番外1488 伯爵家の慶事
エリオットとカミラの子供については現時点であまり多くの人と面会できないが、顔を見たいという面々も多いのではないだろうか。
エリオットには記録媒体を預けてあるので、それを使って子供の顔を記録してもらうという話になっている。
エリオットは媒体の操作に慣れていない部分があるので、後で当人に記録した映像をチェックしてもらい、映っている内容に問題がなければ他の人にも見てもらう、という事で。まあ、今日来ている面々は入室を自粛してもらっても中継映像で見たりはできるけれど。
貴賓室改め、臨時の待合室で待機しているとロゼッタが顔を出す。
「面会予定の方はどうぞ」
エリオットからの許可も出たところで、アシュレイ、ドナート、ケンネルと共に隣の部屋に入室する。
俺に関しては身内ではないが、循環錬気で支援する役回りという事で一緒に入室させてもらう。
入口に設置した浄化の魔道具はきちんと効力を発揮している。待合室を出る時。隣の部屋に入る時。ゲートを通り抜ける際に自動で浄化をしてくれる、という仕様だ。
部屋の中に入ると、そこにはカミラとおくるみに包まれた子供がいて。エリオットはカミラとその子の近くに穏やかな表情で寄り添っている、という印象だ。
カミラには少し疲労が見えるが……生命反応の輝きは力強いものだ。子供に関しても……オリヴィア達が生まれた時と同じぐらいの生命反応の輝きで、その辺も安心できる。
うん……。本当に無事誕生してくれて良かった。エリオットやカミラが笑顔でいてくれるなら……それは喜ばしい事である。
「テオドール様も、ありがとうございました。皆からの想いが伝わってきて、心強かったです」
「でしたら良かった」
カミラからお礼を言われて、俺も笑って応じる。
「ふふ、エリオット兄様に似ていますね」
「本当に。いやはや、可愛らしいものですな」
「カミラも子供も無事で、安心した」
アシュレイが微笑み、ケンネルとドナートも子供の顔を見て表情を綻ばせていた。俺やエリオットも、そんな様子に笑って頷く。
アシュレイの言う通り、エリオットやアシュレイに似た髪色だ。シルン伯爵家の系譜というのが窺える、可愛らしい子だな。
「もう子供の名前は決まっているのかな?」
「そうですね。境界公も子供の名を先に考えていたと仰っていましたので。実際に顔を見て考えるというのも良いとは思ったのですが」
尋ねると、エリオットとカミラが顔を見合わせて笑顔で頷く。そうして名前を教えてくれた。
「男の子ならば――ヴェルナーと決めていました」
「良い名ですね」
エリオットの言葉に頷くと、夫婦で「ありがとうございます」と笑顔で応じてくれる。 ヴェルナー=オルトランドか。うん。
「初めまして、ヴェルナー」
「よろしくお願いしますね、ヴェルナー」
アシュレイと共に、ヴェルナーに挨拶をする。一先ず中継しても問題ないとの事なので、フォレスタニア城のみんなや、待合室の面々もヴェルナーに挨拶をしていた。
そうしている間にエリオットを交えてカミラ、ヴェルナーと循環錬気をしていく、というのが良いだろう。
ヴェルナーをそっと胸に抱くカミラの手を取るエリオット。
エリオットの肩に手を触れる形で循環錬気を行い、カミラとヴェルナーの生命力を補強していく。
「エリオットとヴェルナーの温かい魔力を感じます」
カミラは静かに目を閉じて微笑んでいるな。
んー……。ヴェルナーは恐らく水属性の魔法に適正があるな。とは言え、水魔法適正ではあるものの、生来の魔力資質が原因で体調を崩す、という事もなさそうだ。
その辺の事を伝えると、エリオットとカミラ、アシュレイも笑顔で頷いていた。
「それは安心ですね。私に近い魔力資質だと、やはり大変だと思いますので」
我が事のように喜ぶアシュレイである。今なら少し封印術で適正の度合いをちょっと弱める、ぐらいの事はできるけれど。
