番外1494 心情に平穏を
テスディロスの解呪に向けて体勢を整えつつ一日一日を過ごしていく。日々の執務や仕事をこなし、親子でのんびり過ごすといった時間を送りながらも、各状況の進捗を確認したりといった具合だ。
直近の予定で大きなものと言えばやはり最後の解呪であるが、日々の仕事も疎かにはできない。最近力を入れている事としては……先代魔王、セリア女王の幻影劇の素材作りだな。これも他の予定を視野に入れつつ完成に近付けていきたいところである。
私生活の方では母子の体調も安定しているな。子供達の身長と体重も日々増えており、みんなとの循環錬気でも日に日に復調しているのが分かるので、俺としては非常に良い状況だと思っている。カミラとヴェルナーの経過も順調とロゼッタから教えて貰えて、喜ばしいことである。
解呪に関しては……祝いに使う食材も迷宮内部で確保しているし、演出はシリウス号や幻影の魔道具もあるのでそれらで行っていく予定ではあるが、既に計画も日程も纏まっているのでそちらについては焦る必要はないな。
「俺自身も解呪をしっかり成功させるために、心身を鍛えつつ平穏を保っておかねばな。精神修養というのは大事なように思う」
練兵場にて、テスディロスがそんな風に言う。最後の解呪という事で当人も気合を入れている様子ではある。
「仙術の修業でもしてるけど、瞑想や滝に打たれたりすると良いみたいだよ」
明るい笑顔で伝えるユイである。ユイはゲンライやレイメイを交えて修業しているからな。確かに、鍛えつつ心身を穏やかに保つ、という点では、仙術修業や瞑想は効果がありそうだ。
「そういうのは確かに効果がありそうだね。それと……気負い過ぎる必要はないとは思うけれど、テスディロスの気持ちは俺としても嬉しく思うよ」
ユイの言葉に同意しつつテスディロスにそう伝える。当人の心持ちという点ではテスディロスの場合は問題がないように思うし、周囲の面々の祈りの気持ちという点でも当日の祈りに参加したいと伝えてくれる面々が多く、こちらも懸念はない。
ただ、じっと待つというのは当人にとって精神的には意外と大変だからな。何かしたいという気持ちも分かる。
テスディロスは俺の言葉に穏やかな笑みで頷いていた。テスディロスは武人的な性格をしているというのもあってか、根が真面目で世間擦れしていないという印象があるからな。こういう時は真剣に向き合う傾向ではあるだろう。
解呪は問題なくとも、テスディロス自身についてはそういう点では無理をしすぎないようにこちらで気を付けたい、というのはあるな。
「精神的な修養というのは大切な事ですな」
「戦いにおいては冷静さを保つのは重要だな。勢いに乗って押し切るというのもあるが、それも感情的なものより駆け引きの範疇ではあるだろう」
オズグリーヴも同意し、ゼルベルも興味を示す。
「実際にやってみたいところではあるな。私も興味がある」
ルドヴィアがそんな風に言うと、主だった面々も頷いていた。というわけで、練兵場にてみんなで瞑想してみるという話になる。滝行とは違ってそんなに準備に手間がいるわけでもないし。
練兵場に敷布を敷いて、そこにみんなで腰を落ち着かせる。
「ええとね……こうやって座って、ゆっくり呼吸をするんだ。心を落ち着かせてから、考える事自体を薄れさせて無心になって行くんだけど……そこを意識するのも駄目なんだ。だからまず、考えるよりその状態をありのままに受け取って感じてみることが大事なんだって。良い影響が出ていれば目的は達成されてるわけだし」
ユイはそんな風ににこにことしながら解説をしてくれる。どういう心持ちであれば良いのか等々、ユイは瞑想の際のコツとして教わった事を伝えてくれる。
無心になるようにと努めても、それ自体が意識してしまっている事そのものだしな。かといって意識を手放し過ぎて居眠りしているのと瞑想は違う。
字としては想いを瞑るとなっているしな。目を瞑るのと同じように想いや考えを瞑るというのは中々に難しいところだ。
とは言え感じたものが仙術において目標としている境地とは多少違ったとしても、自分の心の平静や魔力の状態を良くするのが目的だからな。感覚が大事、というのはそういう意味でもあるのだろう。いきなり仙人の目指している境地に辿り着けるかというとそんな事はないだろうし。
「もしどうしても思い悩んでしまう事があるなら、その事との上手い折り合い方を考えるのも過程としては大事な事なんだって、ゲンライ老師は言ってたよ。一つ一つ落ち着いて向き合えるようになれば、段々目標としているものに近付いていくからって」
なるほどな。修業の一環でもあるしな。
ともあれ、こうやってみんなで瞑想というのは、テスディロスの心情的にも悪いものではないだろう。気軽にやってみるというのも良い事だ。
座り方や呼吸の仕方、どういう心持ちで瞑想をするのか。そういった点をユイがみんなに伝える。
ユイも楽しそうにしていて、こちらはこちらでみんなとの交流に繋がっているな。
『ん。私達もやってみる?』
『そうですね。私も興味があります』
氏族の面々だけでなく中継映像で見ていたシーラやエレナもそんな風に受け答えをして。みんなで試しにという事で瞑想をする事にしたようだ。
安静にしたままでもできるからな。グレイス達も参加という事で、静かだが和やかな雰囲気の中で瞑想を行っていく。
俺も……ユイの教えてくれる方法で瞑想を行っていく。無念無想というのは……まあ無理かな。
とりあえずは呼吸を整えて周囲の魔力や自身の身に流れる魔力を感じるようにして、形から入ってみる、というのが良さそうだ。
そうして……しばらくみんなと一緒に瞑想を行った。途中から動物組や魔法生物組も参加したりして。瞑想をしているので静かだが練兵場の見た目は賑やかなものになっていた。
俺自身の成果はと言えば、意識しすぎないように自身の内面を感じる……といったことは循環錬気で慣れているというのもあって、周囲から見ると割と上手くいっているように見えていたそうだ。
「瞑想としてちゃんとできているかは分からないけれど、自覚できるところでは魔力も高まっているし、調子も悪くないように思えるから、効果はきちんとあったのかも知れないね」
と、少し笑って答えるとユイもにこにこしながら頷いていた。これで良い、という事なのだろう。
「テスディロスはどうだった?」
「目標とする心の在り方はよく分からないままだったし、思考もしてしまったが……そうだな。心を落ち着かせるという点では意味があったように思う」
尋ねるとそう言って頷くテスディロスだ。実際集中はできていたようで、心の在り方がどうだったかは分からないが、魔力は研ぎ澄まされて良いものになっている。
「うん。魔力の状態も良いみたいだし、そういう点で効果があったのなら良い事なんじゃないかな」
テスディロスの言葉に笑って答える。実際、テスディロスの性格的にも合ったやり方なのではないかと思う。
「自身の想いと向き合うことにも繋がりますからな。私としても気に入りました」
そう言うのはオズグリーヴだ。
『確かに、こうして集中する時間を作るというのは悪くないわね』
『ん。なんだかすっきりした』
と、頷くローズマリーと同意するシーラである。
テスディロスが解呪当日まで穏やかに過ごす一助になれば、とも思ったが、ラヴィーネやアルクスも頷いていたり、案外多方面から好評なようだ。解呪に関係なく今後も時々瞑想の時間をとってみるのは良さそうではあるかな。




