番外1480 オルトランド伯爵領へ向かって
というわけでエリオットとアルバート、診察を受けていない面々を交え、腰を落ち着けて話をする。
「現時点で特に問題が起こっていないにしても護衛対象の事情と、想定される相手、という点を考えると、単純な力だけでは問題が出る気もしますね」
エリオットが言う。
「確かにね。相手が特殊な技術を持っている可能性を念頭に置いて想定する必要はありそうだ」
ドロシーは盗賊ギルドの先代ギルド長の娘だ。そんな人物をわざわざ狙ってくるとなれば、相手もまた盗賊ギルド絡み、という想定は当然しておくべきだろう。対魔物ではなく対人。しかも盗賊ギルド関連の技術を持つ者達を相手にする、と。
以前の騒動と同じく盗賊ギルドの内輪揉めや、過去の因縁に端を発してのトラブル、というのがドロシーを狙ってくる対象として有り得る。
となると必要となるのは索敵能力であるとか、追跡能力。多数の相手からドロシーを守るとか、そういった事柄になるわけだ。
「というかこの際、孤児院全体や関係者を守る魔法生物を考えるのが良いのかな」
「西区という立地も考えるなら確かに、孤児院自体に何かあった方がいいのかも知れないわね」
「ん。ドロシーや孤児院のみんなが安全なら私も安心」
イルムヒルトとシーラも俺の言葉に同意を示す。
孤児院全体や関係者を守るという事なら、それは月女神の関係でもあるからな。更に本腰を入れて大がかりな設備を組む事もできるだろう。施設自体を守るなら結界と契約魔法の応用というのが手っ取り早い。
一度デュオベリス教団の襲撃も受けているし、魔人達との戦いもあったので警報装置を取り付けたり魔法的な防御もできるようにはなっているが……更にそこに魔法生物を置く、という事になるな。
その辺の事を考慮するなら、ペネロープやサンドラ院長、それにメルヴィン王にも連絡をとっておいた方が良いだろう。
通信機や水晶板で連絡を取りつつ、事情を説明すると、ペネロープからは『テオドール様が孤児院の安全を気にかけてくれるのは嬉しく思います』と割とすぐに返答があった。
メルヴィン王からも『余からは異存はない。ジョサイアも賛成との事だ』と返ってくる。ジョサイア王子の王位継承も近いからな。
『ああ、それは心強いことです』
と、サンドラ院長も賛同してくれる。これだけ関係者に話が通っていて賛同してくれるなら安心だな。
そうなると……孤児院の職員、子供達全体を守れるような何か、という事になる。多数の人数を、多面的に防衛できる事が求められるな。
「多人数への対応が早く防御面でも強いとなると、呪法が有効かとは思います」
エレナが真剣な表情で言った。
「確かに。呪法なら相手の隠密云々関係なく同時対応できるね」
条件を満たす事で発動するからな。特に相手が孤児院だったりすると、狙う理由が真っ当なものではなくなるから呪法が強固なものになる。
関係者への襲撃に対して、場所、人数を問わず即時に対応できるというのも利点だ。
そして、目的は攻撃ではなく防御だ。襲撃者の撃退よりも護衛対象を確実に守る事。時間を稼いで察知した兵士達も含めた対応を取れること、が重要になってくるな。
「そう考えると、感知と発動を契約魔法や呪法にして、個人用に防御結界を展開するとか、そういうのが良いかな」
「防御主体なら、多数の子供達を守る場面でも安心だね」
アルバートが笑みを見せる。そうだな。攻撃面に関しては、多少低くても構わない。戦闘に巻き込まれて怪我をさせては本末転倒だから孤児院関係者の安全にも繋げる意味でも防御主体の考えがいいだろう。
アルバートの言葉に同意しつつ、どういった魔法生物が良いのか相談を進めていく。
「まず……矢印の呪法は良いわね。あれなら裏社会の人間にはかなりの抑止力になるでしょう?」
