番外1475 獣人の子は
母子の無事を願い、みんなも祈りを捧げていく。
「シーラさんにはいつも守ってもらっていますから……まだ普段からの分に及びませんが、お返しする番ですね」
「普段の事もそうだけれど、私達の時も祈りで励ましてもらっているものね」
そう言って祈りを捧げるのはグレイスとステファニアだ。シーラは斥候役としてずっとパーティーの安全を守ってきてくれたからな。
みんなもグレイスの言葉に頷いて、母子の安全を祈る。俺も……シーラと子供の無事を願って、祈りを捧げていく。
同時にあちこちから集まってくる祈りの力を束ねる。盗賊ギルドの面々、孤児院の人達から感じる想いの力は……温かなものだ。
「シーラさんはお仕事を手伝って下さったり、何かあると冗談を言って雰囲気を明るくしてくれたりしますから色々助けられています。私達も祈りで、少しでもお返しをしたいと思います」
そう言って祈りを捧げるのは城で働いている面々だ。
シーラは性格的なところもあって、城で働いている面々からも親しまれているという印象だ。あまり表情や感情を表に出さないから、第一印象ではとっつきにくい所があるように見えて、その実は冗談好きな性格だからな。気を許した相手だと耳と尻尾に感情が出ているのが分かるので、その辺結構雄弁なのだ。
その上で仕事は真面目で丁寧だし、性格も根底の部分で義理堅い。盗賊ギルドで接点のあった面々や孤児院の子供達、城の面々から親しまれるのも分かるな。
国内や各国の知り合い達からも、祈りの力が届く。バルトロとルシア。シーラの両親からの無事を祈る気持ち。イルムヒルトの両親……デルフィロとフラージアからシーラへの感謝の想い。そうした温かな想いを束ねて、高めていく。
俺もシーラとの色々な思い出を脳裏に描き、祈りの中に込めていく。シーラの飄々としながら冗談を言うところであるとか、表情に出さなくても気遣ったり励ましたりしてくれるところ。
そんな場面が浮かんできて自然口元が笑みを浮かべて、温かい気持ちが胸に湧いてくる。だからこそ、みんなの祈りもこうした想いになるのだろうし、母子共に無事でいて欲しいという祈りに込められる力も強くなる。
一際強いのは……やはりイルムヒルトの祈りだろうか。孤児院にいた頃からの親友だからな。まだまだ安静にしている必要があるから無理はしないようにすると言っていたけれど、自然に無事を願ってしまうものなのだろう。
イルムヒルトはシーラとの思い出として一緒に釣りに行った事を懐かしそうに語っていた事もあるけれど……あれはシーラの趣味だけでなく、イルムヒルトにとって必要な血を確保するためでもある。その際にイルムヒルトも歌とリュートで呪曲を奏で、歌唱や演奏の実力を磨いていたからな……。お互いにとって今に繋がる良いものだったのだろうと、そう思う。
ともあれ、お産は長丁場になるのが普通だ。祈りは有難いし心強い事だが、みんなにも無理せず休憩を挟んだりするようにと、いつものように伝える。
「私達が体調を崩したりしたら、逆に心配をかけてしまうものね」
「そうね。後に心情面から負担をかけさせては本末転倒だわ。その辺わたくし達自身も他人事ではないし、気をつけたいところね」
イルムヒルトが穏やかな笑みで応じ、ローズマリーも羽扇の向こうで目を閉じて頷く。ステファニアとローズマリーも、まだ安静にしていなければならない時期だ。
「祈りだけならそんなに負担をかけるものではないとは言っても、気持ちが強ければどうしたって根を詰めてしまうものだわ。自覚して自制をかけるのは大事よ」
「そうですね。私も体調を崩しがちだったので気をつけたいものです」
クラウディアがそう言って、アシュレイも応じると各々頷いていた。グレイスは復調しているので「その分私も頑張ります」と気炎を上げて、その言葉にマルレーン達も気合のこもった表情でこくこくと頷いていたりするが。
「まあ、体調に心配がなくても無理はしないでね」
笑ってそう言うと、エレナが「わかりました」とグレイス達と一緒に微笑んで応じる。
そうやって祈りを捧げていると、フォレストバード達が迎えに行っていたサンドラ院長やイザベラ、ドロシーも到着して、一緒にシーラと子供の無事を祈ってくれた。
