番外1503 牧場を眺めながら
お茶と菓子を用意して待っていてくれたフォブレスター侯爵の歓待を受けつつ、話をさせてもらう。
「開拓村に派遣している武官はエルケの兄でもあります故、その辺も安心ですな」
「案内役の方が良く知る人物が現場にいるというのは、確かに安心ですね」
フォブレスター侯爵の言葉を受けて、笑みと共に一礼するエルケにそう答える。
「そうですな。エルケの兄も気の良い人物ですよ」
「少し歳の離れた兄ですが、面倒見が良く……そうですね。武官としては穏やかな性格だと思います」
「私生活は存じませんが、責任感の強い武官という印象がありますわ」
侯爵とエルケが言うとオフィーリアもそんな風に教えてくれた。
「なるほど。お話を聞いた印象では村民からの信頼も厚そうな気がしますね」
フォブレスター侯爵から見ても信頼に足る人物、というのは間違いない。俺の言葉にフォブレスター侯爵もそれを肯定するように頷いていた。
開拓村については、まだ開拓が始まって日が浅く、特色、特徴と呼べる部分は聞いていない、との事だ。ただ、開拓に参加している者達は若手が多く、自分達の村を造るのだとモチベーションが高い者も多いようで。
開拓ともなれば体力も必要だし、若手が多いという話も納得ではあるかな。仕事はあるし食い扶持も稼げる。侯爵からの支援もあるし、開拓地と言っても比較的安全ともなればこの手の話では良い条件が揃っているのかも知れない。
近場にある拠点に関してもフォブレスター侯爵から少し話を聞くこともできた。そちらも特に問題になるような情報もなく、周辺に農地や牧場の広がる穏やかな町という話である。
『農地が多いという事でしたら、シルン伯爵領やガートナー伯爵領に近い感じでしょうか』
「ふっふ。穀倉地帯とまではいきませんな。ただ、中々長閑で良いところですよ」
アシュレイの言葉に、フォブレスター侯爵が笑って応じる。
「牧場か。最寄りの町に行く機会があるかどうかは分からないけれど、割と楽しそうだね」
「羊とか牛とかいるのかな」
「見てみたいかも」
アルバートがそう言うと、カルセドネとシトリアが顔を見合わせて頷き合う。水晶板の向こうでシャルロッテがうんうんと首を縦に振っているが。
「現地に行くまでに、上空からは見られるかも知れないね」
「それは良いですね。楽しみです」
シオンが明るい笑みを見せてシグリッタも絵に描けるかもと、マルセスカと話をしていた。氏族達も牧場を見るのは初めてという面々が多く、興味を持っているようだ。うむ。
そうして休憩とエルケとの顔合わせがてら現地の情報を貰ったところで、アルバートと共にフォブレスター侯爵家の一角に転送魔法陣を構築していく。
転送魔法陣は二つで一つといった感じで対の魔法陣が必要だ。シリウス号とフォレスタニアで既にペアリングができているが、フォブレスター侯爵領にも魔法陣を描き、必要に応じて現地に用意すれば、何かあった時に細やかな対応ができる。
フォブレスター侯爵やエルケも作業風景の見学だ。と言ってもそれほど長くはかからない。
「転移門のようなしっかりとした設備ではありませんが、簡易のものとしての役割は果たしてくれます。現地との融通を利かせるのには便利ですね」
魔石粉で魔法陣を描いて固定化処理を施しつつ、転送魔法陣の役割や目的について説明すると、二人は感心したように頷いていた。
そうして作業も終えて……オフィーリアの体調確認も終わったところで改めてシリウス号に乗り込んで現地へと移動していくという事になった。
循環錬気でもライフディテクションでも、大きな問題はないな。
「調子が良さそうで良かったよ」
「ふふ。わたくしもアルと出かける事ができて、楽しいですわ」
