番外1538 海と昔話
エリオットを交えての循環錬気を行い、カミラとヴェルナーの体調が良好であるのを確認していく。
その際、エリオット達と孤児院の面々とで、顔を合わせて挨拶もした。改めて俺達の子供達とも顔を合わせての初対面の挨拶といったところだ。
とりあえずエリオットの居城であればはぐれることもなく、防犯体制のしっかりしたところで話もできるからな。
「初めて会う子もいるね。ブレッド君とは前に劇場で顔を合わせているけれど」
「はい、オルトランド伯爵」
エリオットと笑顔を向け合うブレッドである。孤児院でも年少の子はあまり外と交流があるわけではないしな。みんなで出かけてきているということもあって、初対面というケースも多い。カミラはもちろんヴェルナーとはほぼ全員が初対面だし。
オリヴィア達も改めて顔を合わせて紹介する。
ロメリアとヴィオレーネはシーラとイルムヒルト、それぞれに似ている特徴があるということもあり「お姉ちゃん達に似てる」とそんな反応があった。
そうして「初めまして」「よろしくね」と挨拶をする子供達に、グレイス達やエリオットとカミラも表情を緩めていた。
出発時間が朝早めだったということもあり、ロゼッタも転移門を通って姿を見せてくれているな。
循環錬気については概ね問題はない、ということを伝えると、ロゼッタは静かに頷く。
「子供達も問題はなさそうだわ。フロートポッドで安静にしているし、循環錬気もあるから旅行の日程の間は大丈夫そうだけれど……何かあればルシール先生共々転移門で現地に向かって対応するわね。フォブレスター侯爵領にも行くから私達の同行まではできないけれど」
「ありがとうございます。いつも対応していただき、お二方には感謝しています」
ロゼッタとルシールへのお礼については、アルバートの状況が落ち着いたらしっかりと用意しないとな。子供達が生まれる前から、ずっと診察で世話になっているし。
「ふふ。私達としてもリサと交流したり、アシュレイ様と治癒魔法に関する話や指導ができて、結構充実していて楽しいのだけれどね」
ロゼッタは俺の言葉に笑みを見せていた。
というわけで、改めてシルヴァトリアへと出発することとなった。シリウス号に乗り込み、みんなと共に領民に姿を見せつつ、シリウス号で進んでいくという形だ。
エリオット達は武官、文官達に留守の間の事を頼むとオルトランド伯爵領の武官、文官達も穏やかな笑顔で応じていた。
「境界公家やシルヴァトリア王国との交流ですからな、皆喜ばしく思っておりますよ」
そんな風に応じる文官にエリオットも笑って頷く。魔法騎士団の面々とも仲が良いし、エリオットとしても楽しみにしていたのだろう。
そうして武官、文官、城の使用人達に見送られながら移動を開始する。団体行動なので点呼と確認はしっかりとしておく。
エリオット達と俺達が甲板から姿を見せると領民達は家々の窓や屋上、大通りの沿道から歓声を上げたり手を振ったりと、盛り上がっている様子であった。母子の健康を喜ぶ声、祝福の言葉も聞こえてきて、明るい雰囲気だな。
アルファもシリウス号をゆっくりと安定飛行させてくれているので、結構時間をかけて街中の人たちに顔見せする事ができた。
直轄地から出て、少ししたところで甲板から船の内部へと移動する。ヴェルナーもフロートポッドに乗せて艦橋の一角に固定する。今は……先程の循環錬気で安心して眠っているようだ。傍らのカミラがそんなヴェルナーの様子を見て微笑んでいた。
小さな子達についてはいつでも対応ができるように艦橋や船室の一角に小さいながらも簡易の授乳室を作っている。風魔法や浄化の魔道具、水作成の魔道具等々、必要と思われるものを配備してあるので、授乳やおむつを替えたりといった諸々もスムーズにできる状態だな。
艦橋に縦長構造で二階部分もあるし、固定用のパーツもあるので、木魔法や土魔法等で作ればプライバシーなどにも配慮しつつ色々と対応が可能というわけだ。
アピラシアの働き蜂達やスピカ、ツェベルタといった面々も手伝ってくれるしな。
そうした簡易の設備についても説明すると、エリオットとカミラは感心したような声を上げる。
「何かあってもこれは対応しやすいですね」
「しっかりと準備してくださっているのは安心です」
エリオットとカミラはヴェルナーの髪や頬を撫でたりしながらそんな風に言って頷きあっていた。
さてさて。では、シルヴァトリアに向けて進んでいくとしよう。
「では、これからシルヴァトリアに向けて航行していきます」
船内にアナウンスしつつ、船を進めていく。ジルボルト侯爵領への到着は昼頃になるように調整している。海の景色も見慣れてきた頃合いで読み聞かせもできるように準備を進めておこう。
海の景色は――孤児院が港のある西区にあるということもあって、やはり結構見慣れているという子が多いようだ。氏族の面々も海の景色は綺麗だと言っているが、慣れている面はあるようで。
一番反応しているのはやはり迷宮村の子供達だろうか。海を見るのが初めてというわけではないけれど、結構テンションが上がっているように見えた。
ヴェルドガルとシルヴァトリア間の航路になっているということもあり、航行している船舶の姿も見受けられるな。
フォブレスター侯爵領で騎士や冒険者達を見かけた時と同じく、船乗りもこちらに気付くと大きく手を振っていた。こちらもあの時と同じように光魔法で反応を返すと喜びをあらわにしていて、それを見た子供達も笑顔になっている。なかなか楽しそうで結構なことだ。
「ああした反応を見ると、シリウス号も周知されているという感じがするわね」
「ん。そうだね。前はもう少し驚かれることが多かったし」
しみじみと頷いているローズマリーに答える。隠蔽フィールドを展開して移動することも多かったけれど、そうした作戦行動も平和になって減ってはいるからな。
好意的に受け止めてもらえているというのはありがたい事だ。興味を持ってもらえるなら魔物種族にしても氏族にしても和解と共存の話が伝わっていくだろうし。
そうして洋上を移動し、予定通りにというか、頃合いを見て読み聞かせの話を切り出した。
「これからシルヴァトリアに向かうということで、色々とあの国にまつわる民話や昔話を用意してきました。もしよければ、道中お話を聞かせていけたらと思っているのですが、いかがでしょうか?」
『ああ、それは素敵なお話ですね。是非私からもお願いします』
サンドラ院長が言うと職員面々も頷き、子供達も顔を見合わせてこくこくと頷く。
では――話をしていくとしよう。
イルムヒルトがリュートを取り出し、シーラが本を手に取る。読み聞かせするのは……まずこれから向かうジルボルト侯爵領にまつわる話だ。テフラに関する民話だな。
リュートが音色を響かせる。ジルボルト侯爵領の野山をイメージした、少し神秘的な雰囲気のある曲だ。
話に合わせて演奏する曲を選べるようにと、少しリハーサルをしていたようだからな。シーラが「昔々――シルヴァトリア王国の南部にて」と本の内容を語りだす。
シーラも読み聞かせということで普段の淡々とした素の感じではなく、割合と情感を込めている。孤児院の面々への招待ということでイルムヒルトと一緒にシーラも練習していたようだからな。クラウディアや演技の得意なローズマリーにこの辺のことを聞いたり、結構気合を入れているという印象がある。
内容としてはテフラが地元に住む狩人の前に姿を現して助けた、というものだが……これからジルボルト侯爵領に行ってテフラとも恐らく顔を合わせることになるしな。
実際に子供達と顔を合わせた時に、良い感情を向けてもらえるのではないだろうか。