「祈りって柄でもないんだけどねぇ」
そう言いつつも実際は真面目に想いを向けてくれるあたり、イザベラの人柄を表していると思う。そんなイザベラにドロシーも微笑んで、一緒に祈りを捧げていた。
サンドラ院長も……孤児院の職員であるがそもそもが月神殿の巫女本職でもあるから祈りは慣れたものだ。静かに、深い。そんな優しい想いが伝わってくるようだった。
「イルムヒルトとの事があって、あの子も私達の事を手伝ってくれるようになりました。私達としても感謝しているし、シーラの気遣いには色々と助けられているのですよ」
サンドラ院長がシーラの事を教えてくれる。イルムヒルトが孤児院にやってきて……血液不足で体調を崩した後からの話だな。
イルムヒルトを心配していたから孤児院の職員とも協力して、という考えもあったのだろうけれど。そうした行動も今のシーラの性格の下地になっているのだろうという気はする。
そんなシーラの思い出話に、みんなも優しい表情を見せる。こうしたみんなの想いを乗せた祈りは……きっとシーラにも届いているだろう。
祈りと共に待っているだけではあるが、リスクがあるというのも分かっているから何度経験しても慣れないな。体調が万全であると理解していても。
代わる代わる休憩や食事をとったりしながら祈りを捧げたり各所からの連絡に対応したりと、焦れるような時間は少しずつ過ぎて行き……やがて夜半になってその時がやってくる。
不意に赤ん坊の泣き声が聞こえて、みんなも喜びの表情で顔を上げる。
「産まれました! 猫獣人の女の子で、シーラ様も無事ですよ!」
と、ルシールが喜びの表情で顔を見せて教えてくれた。ああ。それは……喜ばしい事だ。母子共に無事というのは本当に。
「ありがとうございます……!」
「ふふ。もう少し待っていてくださいね。獣人の方々は比較的安産が多いと聞いていましたが、今回もその通りで、私としても安心しています」
俺の言葉にルシールは肩を震わせ、処置の為に戻っていった。それは何よりだ。うん。
予想してはいたが猫獣人の特徴を持った子か。何というか我ながら現金なもので、焦れていた気持ちが顔を合わせるのが楽しみというものに変化してきた気がする。
安産だったと聞くと尚更だ。実際時間的にも、みんなの時より少し短めだろうか。
「おめでとうございます……!」
「おめでとうございます、境界公」
『喜ばしい事だ』
ドロシーやイザベラ、サンドラ院長といった面々、中継でこちらの状況を見て取ったメルヴィン王が次々と祝福の言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます」
一礼して答えるとみんなも穏やかに笑って応じてくれる。
そうこうしているとロゼッタが顔を出して、処置が終わったと教えてくれた。少しの間なら、顔を合わせる事もできる。というわけでいつものように浄化の魔法や魔道具を使ってから、子供の様子が見られるように記録媒体を持ってシーラが休んでいる部屋へと入室させてもらった。
シーラは寝台で横になっていたがこちらを見ると耳をぴくぴくと反応させて応じる。
「ん。この通り、私も子供も、無事」
「うん……。無事で良かった」
俺の言葉にシーラはこくんと頷く。生まれた子供も一緒だ。シーラの腕におくるみで包まれている。生命反応は――母子共に問題なし。力強いものだ。髪の毛の色は俺とシーラの髪の色が少し混ざったような感じだ。俺の髪色を暗くした、或いはシーラの髪色を明るくした、でもいい。
「私や両親に近い、人の比率が高い方の子」
どうやらそのようだ。ただ、手首足首あたりがイグナード王と同じように獣人度が高いと言えば良いのか。こういうタイプで形質が出る獣人もいるらしいな。両親が猫獣人だったから隔世で色濃く出た、というところだろうか。獣人の血筋としては魔力もかなり高いように感じるから……その辺も影響するというのは有り得るかも知れない。
「ふふ、うん。耳や尻尾はシーラに似てるし、手足も可愛らしい」
「ん。これから先が楽しみ」
俺の言葉に、シーラは嬉しそうに目を細めて首肯するのであった。




