番外1482 狼達の事情
オルトランド伯爵領での作業は、まあ魔道具付のゲートを設置したり魔道具を配置したりという程度で、大したものではない。
「魔道具の配置はこんなところかな」
「フォレスタニア城と同じ配置にしたのかな?」
アルバートが顎に手をやって感心したように言う。
意図や支援というほどのものではないが、一応そうした方がロゼッタとルシールも動きやすいだろうと考えての事だ。というわけで魔道具の配置、並びについてはフォレスタニア城と同じにしている。
「部屋の間取りはともかく、魔道具に関しては同じ物が同じところに置いてある方がロゼッタさんとルシール先生も仕事をしやすいかと思ってね」
「使い慣れているかどうかというのは重要ですからね」
エリオットも頷く。武器防具等もそうだからな。エリオットも領主になる前は武官であったから、その辺は納得というところだろう。
というわけで魔道具もきちんと機能するか、不良や不具合はないか。一つ一つ使って実際の魔力の動きをウィズと共に見て確かめておく。
「んー。どれも大丈夫そうだね。このまま当日を迎えられそうだ」
いきなり壊れる、というのもなさそうだ。工房製の魔道具なので作りもしっかりしているし、魔力の動きも安定している。
「やっぱり手伝いに来て良かったな。テオ君の仕事を見ていると心強いなって思えるよ」
そんな風にアルバートが笑みを見せ、オフィーリアも水晶板の向こうで微笑んで頷いている。
「当人に安心して貰えるなら、喜ばしい事ではあるね。とは言え俺は裏方だから、ロゼッタさん達の支援が主だけれど」
まあ……安心感だけで終わらないよう支援はしっかりとこなしていきたいところだ。
エリオットも、子供が生まれた際の祝いの準備は進めているそうで。酒や料理の手配もしているそうだ。
後は転送魔法陣を試せば、今日の仕事……というより予定日を迎える準備も完了というところだな。
オフィーリアの場合もカミラと同様、タームウィルズやフォレスタニアではなく、フォブレスター侯爵領に戻って予定日を迎える、との事だ。
「僕達の場合、将来的に生活の場を侯爵領に移すというのも視野に入っているからね」
転移港からの帰り道、アルバートとオフィーリアの予定日に関する話もする中で、そうした話も出た。
転移門がある以上は工房と領主の仕事の両立に差し支えはないからな。まだまだ先の話とは言えフォブレスター侯爵が現役を引退すれば、領主としての仕事も増える。二人としては一緒に互いを補えたらいいね、とそんな風に言っているのだと、アルバートは馬車の中で教えてくれた。
アルバートには工房の仕事があるから、オフィーリアが領主としての仕事をするという場面もあるだろう。
二人の子だって、フォブレスター侯爵家にとっての後継ぎとなるのだろうしな。フォブレスター侯爵領も結構期待が高まっているという話だ。二人としてもオフィーリアと子供の安全第一ではあるが、侯爵領のお祝いムードが更に盛り上がるようになればいう事はない、と考えているわけだな。
「オフィーリアさんにとっては生家なわけだし、予定日を迎えるにしても環境としては安心ではあるだろうね」
『ふふ、そうですわね。アルにも侯爵領でゆっくり休んでもらえたらと思っていますわ』
予定日付近ではアルバートも一緒にフォブレスター侯爵領に滞在する事になるから、その間、工房の仕事も心配いらないように調整を進めている。
母子の無事を考えると心配ではあるとは思うが、オフィーリアとしてもなるべくアルバートへの負担がなくなるように手筈を整えている、との事で。
元々アルバートとフォブレスター侯爵も気心の知れた仲だしな。子供が無事に誕生して状況が落ち着いたなら、アルバートにとっても良い休暇になりそうだ。
そんな話をしながら城に戻り、改めて転送魔法陣のテストを行った。ティアーズ達を行き来させて、問題なく動作する事を確認する。
「おかえり」
転送魔法陣を通して戻ってきたティアーズに言うと、こくんと頷くティアーズである。
よし。これで一先ず、カミラの予定日に絡んでの準備は完了というところだな。
『お手数おかけしました』
『これで安心して待つ事ができそうです』
「それは何よりです。何か問題や心配事があったらいつでも言ってください。僕でなくとも、こういう件では頼りになりそうな面々が周囲にいますので」
水晶板越しに笑ってそう答えると、エリオットとカミラは改めてお礼の言葉を伝えてくる。
そんな調子で、準備を終えたのであった。
さて。エリオット、カミラに関しても準備ができた。
フォレスタニア側はみんなの体調も良く……状況としては落ち着いたという印象があるな。
テスディロスの解呪に関しては来月の予定だし、装備品もほぼほぼ出来上がっているしな。魔人達も氏族が結集し、これからの温和な関係の構築と維持が課題だ。喫緊の仕事というのはないし。
そんな風に落ち着いているから、というのはあるのだろう。彼らが挨拶というか報告にやってきたのは、オルトランド伯爵領での準備を終えて、二日程経ってからの事であった。
執務や日々の仕事を終えてお茶でも飲んで、と言うタイミングで、アルファがやってきた。ラヴィーネとベリウスも一緒だな。というか、犬や狼と言うよしみなのか、割と一緒にいる三匹であるが……。
「ん。どうかしたのかな?」
尋ねると、前に出てきたアルファがこくんと頷いて、少しだけラヴィーネの方に視線を送る。
「ラヴィーネも……何か伝えたい事があるみたいですね」
五感リンクで何かを察知したらしいアシュレイが言った。その言葉を肯定するようにラヴィーネとベリウスも揃って頷く。
「ん。真面目な話みたいだね。翻訳の魔道具もあるし、相談があるなら聞くから何でも言って欲しい」
そう伝えると、ラヴィーネもアルファの隣に立つように前に出てくる。ベリウスはにやりと笑って喉を鳴らす。ベリウスに関しては「友の応援であり、付き添いのようなものなので自分の事は気にしなくていい」のだそうな。ふむ。
そうして俺を見上げながらアルファとラヴィーネは喉を鳴らし、翻訳の魔道具を通して意志を伝えてきた。
その内容は……明確だが意外というべきか。それとも納得というべきなのか。
アルファとラヴィーネが交互に喉を鳴らして伝えてきた内容としては「自分達の交際を認めて貰えないだろうか」「お互い大切に思っている」というものだった。いや、あくまでそう伝えたいのだろうというニュアンスだが。
それは……喜ばしい事ではないだろうか。みんなも割と驚いているが、理解が及ぶとそういう事か、と表情を明るくしていた。
「それは何というか……良い事じゃないかな」
「そうですね。ちょっと驚きましたが素敵なお話です」
俺の言葉に、アシュレイも微笑む。みんなも好意的な反応で、俺達の答えに嬉しさを示すように尻尾を振っているアルファ、ラヴィーネとベリウスである。
番になる事に許可を求めてくるのは……律儀な事だ。こちらをリーダーとして認めているし、ラヴィーネは使い魔という立場もあるから、かな。
「もしかして、もっと早くから考えていたけれど、状況が落ち着くのを待っていたりしたのかな?」
その言葉にアルファとラヴィーネはこくんと頷いていた。うん。本当に律儀だな。今のアルファは精霊のような存在ではあるが……精霊との間の子という、ファンタジーな事例もあったりするからな。
そうなると、ワーウルフ原種とスノーウルフの子、か? ちょっと……どうなるのか想像がつかないところがあるが。