フロートポッドに付き添うアルバートとそんな風に言葉を交わしていて、アルバートとオフィーリアの夫婦仲も良好といった雰囲気だ。水晶板越しにそれを見てにこにこしているマルレーンと、微笑ましそうにそれを見て静かに頷いているフォブレスター侯爵である。
「では、またお帰りの際に。氏族の皆さんにとって有意義な時間となる事を願っております」
「ありがとうございます」
「侯爵のご厚意、感謝いたします」
俺が礼を言うと氏族の面々もフォブレスター侯爵に各々感謝や礼の言葉を伝え、そうしてシリウス号に乗り込む。というわけでエルケも加わり出発だ。
「ああ。これがシリウス号……」
乗り込む際に感動した面持ちで声を漏らすエルケである。アルファやラヴィーネ、アピラシアにハーベスタ、オルトナといった面々にも歓迎されて、翻訳の魔道具で意志疎通できる事に気付くと笑顔で自己紹介をしていた。
というわけで全員乗り込み、点呼や船室への移動、座席への着席も確認したところで現地に向けて出発だ。
俺やアルバートは甲板からフォブレスター侯爵に挨拶をしたり、直轄地の人達に手を振ったりして、そうしてゆっくりと船を移動させていく。
海岸線から少し内陸部に向かって移動していくので、今まで移動してきたのと風景は変わる。
春のフォブレスター侯爵領は明るい雰囲気で綺麗なものだ。街道沿いに花が咲いていて、そこを馬車がのんびりとした速度で進んでいたり、平和な風景が広がっている。
氏族の面々もそうした風景は好ましく映るのか、外の映像を船室側に映し出すと興味深そうにそれらを覗き込んだりと楽しんでくれているようだ。
水晶板の中継越しではあるがイルムヒルトがリュートを奏でてセラフィナやリヴェイラが歌声を響かせてと……和やかな空気のままでシリウス号が航行していく。
「最寄りの拠点については現地で何か起こった時に連絡が必要になったりする可能性もあるからね。場所の確認がてら挨拶したりもするから、牧場も見る事ができると思う」
そう伝えるとシオン達、カルセドネとシトリアや氏族の面々も喜んでいた。最寄りの拠点にも連絡は入れているらしいからな。
そうして進んでいくと、やがて遠くに農地や牧場が見えてくる。柵や敷地に沿って魔物避けの簡易結界も施されているな。こういった支援も侯爵の指示によるものだろう。
牧草を食べている乳牛に羊、それに馬の放牧もしているな。挨拶もしていくので高度と速度を落としつつ、その向こうの町に向かって移動していく。
放牧している動物達を驚かせてはいけないので、光魔法と風魔法のフィールドで動物達の角度からは見えないよう、気付かせないようにしておこう。
シオン達、カルセドネとシトリア、それに氏族の面々と、かなり興味深そうに牧場の様子を見ている。オフィーリアやエルケが牧場の特色であるとかチーズが良い出来だとか説明してくれて、一同ふんふんと感心したように頷いていた。牧場の動物達を見てシャルロッテもにこにことしているな。
フォブレスター侯爵領で育てられた馬は質が良いと聞くが……その方面で取り立てて突出しているというわけでもなく、フォブレスター侯爵領は全体的に堅実で高水準、バランスが良いという話だ。この辺は侯爵の手腕なんだろうという気もする。
町の外壁まで進むと――俺達の訪問を聞いていたのか、領地の代官のいる屋敷へと誘導してもらう。代官もすぐに顔を見せて、俺達に歓迎の挨拶をしてくれた。
「現地は魔力溜まりも遠いので開拓地の危険は少ないと聞いてはおりますが、それでもやはりまったく魔物と遭遇しない、というわけではありませんからな。どうぞお気をつけ下さい。何かお困りの事があれば私も支援する所存でおります故」
「ありがとうございます」
初老の人の良さそうな代官と、そんな会話を交わす。有難い話だな。代官はオフィーリアとも知り合いのようで朗らかに挨拶を交わしていた。
では――現地を目指して移動していくとしよう。




