手なので浅いバスタブを作り、温泉の湯を汲んでから冷やすことで冷泉を作ってある。どっしりと浸かって動かないでいるあたり、あれはあれで気に入ってくれたようである。


「ん。良いお湯」

「本当……」


 シーラの呟きにイルムヒルトが大きく息をついて答える。人化の術を解いてのんびりと寛いでいるようだ。


「テオドール様。お怪我の具合はいかがですか」


 アシュレイが尋ねてくる。


「ああ、うん。火傷のほうも痛みはもうないよ」


 そう答えると、みんなも俺の傷の具合が気になるのか周りに集まってきた。

 何というか。水着を着用しているとはいえ、温泉で桜色に上気した顔色のみんなに囲まれるとこう……色々と刺激が強い光景だ。

 陽の光に湯に濡れた肌が煌めいている。みんな白くて肌理(きめ)が細かいものだから、血行が良くなると余計に目立って艶っぽいというか。


「この分ならヒーリングシェルはもう大丈夫かも知れません」


 試しにヒーリングシェルをはがしてみれば、火傷はもう治りかけて新しい皮膚が張っていた。


「この分なら痕も残らないで済みそうですね。切り傷のほうも大丈夫そうです」

「そういえば、温泉は火傷にも効くものがあると聞いたことがあるわね」


 ローズマリーが首を傾げる。


「うむ。山の近くに住む者達が話していたが、火傷にも効果があるそうだぞ。皮膚病も治り、肌艶も良くなるのだとか」


 火傷にも効果有りと。なら、ゆっくりとさせてもらおう。

 テフラの言葉を皮切りに、女性陣はお互いに肌に触れ合って手触りが良くなっているとか、肌理の細かさが綺麗だとか盛り上がりを見せている。


「ローズマリー様の肌はお綺麗ですね」

「あら、グレイスに言われると嬉しいわ。私としてもあなたやアシュレイの肌の白さは羨ましいけれどね」

「クラウディア様のお肌も滑々です」


 アシュレイの言葉にマルレーンがクラウディアの腕を撫でたりといった具合だ。なかなか楽しそうである。


「テオドールも、なかなか手触りが良さそう」


 シーラのそんな言葉に、みんなの視線がこちらに集まる。


「ん。ほんとだ。滑々してる」


 近くを漂っていたセラフィナが俺の肩を撫でて言った。


「ああ、いや……。俺のはみんなのとは違うと言うか、何と言うか」


 と答えたものの、みんなは悪戯っぽく笑う。

 流れはみんなで俺の肌に触れる方向にシフトしたらしい。脇腹やら背中やらをみんなの手で撫でられてしまった。

 ……くすぐったいやら肌色が視界の大部分を占めているやらで、何が何やら。みんなが楽しそうにしているのは良いけれどな。のぼせる前に一旦湯から上がろう。うん。




 うむ。予想以上に良い湯だった。

 温泉から上がったら、巫女達の滞在のために作った施設の一室で寛がせてもらう。まだ内装や家具の手配が済んでいない部分はあるのだが、休憩するには事足りるので。

 温泉のほうは、今、ペネロープや他の巫女達に使ってもらっている。庭園のほうから巫女達の楽しそうな声が聞こえてくる。後で工房や商会の面々や、セシリアやミハエラ、迷宮村の住人達も呼んでこよう。


 源泉周りはテフラの精霊廟もあるしな。湯はここからあちこちに引くとしても、今ある設備はこれ以降も身内や王族に使ってもらうような施設にしておくのが良いのかも知れない。まずはこの施設の中に湯を引いて大浴場を作ろう。


「肌がしっとりしていますね」

「そうね。予想以上に良いわ。これは」


 グレイスとローズマリーが笑みを向け合っている。


「この分なら湯治客を呼べそうかな」

「それはまず間違いないでしょうね。父上も喜ぶと思うわよ」


 そう言って、ローズマリーが笑う。ふむ。温泉周りで色々施設を作れば、それを維持するための人員も必要になるわけで……。これも劇場と同じく、孤児院の面々や迷宮村の住人の良い就職口になりそうな気はするな。

 色々構想は膨らむが……とりあえず湯治場と大衆浴場とは別にしようか。療養目的なら静かに過ごしたいだろうし、大衆浴場なら娯楽の面があるからな。

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