「常時力を制限しておくのも良し悪しだし、フォレスタニアに通うのもやっぱり大変だからね。アシュレイは俺と一緒にいるから問題ないけれど」
「ふふ、はい」
笑顔で応じるアシュレイである。循環錬気で体調維持できているならそれで問題もないしな。
例えば奇襲や不意打ちに対応するならば力の制限を受けていない方が良いというのは間違いないし。
敵対的な魔物というのは平時であれ有事であれ、どこまでもついて回る問題だ。領主の家の生まれならゴブリンなどの討伐で相対する場面もあるだろうから尚更というか。
ともあれ、循環錬気で感じた印象では、治癒術も問題なく習得できそうな雰囲気ではあるな。
そうしてエリオットとカミラはロゼッタ、ルシール。それからオルトランド伯爵領の医師、ヘルガにもお礼を伝えたりしながら、面会の時間は過ぎて行くのであった。
ヴェルナーが生まれたのは結構遅い時間帯であったため、来訪していた面々はそのままオルトランド伯爵家に宿泊していく、という事になった。元々そのつもりで予定を組んでいたし、オルトランド伯爵家は城だし元々王家の直轄地だったという事で、大人数でも問題なく宿泊可能だ。
シルヴァトリアからの使者に応対する事も視野に入れている場所柄、逗留に関して言うなら魔道具付の内風呂等もあって快適なものであった。
そして一夜が明けて。朝の挨拶をして朝食をとった後で、エリオットが各所と水晶板で連絡を取りつつ、記録媒体でヴェルナーの顔を見せているところに立ち会わせてもらう。
ヴェルナー誕生はやや遅い時間だったからな。通達はしても連絡を取れていない面々も多かった。そうした人達に挨拶をして、ヴェルナーの顔も見せておく、と。
「フォレスタニア境界公家もそうだけれど、オルトランド伯爵家も将来安泰だね」
ジョサイア王子はあちこち報告をしているエリオットを眺めつつそう言って、フラヴィアと笑顔を向け合っていた。アドリアーナ姫やエギール達もうんうんと頷いているが。
ヴェルナー誕生の報は既にオルトランド伯爵領の人達にも通達されていて、料理と酒の準備も進んでいる。食材に関しては先だってエリオットが直轄地近くの森で狩りをしてきたらしく、大きな猪の魔物を冷凍保存しているそうだ。
そう言えば、俺達がシルヴァトリアから帰ってきた時だったか。ステファニアが領主をしていた頃に立ち寄った際も、ゲオルグ達が狩ってきた猪料理を振る舞ってくれた記憶がある。この地方の森にそうした魔物が生息している、というわけだ。
猪肉を使ったスープや串焼きを振る舞うという事で、量も十分あるのでグレイス達の分もお土産に持って帰って構わないと言ってくれた。
『ん。楽しみにしてる』
と、シーラがサムズアップで応じる。うむ。
昼食を受け取ったら俺とアシュレイもフォレスタニアに戻る、ということになるかな。一夜明けてのロゼッタ達からの報告によると、カミラもヴェルナーも体調は安定しているとの事であるし。ここからはロゼッタかルシールのどちらかが訪問してきたり、ヘルガが対応したりしながら経過を見ていく予定である。
俺も暫くの間改造ハイダーをこちらに常駐させておく予定だ。生命反応の面から体調を診つつ、変化にいち早く対応できるようにしておく、というわけだな。一先ず母子の体調が安定するぐらいまでの期間はそうした態勢を維持しておくのが良いだろう。
今は――伝令の兵士にそのハイダーを同行させているので、中継映像で街中の様子も見る事ができるな。案の定というか、街はかなり喜びに沸いているようで、結構な事だ。
ヴェルナー誕生の報を聞いた街の人達は『おめでとうございます!』と兵士達に祝福の言葉を伝えて、兵士達もまたその言葉に『オルトランド伯爵や伯爵夫人もその言葉を聞けば喜ぶでしょう』と笑顔になっていた。そうだな。エリオットも中継映像を見て穏やかに微笑んでと、喜ばしいことだ。




