番外1476 誕生の喜びを
「名前を……呼んであげないとね」
そう言うとシーラは寝台の上で嬉しそうに微笑を浮かべ、こくんと頷いた。名前は、既にみんなと共に決めている。
「初めまして、ヴィオレーネ」
これはバイオレット……スミレの名前をもじったものだな。
「初めまして、ヴィオレーネ。これから、よろしく」
そう言ってシーラもヴィオレーネの頬を、愛おしげに指の背で撫でる。ヴィオレーネは耳をぴくぴくと反応させていた。くすぐったい時に見せる反応だな。
こうして反応が分かりやすいというのは嬉しいかも知れないな。おくるみの間から手足も見せてもらっているが、やはり猫を髣髴とさせるものだ。爪は出し入れ自由なようではあるかな。
無意識的なのか、そっと手に触れると軽く指を握られてしまった。柔らかくて……何とも感触の良い毛並である。
そうやって触れ合うと共に、シーラとヴィオレーネを交えて循環錬気を行い生命力の増強をしておく。生命力、魔力の流れ。共に異常無し。うん。喜ばしい事である。
「ん……。少し疲れた分、すごく心地が良い」
「シーラもヴィオレーネも、無事でいてくれてよかった」
「ふっふっふ」
俺の言葉にシーラが笑う。少し冗談めかした風ではあるが、耳と尻尾もかなり嬉しそうに反応しているあたり、照れ隠し的なところもあるかも知れないな。
俺に続いて、みんなもヴィオレーネと初顔合わせを行う。
「ふふ、よろしくお願いします、ヴィオレーネ」
「会えて嬉しいな、ヴィオレーネ」
グレイスとイルムヒルトも笑顔でヴィオレーネにそう伝える。そうしてみんなも初対面の挨拶をしていく。
「髪が柔らかそうな感じで可愛いですね。光の当たり方で見え方が少し変わる感じと言いますか」
「光が当たると柔らかそうな光沢が出るわね」
アシュレイとクラウディアが、そんな風にヴィオレーネの髪の色についての話をして、みんなもそれで少し盛り上がったりしていた。手の毛並みにそっと触れて、納得したように静かに頷いているローズマリーやステファニアである。マルレーンやエレナもそんな様子に微笑ましそうに表情を緩めている。
ヴィオレーネの様子も記録媒体に映像として残す事ができた。サンドラ院長やイザベラ、ドロシーと面通しをする前に、少しだけバルトロ、ルシアにも中継で顔を見てもらう。
『これは可愛らしい。ヴィオレーネか……良い響きの名前だ』
『ふふ。こういう子は獣人族の中でも特に魔力が強いと聞きますよ』
バルトロとルシアもヴィオレーネを見て、にこにこと微笑む。孫の顔を見られて嬉しそうにしてから水晶板越しにではあるが、初対面の挨拶をしていた。
ルシアも語ってくれたが……人寄りの姿であるのに耳と尻尾以外の部分でも獣人の形質が強く出ている子は獣人の中でも強い魔力がある傾向だ。この辺は神秘性が高いからでは、と言われているが。
二人はそうして暫くヴィオレーネの顔を見て嬉しそうにしていたが、やがて顔を見合わせて頷く。
『満足しました。イザベラさんやドロシー御嬢さん、サンドラ院長をお待たせするのも悪い』
『そうですね。私達はいつでも顔を見られますし、あまり長い時間というわけにもいきませんから』
冥府の事はあまり大っぴらにできないからな。イザベラ達と一緒に、というわけにもいかないところもあるが。いずれにしろ母子共に安静にするのが大事なので、浄化の魔道具で衛生にはかなり気を付けた上で身内の初対面の挨拶まで、というところだ。俺も、短時間で済ませるのは名残惜しいところではあるのだが。
そうして一旦水晶板を片付け、それからイザベラとドロシー、サンドラ院長も中に呼んだ。
「んー。こりゃあ……可愛いもんだね」
「ああ、本当に……」
「ふふ、獣人の子は愛らしいですね」
イザベラ、ドロシー、サンドラ院長もヴィオレーネを見ると表情を緩めて初対面の挨拶をしていた。
