番外1516 呪法訓練
テスディロスの装備品完成に伴い……覚醒能力を持つ面々はお互い気兼ねなく訓練ができるようになった。仮想空間だけでなく、現実世界でも身体を動かしつつ、闘気や魔力を制御する感覚的な部分を鍛えていく事ができるというわけだ。
全力全開で力を行使した際の出力調整、制御といった訓練は仮想空間で行うのが無難……というか、仮想空間でしかできない事だから、訓練場で行う通常訓練は主に細やかな技術の研鑽、という事になる。
テスディロス達もそれは十分承知していて、全員の解呪が終わって装備品が揃った事で、今まで遠慮していた部分を補うように訓練を精力的に行っている。
特に、ゼルベルあたりはテスディロスやオズグリーヴ相手の訓練は楽しそうだ。テスディロスと訓練用の武器防具を装着して中空で高速で切り結んだり、或いはオズグリーヴに突貫していったり。テスディロスとは実力が近く、中々密度の高い訓練になっている。
能力抜きの純粋な訓練では流石に氏族達の中ではオズグリーヴに一日の長があり、技でいなされる、といった印象があるな。
力をテスディロスとぶつけ合い、オズグリーヴに返されて。その上で尚嬉しそうに向かっていくゼルベルである。
テスディロスは「これは鍛えられるな」と頷き、オズグリーヴも向かってくる面々に、案外楽しそうにしているという印象だ。
「ふっふ。若い頃を思い出しますな。私もハルバロニスや出奔した後の訓練で、こうやって先達に打ちかかっていった記憶があります」
オズグリーヴはそう言って笑みを見せる。なるほどな。それは確かに、オズグリーヴとしても楽しいだろう。
ベリスティオに、ガルディニス、ザラディにウォルドム、アルヴェリンデ……。オズグリーヴが若い頃に訓練した相手というとやはりベリスティオと共にハルバロニスを出奔した中心メンバー達だろう。今でこそ最古参の氏族と呼ばれるに相応しい実力と覚醒能力ではあるが、その面々の中では一番年少だったそうだからな。
中々覚醒に至れず苦労したところもあるようだが、そこから研鑽に研鑽を重ねて今では氏族でも屈指の実力者だ。研鑽の重要性や努力の結実を自ら体現しているようなところがあるので、周囲から尊敬の目を向けられるというのも納得だ。
覚醒が遅かったというのは……結果論ではあるが、オズグリーヴの能力が半端な制御能力では扱い切れないというのがあるから、かも知れない。ああした才能を秘めていたから中々表に出てくる形にできずに覚醒が遅れたか、それとも研鑽に研鑽を重ねた結果、能力や性格に沿った覚醒能力が開花したのか。その辺は何とも言えないが。
「オズグリーヴがそうしてみんなの訓練を色々と手伝ってくれるのは助かるね」
俺も笑みを向けると、オズグリーヴは穏やかに笑う。
「私自身訓練になりますからな。解呪したからには今まで以上に技術が重要になるかと思いますし、助かっておりますよ」
そんな風に答えるオズグリーヴの言葉に、オルディアやエスナトゥーラも微笑んで頷いていた。
因みにオルディア達はと言えば、テスディロス達が訓練している横でユイも交えて近接戦闘の訓練をしていたところだ。
薙刀と錫杖なので共に長柄の武器の訓練になるというのもあるし、エスナトゥーラの場合は鞭だからな。ああいう形状の武器は熟練の相手というのも中々いないし、対魔物まで視野にいれるなら似たような攻撃方法を持つ種族は他にもいるから、お互い有意義な訓練になっているという印象である。
ユイも鞭の変則的な攻撃を上手く捌ける身体能力や動体視力と手札を持っているのは流石というか。復調したグレイスも「必要であれば訓練のお手伝いをします」と言ってくれているし、シーラ達も復調すればそこに加わってくるだろうからな。色んな系統の訓練相手に恵まれていて良い環境だと言えよう。
ヴィンクルの場合は、生半可な攻撃は全部自前の鱗と闘気で弾き散らす事が可能だし、肉体能力にしても伸び幅が圧倒的なので……呪法防御等の搦め手への対応を学ぶ、というのを今現在重視している。なので、俺と一緒に座学をしたりというのが多いな。
今は――俺の向かいに座って、即席の呪法生物を構築して間接的な呪法戦の訓練中だ。翼の生えたドクロが俺の構築した即席呪法生物。翼の生えた槍を持ったトカゲ、という出で立ちの方がヴィンクルの構築した即席呪法生物である。
お互い座って向かい合う傍ら、ドクロとトカゲが空中で飛び回りながらぶつかり合う。ぶつかり合った瞬間に干渉波の火花を散らして弾かれ、再度激突していく、という形だ。
呪法生物達はお互いに向けた呪法への盾であり、同時に呪法攻撃用の端末でもある。呪法を直接受けるよりはローリスクな攻防ができる。反面威力は下がるが、精度はより高いものを要求されるので呪法戦の訓練としては最適だ。
相手の呪法の構成を予想して防御手段を掻い潜る術式を組み、激突の瞬間にぶつけ合う、という具合だ。
最初の内はベシュメルクでメジャーな攻撃手段とそれに対する防御法で始めて、それに対するメタ、対策への対策といったいくつかの手札を組み合わせ、じゃんけんをするような形を取る。それらの手札から攻撃を予告してヴィンクル側が受ける訓練から始め、段々と制限を少なくしていくというわけだ。
今はヴィンクル側が自由に攻撃手段を構築してこちらを攻め、俺が対応するという形での訓練を行っている。
呪法が通った場合の効果については無害なものにしたりと、一定の部分は訓練上のルールとしているので、思い切り呪法をぶつけ合っても問題ないというのもあるな。まあ呪法返ししても即席の呪法生物側にまず効果がでるというのもある。呪法を返されて光の粒になって消えたかと思うとヴィンクルはすぐに次のトカゲを構築してドクロにぶつけてくる。ヴィンクルは飲み込みも早く、段々こちらのドクロとぶつかり合う時間も長くなっているという印象だ。
「うむ。今のは返されてしまったが、新しい攻撃用の手札としては良かったと思うぞ。テオドール以外の術者であればかなり対応に手間取っておっただろう」
パルテニアラが笑顔で言うとヴィンクルはにやりと笑って頷く。アドバイザーとしてパルテニアラやエレナにも立ち会ってもらっているわけだな。因みにこの対呪法訓練に関しては、ユイもこの後参加する予定だ。ヴィンクルもユイも、ラストガーディアンだからこそ、この手の訓練は重視する必要がある。
まあ……ユイは術式制御も得意分野だから戦闘技術の更なる研鑽、ヴィンクルはフィジカルで対応できない部分への対策を完璧にするのが目標といったところだ。
いずれにしても現時点でさえ二人は相当な高水準なので、今後の仕上がり具合が楽しみといったところだ。
そうしてテスディロス達やヴィンクル、ユイ達と共に訓練を進めさせてもらった後は、仮想訓練装置を活用して幻影劇の素材作りをしたり、氏族達に講義をしたり、執務や領地の視察といった日常の仕事をこなしていく。
子供達が無事に誕生し、解呪やそれに付随したお祝いも一段落したので、一先ずタームウィルズとフォレスタニアには日常が戻ってきているわけだ。
フォレスタニア外ではアルバートとオフィーリアの事が控えているので、まずそちらに向けて二人を支援できる体制を整えている、という状況だな。
メルヴィン王の邸宅用の建築資材の準備ももうすぐできるとの事で連絡が入っているので、一つ一つ丁寧に仕事を進めていきたいところだ。