クラウディアが少し笑って言う。
「あれは確かに効果的だったね」
矢印の呪法をつけてやることで襲撃した犯人は相当目立ってしまうからまず逃げられないようになる。顔も知られてしまうし面子も潰れるしで、後ろ暗い事をしている輩に対して特に効果的なのは間違いないな。
「関係者の攻撃で発動するようだと、子供達同士の喧嘩ぐらいで発動してしまわないかしら?」
「そこは確かに注意したいな。単なる喧嘩程度では発動しないように条件付けに気を付ける事と……そこを悪用して突破口にされるような事は避けたい」
ステファニアの懸念はもっともだ。喧嘩が良い事とは言わないし望ましい事ではないのは確かだが、子供達同士の他愛無い喧嘩程度ならばあまり大袈裟な対応をしてしまうのは寧ろ息苦しくて不健全だ。
対等な喧嘩を通り越して一方的ないじめの形になってしまうような場合は、当然きちんと対応する必要があるけれど。まあ……そこはサンドラ院長を始めとしたベテランもいるので、職員達の裁量と子供達同士でのやり取りで解決するべき部分でもあるか。
外敵への防御は防御だ。運営や人間関係の円滑な構築、子供達の育成、教育の分野とは別の話だからな。
そんなわけでその辺を念頭に置きつつ、色々な状況を想定して発動条件といった内容を詰めていく。
そうして防御役を担う魔法生物の性質や発動条件等々の内容も纏まり始めたという頃合いで、みんなやカミラ、オフィーリアの検診が終わる。
とりあえずロゼッタとルシールへのお礼にしても、ドロシーと孤児院の守り手にしても、基本的な骨子は纏まったのでその基本方針に沿うように俺が術式を組むところからだな。
守り手に関してはエリオットの武官としての経験やシーラの盗賊ギルドの知識から必要と思われる対策、能力を考えた上で組みこんでいきたいところだな。
「それじゃあ、この後は……予定日に備えた準備だね」
エリオット、アルバートを交えて話し合いも終わり、循環錬気も一段落した後は、カミラの予定日に向けて準備をしておく。
こちらは既にある程度話が纏まっている。ロゼッタとルシールは予定日前後になったらオルトランド伯爵領に滞在して備える予定であるし、俺は常駐するわけではないが、何かあった時に術式と魔道具で支援できるように手筈を整えておくというわけだ。
具体的には……転送魔法陣をオルトランド伯爵領の城に事前に配置しておき、転移門まで向かわずとも即座に駆けつけられるようにしておく。後は予定日付近のスケジュールを余裕のあるものにしておけば良い。
というわけで、もう少ししたらエリオットとカミラを領地まで見送りつつ、転送魔法陣や浄化の魔道具、治癒術系の魔道具をあちらに運んでおく予定である。
「当日は、私も支援できるようにしておきたいと思います」
アシュレイも真剣な表情で気合を入れているようだ。ロゼッタも治癒術師であるが、アシュレイの支援もあれば対応の幅も広がる。
「ふふ……心強い事です」
俺やアシュレイの言葉に、エリオットとカミラは表情を綻ばせていた。
「アルはこの後、どうする?」
「テオ君さえよければだけれど、僕も後学のために同行させてもらってもいいかな? 他人事ではないし、魔法陣構築の手伝いはできると思うからね」
アルバートはマルレーンやアシュレイと楽しそうにお茶を飲んでいるオフィーリアの方を少しだけ見て、にっこりとした笑みを見せる。
オフィーリアに関しては……そうだな。あまりあちこちでかけるのも大変だし、このままマルレーン達とのんびり過ごしてもらっていて一向に構わない。
「分かった。それじゃあ、少し出かけてこようか」
「というわけで、いってくるね、オフィーリア」
そう言うとオフィーリアも礼を言ってから「では――アルの事をよろしくお願いしますわ」と和やかに応じるのであった。




