番外1525 無事を祈る者達
アルバートとオフィーリアがフォブレスター侯爵領での滞在に向かってから数日。一日一日とオフィーリアの予定日が近付いている。
こちらとしてもかねてから決めていた通り、日々の執務や仕事をしつつオルトランド伯爵領とフォブレスター侯爵領を転移門で移動し、循環錬気を行っているが……一先ずは仕事量的にも問題はなさそうだ。工房の仕事もアルバートが休暇中なので縮小傾向ではあるが、その辺も大丈夫そうだ。
迷宮商会の客もミリアムによれば工房主が出産と育児を控えて休暇中であると説明すると納得してくれているということだしな。
ブライトウェルト工房の工房主がアルバートであることは既に知られている事ではあるしな。無茶を言う者もいない。
というわけで、俺も循環錬気から帰ってきた後で自分の仕事を進めている。日々の執務の他に魔界に絡んだ幻影劇の準備だな。
「さて……これはどうでしょうか?」
記録媒体で立体映像を映し出し、チェック役に見てもらう。ファンゴノイド族のボルケオールや、パペティア族のカーラに立体映像のクオリティを確認してもらう、というわけだな。
「おお。良いですな。魔界の風景としてよくできております」
「映像美としても良いものではないかなと」
フォレスタニア城の一角にて、魔界の遠景を見て、ボルケオールとカーラはそう言ってくれる。
魔界の面々に見てもらうことで実際に即しているかとか、おかしなところがないかとか、そういった部分を調べているわけだ。同時に、可能であれば魔界の景色で綺麗だと感じる部分を出していきたい。
魔界は、空の色もルーンガルドよりずっとバリエーション豊かに移り変わるけれど、その色合いの変化の中でも実際に見られる色で美しいと感じるものなら観客に見せたいというのはあるな。
ただ、実際に起こる変化であるというのは重要だ。
魔界の荒々しさというのはきちんと見せていきたいしな。正しい形の理解を深めるというのは大事だし、あまり本物から外れたものにはしたくない。好感度も高めたいというところもあるのだが。
ルーンガルド側にも魔界側にも綺麗だと思ってもらえる落としどころ、となると、色々考えるところがあって中々調整が難しいな。
ルーンガルド側で上映する幻影劇であるから、場面に合わせて風景を適したものにするという、作劇的なウソも必要だったりするし。
しんみりした場面なのにちょうど禍々しい空の色合いになっていたというのはなんだしな。変なところでリアルさを徹底する必要はない、と、この場合は考えている。目的から外れてしまっては本末転倒だからだ。
メギアストラ女王の記憶にある部分は……割と忠実に再現しているな。そこまで空の色合いが場面に合わないということはないので、変える必要もなかったというのはありがたい。
そうやって今回の幻影劇に関しては色々と調整に気を付けているのだが……その点、ボルケオールやカーラがルーンガルド側に来てくれているのはかなり助けられていると思う。
ルーンガルド側の住民である俺が魔界の住民の感性を理解しているとは言えない。その点、カーラ達パペティア族は他の種族の美意識への理解度が高いというのがあるし、ボルケオールはファンゴノイド族なので記憶力が高く、こんな景色を魔界の住民も綺麗だと言っていたと、幻術で俺に実例を見せてくれたりもした。
というわけで二人に意見を聞きながら調整と作製作業を進めている、というわけだ。監修があれば間違った外国像、というようなことは起こるまい。
「今回作った部分に関しては良さそうですね」
「再現度は高いですな。ルーンガルドの住人ではないので、美観については参考になるかはわかりませんが、私は好みですぞ」
「魔界側でも結構な種族が好みそうな色合いではないかと」
ボルケオールとカーラがそんな風に応じてくれる。再現度、色合い共に問題無し、といったところか。凝りだすときりがないが、魔界の住人が見ても楽しんでもらえるように頑張っていきたいところだ。
「アルバートが不在だから、その分、完成度を上げる時間って割り切っていきたいところだね」
作っているのは素材のようなものであるから、こっちが気合を入れてもアルバートの負担に変化があるわけではないし、思い切り凝っても問題ないというのがありがたい。
「ん。出来上がりが楽しみ」
『セリアの事が多くの人々に知られるのは喜ばしい』
と、俺の言葉に頷くシーラとメギアストラ女王である。
そうやってあれこれと幻影劇に関する仕事を進めたり、執務や視察を行ったりといった日々を過ごしていたが……ついにというか、その時がやってくる。
アルバートとロゼッタから兆候があると連絡が入ったのは予定日とされていた日から2日遅れて、夕方ぐらいになってからのことであった。
当日に循環錬気をしたり生命反応を見に行った場合でも問題はなかったからな。少し前後するのも普通だからあまり心配はいらないという話になっていたが……だとしても、アルバート達も多少気を揉んでしまう部分もあっただろう。その辺は俺達としても経験してきたから気持ちはわかる。ましてや、アルバートとオフィーリアにとっては最初の子供なのだし。
「今からそっちに行くよ。みんなも予定は少なめにしているから、集まった上で祈りをしに行けると思う」
『ありがとう。先達が相談に乗ってくれるっていうのは安心感があるね』
『祈りも心強いですわ』
アルバートやオフィーリアが水晶板越しに笑みを見せる。フォブレスター侯爵も『お待ちしておりますぞ』と歓迎の言葉を口にしてくれた。
『まだ時間はあると思うし、こちらのことは安心して任せてもらっていいわ』
ロゼッタが言う。そうだな。オフィーリアも現状で話ができるぐらい落ち着いているようだし、とりあえずしっかりと連絡を回して集まってむかうぐらいの時間はありそうだという印象ではある。
というわけで必要な内容を伝え合い、一旦フォブレスター侯爵領との通信を切り上げて更にあちこちへ連絡を回す。夕方なので工房の面々や商会のミリアム、学舎の友人面々とも話がついたな。そろそろ仕事終わりという者も多く、フォブレスター侯爵領への訪問も問題なさそうだ。
子供の誕生は明日の朝以降を見込んでおいたほうがいい。フォブレスター侯爵は宿泊できるように諸々準備も整えていると言ってくれたから、訪問や宿泊に際しては問題ないとは思う。
『必要とあれば食事も用意しておきましょう』
と、侯爵はそんな風にも言ってくれた。この時間帯だと食事が済んでいるかは人によってまちまちだから、ありがたいことだ。
その辺の受け入れ態勢についても含めて説明すると、みんなもすぐに向いたいと返答してくる。もう少ししていたら食事の用意をしてしまっていたという面々も多かったのだろうけれど。とりあえず転移港で待ち合わせして、集まったらそのまま移動していくと言うのがいいだろう。
「付き添ってもいいだろうか?」
「私達としても無事を祈りたいと思っているのです」
そう伝えてきたのはマクスウェルとアルクスだ。アルバートの子供の誕生を祝いたい、というのは工房で生まれた魔法生物達もということだ。
アルバートが作り手側であるから、親のような立ち位置とも言えるので無事を祈りたいというのは当然ともいえる。
祈りに際しては何人いても良いしな。侯爵からも歓迎しますとの回答が得られたので、このまま一緒に移動していくとしよう。