そうしてみんなの挨拶が終わったところで、安静にしてもらう為に退室する。
「お二方とも、ありがとうございました。みんなが無事で……本当にお二人には感謝しています」
シーラとヴィオレーネの処置に戻るロゼッタとルシールに、改めてお礼を言う。
「こちらこそ、ありがとう。私も、こうして力になる事ができて、嬉しく思っているわ」
「私からも、ありがとうございますと言わせて下さい。それから……本当におめでとうございます」
ロゼッタとルシールも嬉しそうな笑顔を見せる。
「後の事も、任せておいて」
「よろしくお願いします。終わったらゆっくり休めるよう、手配をしておきますね」
ロゼッタの言葉にそう答えると、頷いて笑い、ルシールも穏やかな笑みを見せたまま深々と一礼する。それからシーラとヴィオレーネのところへと二人で戻っていった。
うん。二人は本当に心強い事だ。さてさて。では各所に通達していこう。
既に結構遅い時間ではあるのだが、体調の変化が昼過ぎ頃であったからな。知り合いの面々はヴィオレーネの誕生を待ってくれていたので、報告と共に記録媒体で映像を見せると、表情を綻ばせつつ祝福の言葉を伝えてくれた。
『ふっふ。まだ母子共に安静にしていなければならない時期ではあるし、経過の注視も必要というのはあるのだろうが……これで一安心、というところではないかな』
「そうですね。一段落したので安心しました」
水晶板越しにそんな風に言ってくれるイグナード王の言葉に笑って答える。
どうしても予定日が近いと先の事を考えたり、心配してしまったりするからな。予後や子供達の体調も注視するので落ち着いているわけにはいかないが、それでも循環錬気で見た感じでは安心できるものではあったし。
エリオットとアルバートのところでもカミラとオフィーリアの予定日が控えているが、こちらもサポートできるところはしていきたい。
それから街にも通達、という事になるが……そうだな。時間帯を考えるなら、連絡を回すと共に明日の朝から情報が伝わるようにし、食事を振る舞うのは昼頃、というのが良さそうだ。
そうした諸々の通達、伝達を終えたところで、待合室に戻って腰を落ち着けている面々と話をする。
「お三方も、今日は夜遅いので泊まっていかれては如何でしょうか? 急ぎの用があるのでしたら見送りも用意できますよ」
「それじゃ、お言葉に甘えようかね。夜道をドロシーに帰らせるのもどうかと思うし、送らせるのも気が引ける」
「よろしくお願いします」
「お世話になります」
イザベラとドロシー、それからサンドラ院長は俺の言葉に応じる。では、決まりだな。
ロゼッタとルシールの仕事が一段落してからの事もあるので夜食や風呂等、宿泊と休憩の準備等もしっかり進めてもらっている。
時間が時間なのでみんなは食事をとっているが、ロゼッタとルシールは交代で経過に注視したりと仕事を継続してくれるし、夜食は必要なのだ。
明日街で振る舞う料理に関しては、仕込み等も今日の夜の間に済ませておいて、朝起きてから作っていけば良いだろう。
そうして諸々の準備を終えて寝室に戻った。シーラも少し食事をとって浄化の魔道具等を使ってから、個別の寝室で休む、という形をとっている。
ヴィオレーネ共々ロゼッタとルシールが交代で常駐して経過を見るわけだが、ティアーズも補助としてついているので諸々安心だ。
「これで、家族が揃ったという感じですね」
「私達も、しばらくしたら後に続きたいところではありますが」
エレナやアシュレイがそう言って、マルレーンもこくこくと頷いていた。クラウディアも「いずれ、というところかしらね」と、少し咳払いをしつつ言っていたが。
ん。そうだな……。ともあれ、今日のところは一段落したというのも確かで、俺も嬉しいし、肩の荷が降りたところがある。明日からまだ頑張っていくためにも、今日はみんなと一緒にゆっくりと休ませてもらうとしよう。




