番外1521 侯爵領への見送りを
新生児の視覚の発達については……目が開いても最初の内は動きを追えるぐらいで形が曖昧、最初は色の認識も少しだけという話だ。色覚の発達は比較的早いと聞いたことがあるが。
成長が早い場合は半年ぐらいもあれば普通の視力、視界に近い状態になるそうだが。
顔を近づければ親の顔を認識して笑う、というのはそこそこ増えてきたので、俺やみんなが添い寝したりベビーベッドの傍で腰を落ち着けて顔を覗き込んだり、といった場面が最近では増えているな。
だが、子供達はまだまだ成長の途中といったところだ。
オリヴィアが早く生まれた分、発達の度合いも先んじているが、まだ遠くの風景を細かく見られるようになるのはもう少し時間が必要、だろうか。
「色についてはみんな見えているみたいだから……そうだね。普段と違う事は分かると思う」
感覚の発達度合いを確かめる循環錬気で反応を見る事で細かく調べる事もできる。色を目で追うとか、注意深く見る事で分かる部分もあるけれど。
「お出かけ用の服にも着替えているというのも普段と違うところですね」
俺の言葉にグレイスが腕にオリヴィアを抱いてにっこりと微笑む。
「そうね。その辺も気付いているように見えるわ」
少し目を瞬かせている子供達の様子にローズマリーが大きく頷いて言う。貴族の子育てというのは結構家や家人の考え方によるところが多い。
乳母や使用人に子供達の世話を頼める、という部分があるからだ。みんなの場合は……子育てに関して自分達で色々したいと思っているところがあるな。貴族の中ではかなりその傾向が強いと言っていい部類だと思う。
その点、ルフィナとアイオルトが双子だというのは、みんなにとって結構良い方向に作用しているかな。そのままだとステファニアの負担が一人だけ増えてしまうというのがあるから誰かが手伝ったりする。俺が対応するにしてもルフィナとアイオルトのどちらかばかりになってしまうようでは問題があるし、みんなで割と入れ代わり立ち代わりといった対応をしているわけだ。そんな事もあって、全体的な家族仲が良好だな。
元々姉妹のような仲の良さだったし、お互いパーティーとしてサポートし合っていた背景もある。グレイスに続いてステファニアやローズマリーも復調してきたし、セラフィナや母さん、魔法生物達や動物組。城で働いている面々に氏族達も色々な面で支援に回ってくれるし、良い環境であるというのは間違いない。
「私達の子供が生まれた時の事を考えると、今の環境はすごく良いですね」
「ふふ、想像すると楽しくなってきますね」
少し前の話だが今の環境に関してはアシュレイやエレナがそんな風に言って、マルレーンもにこにことしていたり、クラウディアも楽しそうに頷いたりしていたっけな。
年少組は支援に回ってくれているから、後で子供が生まれた時にみんなで支援に回るというのは、確定というか何というか。
その辺で安心できるというのもあるし、自分の子供が大切な人達と親しくしている未来というのは……想像すると確かに楽しいからな。
「みんなで出かけるの、楽しみにしてたの」
「ん。ヴィオの服も着替えさせやすくていい感じだった」
イルムヒルトが言うと、シーラもこくんと頷く。ヴィオレーネ用の衣服は袖や裾を大きめに改造してあるからな。きつくなるようなところもなくて、丁度良い感じに仕上がったように思う。
そんな調子で和気藹々とした雰囲気の中、フロートポッドに乗り込んで移動していく。子供達もいるし、シーラやイルムヒルトはまだ安静にしていなければならないから、シオン達やカルセドネとシトリア、それにリンドブルムを始めとした動物組も護衛として付き添ってくれた。
「可愛いですね……」
「うんっ。かわいいねえ……!」
「後で絵にする」
フロートポッドに乗り込む際に子供達を見て盛り上がっているシオン、マルセスカとシグリッタである。カルセドネとシトリアもにこにこと上機嫌といった様子だ。
そうしてフロートポッドに乗り込んで、街中を移動していく。フォレスタニアからタームウィルズへ。外の景色を見やすくするためにフロートポッドの外縁部に幻術を使ってパノラマの景色を映し出す。
動物組も楽しそうだな。周囲を少し入れ替わるように飛んで、幻影に反映させる事で子供達を楽しませようとしてくれているようで。
みんなも楽しそうに子供達に語りかけながらそうした光景を見せれば、移りゆく普段との景色の違い、色の違いを子供達も察知しているようだ。
にやりと笑いながら身体を回転させて飛ぶリンドブルムや、きらきらとした水晶を背中に形成したりしているコルリス、楽しそうに声を上げるティールを目で追ったり、少し手を伸ばしたりしているのが見て取れる。うむ。
動物組も仲良くしてくれているからな。その辺見ていて微笑ましいといったらない。
『ふふ。本当、良いですわね。わたくしやアルも皆様の様子を見ているから、心配事が少なく先々の事を楽しみにしながら過ごせているのです』
「ええ。そうであったなら何よりだわ」
水晶板の向こうで言うオフィーリアの言葉に、クラウディアが頷く。アルバートとオフィーリアは馬車に乗って移動中だ。寄り添っているアルバートもこちらの様子を見て表情を緩めているな。
うん。こちらの様子がアルバートとオフィーリアにとっても勇気付けられるものであるとか、先々の事が楽しみになっているというのなら、それは実に良い事だ。
「みんなで見送りに出て良かったな」
そう伝えると、二人も笑顔で頷いていた。
フォレスタニアからタームウィルズに移動すると、すぐにアルバート達や見送りの面々もやってきて。神殿前の広場でみんなが顔を合わせる。
工房の職人組、ミリアムやドワーフの親方達もアルバートに笑顔で留守中の事は任せて欲しいと伝えていた。
「こうやってみんなに見送ってもらえるのは嬉しいな。少し不在にするけれど、よろしくね」
「任せて下さい。連絡はしっかりとしますが、こちらの事は心配なさらずに」
「私も留学中の身ではありますが、人手が必要でしたらお力になれると思います」
ビオラやペトラがそんな風に言って、アルバートも「ありがとう」と笑顔で応じる。ペトラには以前にも工房の仕事を手伝ってもらっているからな。
ロミーナもオフィーリアと笑顔で言葉を交わして、オフィーリアも励ましの言葉にお礼を伝えていた。顔を合わせて挨拶を終えたところで、みんなで一緒に転移港へと向かう。
転移港に着くとロゼッタとルシールもやってきていた。エリオットとカミラのところに往診に行っていたとの事で。オルトランド伯爵領の医者と共に協力して動いているからな。今度はオフィーリアとその子供に対応するために動いていく、というわけだ。
ロゼッタ、ルシールとも挨拶をした後、母子がみんな集まるから都合がいいという事でアルバート達の出発前に、転移港の迎賓館で軽くみんなの往診をしていく。
俺も循環錬気でアルバートを交えて生命力の補強を行っておく。
オルトランド伯爵領、フォブレスター侯爵領に訪れて循環錬気をしたりする機会も増えるとは思うが、今日のところは転移港で循環錬気を進める。
「大丈夫そうだね」
「うん。いつもありがとう、テオ君」
「ふふ。ありがとうございます」
アルバートとオフィーリアもお礼を言ってくれる。
「いつもありがとうは、こっちから伝えたい事でもあるね」
タームウィルズに出てきたころから色々と力を貸してもらっているしな。魔法技師や術式の提供者としての関係もあるが、信用していい相手だと分かっていたというのは、俺としても気が楽だったから。だから今回の事でもアルバートとオフィーリアの力になれたならと……そう思う。




