番外1517 王の邸宅は
「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
「はい、テオ」
「いってらっしゃい、テオドール様」
「父上や母上にもよろしく」
グレイスやアシュレイが笑顔を見せ、ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら目を閉じて俺の言葉に応じる。
メルヴィン王達に会いに行くという事でマルレーンとステファニアもにこにことしているな。
みんなと出かける前の言葉を交わし、子供達の頭や頬を一人一人撫でたりして堪能させてもらった。それからバロール、中継役のシーカーといった面々を連れて領主の居住区画を出て、大型フロートポッドでフォレスタニアの街中へと向かう。ゲオルグを始めとした武官達も一緒だ。
今日の予定としては――メルヴィン王の邸宅用の資材が揃い、輸送の準備もできたという事で、その立ち合いと魔法建築作業の開始といったところだ。
メルヴィン王やグラディス王妃、ミレーネ王妃も邸宅の落成をかなり楽しみにしているようで、実際こちらにやってきて資材の確認や魔法建築に立ち合う予定になっている。
前回作った完成予想図となる模型については機密保持のためにこちらで預かっている。先王の邸宅ともなれば防犯上、警備上の問題も出てくるからな。
模型とは言え設計図に近い忠実な構造でもあるから、余人の目に触れて悪用されないよう手元に置いておきたいというのがあるのだ。そのため、領主用の居住区画に保管していたが……それも持っていく形になる。
邸宅の構造についてはウィズが残らず記憶してはいるのだが、建築作業中にメルヴィン王に見てもらうことで構造を急遽変更というのもあるかも知れない。今どこを作っているのかといった作業も……メルヴィン王や王妃達にとっても分かりやすくなるだろう。
フロートポッドに乗っていく理由については、建築の見学に際してメルヴィン王や王妃達に寛いで過ごしてもらうためでもある。こうする事でメルヴィン王達を守りやすくなるし、模型そのものも人目に付きにくくなって一石二鳥だ。
護衛兼資材搬入についてはミルドレッドやメルセディア達が担当してくれる。同行するゲオルグ達と合わせて警備体制に関しても万全というわけだ。
さて。フロートポッドをフォレスタニア入口の塔の上に移動させて待っていると転移の光が輝いて、護衛の騎士団の面々と共にメルヴィン王と王妃達が姿を見せる。
「おお、テオドール」
「お待ちしておりました」
メルヴィン王を迎えてゲオルグ達と共に挨拶をする。
「子供達も元気そうで何よりだわ」
ミレーネ王妃が楽しそうに笑って、水晶板の向こうにいるみんなと笑顔を向けあう。
騎士団の一人が俺達の様子を見てミルドレッドと言葉を交わして頷き、フォレスタニアから迷宮入口へと転移で戻っていった。メルヴィン王と王妃達は勿論の事、タームウィルズとフォレスタニア間で移動する人々の安全確保をしながら資材を運んでくる、というわけだ。転移してくる部分より少し離れたところでそれを見守らせてもらう。
ややあって搬入用のメダルゴーレム達が資材を積んだ状態で次々と現れた。これらのメダルゴーレム達についても、必要になるだろうと術式を組みこんだメダルを王城側に渡しておいたのだが、有効活用してくれているようで何よりだ。
メダルゴーレム一体に対して数人の兵士達が付き添うような形を取っており、資材が崩れないように覆ったり縛ったり、色々と騎士団側も安全策も講じているのが見て取れるな。
「テオドール公のメダルゴーレム達のお陰で資材運搬も円滑に進んでおります」
「それは何よりです」
メルセディアの言葉に笑って答える。
フォレスタニアは団体での訪問や資材搬入も想定しているので転移の行われるスペース……入口の塔の最上部は広めになっている。
転移回りの術式は安全性のかなり高いもので、周囲に誰もいない座標を選択し、予告となる光の柱を発生させてから転移処理が行われる。
転移先の安全が確保できないと処理が止まって元の場所から移動できない等、そういった予防策も働くようになっているので、武官達の対応と相まって作業は円滑に進んでいく。
「転移先での衝突防止は術式に組み込まれていますが、転移後に何かの拍子で資材が崩れるといった事は有り得ますので、ああして丁寧に作業を進めてくれるのは安心ですね」
武官達の練度が高いのは良い事だ。
「恐れ入ります。ああいった作業も武官達の作戦行動如何では求められてくる局面がありますので、良い経験をさせて頂いておりますよ」
ミルドレッドも少し笑って一礼して応じてくれる。輸送や陣地設営、切り開いて道を確保といった作業は確かに軍の作戦行動の範疇だろうな。その訓練にもなるというミルドレッドの見解は正しい。
やがて兵士達が迷宮入口からの資材転送も残らず終わったと報告に来てくれた。
「うむ。御苦労であった」
「勿体ないお言葉です」
メルヴィン王からの労いの言葉に、武官達も笑顔で一礼する。というわけで……メルヴィン王達にはフロートポッドに乗って移動してもらう。資材は運搬ゴーレム達が運んでくれるので、俺達はミルドレッド達と共に護衛しながら邸宅の建設予定地へと向えば良い。
「おお。模型もあるのだな」
「作業中に見る事ができたら楽しんで頂けるかと思った次第です」
フロートポッドの中に積まれてきた邸宅の模型を見て表情を明るいものにするメルヴィン王に、そう答える。
メルヴィン王は頷き、フロートポッドに腰を落ち着けると、模型の天井を開けて邸宅の完成を想像して王妃達とあれこれと移住してからの事を楽しそうに会話を交わす。
さてさて。建設予定地に到着したら、まずは資材がきちんと揃っているか、不審なものが混ざっていないかの確認作業からだな。種類ごとに分けて積まれているから、こちらとしても確認しやすい。
現地に到着したら目録を見せてもらい、量に過不足はないか。不審な品や不自然な魔力や仕掛けがないか等を一つ一つ確認していく。
「――問題はないようですね。では、このまま作業を進めていきたいと思います」
「うむ。よろしく頼むぞ」
「よしなにお願いします」
確認が終わったところでそう伝えると、メルヴィン王や王妃達が和やかな雰囲気の中で応じてくれた。というわけで実際の建設作業に移っていく。
メルヴィン王の邸宅であるから、防犯上の観点から建設風景をいつものように余人に見せるわけにはいかない。周辺を兵士達が警備してくれているからあまり神経質になる必要はないが、まずは敷地を覆う外壁から作る事で、建築風景を外から見られないようにしつつ魔法建築を行う、という事になるだろう。
マジックサークルを展開。運搬ゴーレムが運んできた資材を光球の中に溶かし、外壁を構築していく。
外壁にしても色々と建築様式を話し合っているが……白を基調としており、立派なものだとは感じるがあまり威圧感はない。装飾もごてごてとしすぎず、かといってシンプルになり過ぎるという事もなく、上品なイメージだ。
メルヴィン王は自分が生活しているセオレムの居住区画でも調度品で過度に飾り立てるのは好みではないからな。こうした方向性になるのも納得できる。
完成した場合の予想として映し出した幻影では――フォレスタニアの城や湖と合わせて見た場合でも絵になるというか調和のとれている印象があるものになっていたしな。俺としても出来上がりが楽しみだ。
「できあがったら引退する前に、試しに宿泊もしてみたいところではあるな」
そんな風に言って笑うメルヴィン王と、その言葉に頷く王妃達である。メルヴィン王達も落成を楽しみにしているようで。では――気合を入れて魔法建築をしていくとしよう。




