番外1474 我が子と会うまでに
「シーラもドロシーも、物好きな事さね。本当ならあたしらみたいなもんから、距離を置ける立場にいるっていうのにね」
イザベラはそう言って、目を閉じる。
「ん。イザベラや皆には、お世話になった。サンドラ院長にも。立場が変わっても、その事実は変わらない。イルムヒルトの近くにいられたのも、イザベラ達や院長のお陰」
「そうですね。私がこうして生きてこられたのも、イザベラさんや周囲の方々が、親身になってくれたからですし」
当人であるシーラとドロシーはそんな風にイザベラに答えていた。
先代ギルド長の護衛役の娘だったシーラは孤児院に預けられ、ギルド長の娘であったドロシーはギルドに育てられたわけだが……イザベラの本音を言うなら、どちらかと言えばドロシーもギルドに関わりのないところで育ってほしかった、というのはあるのだろうな。
それでも暗殺された先代への義理であるとか、ドロシー自身の身の安全であるとか、そういった部分を考えると自分達の目の届く範囲から離す事ができなかった、というのは理解できる。慕われていた先代の娘ともなればギルドの様々な人員に対して、人質としても有効だろうし……何かあれば士気に関わるだろうな。
「シーラが戻って来た時の事はよく覚えてる。最初はどういう考えでこっちを頼ってきたのか、色々裏を読んじまったんだけどねぇ」
「ん。イルムヒルトと一緒にいたい、と思ったから」
友達を守る為にギルドの技術を身に付けたい、と。そう伝えてきたのだという。だからイザベラも一度は外に出したシーラのギルドへの加入であるとか、技術指導に関しても賛同したとの事だ。理由がギルドの事情に関わらない分、特別扱いはしなかった、という話ではあるが……。
イザベラを見ていると、あまり目をかけて義理を作り過ぎてしまっても深入りさせてしまうと考えた部分はあるのではないだろうか。
「ふふ。シーラとイザベラさん達との関係は良いものだと思うわ」
そんなやり取りを見ていたイルムヒルトが少し肩を震わせる。みんなやドロシーも微笑み、イザベラも目を閉じて穏やかに笑っていた。
「だから子供が生まれたら、顔を見に来てくれたら嬉しい」
「ふ……。まあ、分かった。約束しとくよ」
「ん」
その言葉にイザベラが応じて、シーラもこくんと大きく頷くのであった。
『あの人も……義理堅い事だな。義理人情を大切にする人物だったと記憶しているが、変わりはないようだ』
『そうね。私の友人も世話になった、と聞いているわ』
「ん。子供が生まれたら顔を見に来るって約束した」
バルトロとルシア――。シーラの両親はイザベラとのやり取りを中継で聞くと静かに笑ってそんな風にイザベラに関する話をしてくれた。
イザベラとドロシーが暫く城でのんびりと茶を飲んだりしてから帰った後で、冥府の二人とも連絡を取った形だ。シーラの予定日が近いしバルトロ、ルシアとも連絡をとったわけだ。
そんなわけで、イザベラやドロシーとの経緯を説明するシーラに、微笑んで耳を傾けているバルトロとルシアである。耳と尻尾が親子で同じように反応していて、同じ気持ちでいるというのが傍で見ていて分かるというのは、中々にこちらとしても微笑ましい光景だ。
今は……レイスの外套も脱いで表情が見えるようにしてくれているな。
「それと……父さんと母さんにも。子供の顔を見せられる時が、楽しみ」
『ふふ。私達も楽しみにしてるわ』
『ああ。こういう機会を得られるのは喜ばしい事だ』
シーラとバルトロ、ルシアはそう言って頷き合う。
「ロゼッタさんとルシールさんの問診もそうですが、循環錬気でも母子共に安定している様子ですから、その辺は安心してもらえたらな、というところですね。また状況が動いたら連絡を取れるようにしておきます」
『ありがとうございます』
『娘と孫の事、どうかよろしくお願いします』
現状に関して説明すると、二人は揃って一礼してくる。中継の様子を見ていた冥精達もにこにこしながら頷いて、『ふふ、お任せください』と明るい笑顔で約束をしてくれるのであった。
そんな調子でイザベラ達を招待し、バルトロ、ルシアとも連絡を取って更に数日。仕事も程々にこなしながら日々を過ごしていたが予定日も明日、というところまで迫ったところで、シーラにも兆候が表れた。
本人の体調の変化の自覚は昼過ぎ、というところだ。昼下がりで落ち着いていた状況だったが俄かに慌ただしくなった。
「ん。行ってくる」
フロートポッドに乗り込んで診察室まで移動する前に……ハグをしようというように両手を広げるシーラに、俺も少し笑って応じる。少しの間、抱擁し合う。
「うん。みんなと待ってるし、何かあったら駆けつける」
そう言うとイルムヒルトも「シーラとその子供に会えるの、楽しみにしてるの」と頷いて。シーラは耳と尻尾だけでなく、表情にも感情を出して微笑んだ。
「ん。私も楽しみ。テオドールも、頼りにしてる」
そうだな……本当に。年少組はまだ先の話ではあるけれど、これで家族が揃って顔を合わせられるようになるという事ではあるし。まだまだ気を抜くには早い状況だけれど。
そうしてシーラはみんなと言葉を交わし、励ましの言葉を受け取る。
オリヴィア達にも「待ってて」とそう言ってフロートポッドに乗り、ルシールに付き添われて診察室へと向かった。ロゼッタも既に連絡は入っているのですぐにそちらに向かうと連絡をくれている。
というわけでシーラの診察が進んでいる間、俺も待合室で各所に連絡を入れる。イザベラとドロシーも、先日言っていた通り予定を空けて待ってくれていたようだ。今から目立たないように向かう、との事であるが。
サンドラ院長も『では、今からそちらへ伺います』と返事をくれた。
「シーラも喜ぶと思います」
と、応じると柔和な微笑みを見せるサンドラ院長である。
フォレスタニアの到着に合わせてすぐ動けるように、馬車の手配もしておこう。それに関してはフォレストバードの面々が対応してくれるとの事だ。
「では、迎えに行ってきますねぇ」
ルシアンが笑顔で応じて、ロビン達と連れ立って出て馬車を手配して出発していった。こちらも問題なし、と。イザベラは来客の中ではやや特殊な事情があるが、フォレストバード達に任せておけば大丈夫だ。冒険者時代も細やかな仕事をすると評判だった面々だしな。
そのまま各所に連絡を入れれば、イグナード王達も『喜ばしいことだ。母子の無事を祈る時間を作ろう』とメッセージをくれた。
俺達も連絡を回し終わったら祈りながら待つ事になるから有難い話だ。エインフェウスも獣人の国だしな。シーラに関しては同じ獣人としてのよしみもある。
そうしてロゼッタもやってきて、診察も終わる。
シーラの容態は兆候が見られるが小康状態との事だ。まだ始まったばかりで時間はかかるが、現状では問題はないだろうとの事で。
「では、後は任せて頂戴」
「はい。よろしくお願いします」
俺の言葉にロゼッタとルシールは頷き、また診察室へと戻っていく。
早速マルレーンとクラウディアも祈りの仕草を見せていた。イルムヒルトもまだまだ安静にしている必要があるが、寝台の上から無理しない程度に祈りを行うとの事だ。
シーラの子となると猫獣人である可能性は高い、とは予想されているが……さてさて。どうなるかな。獣人の子は幅が広いので色々予測が難しいという話ではあるが。いずれにしても会えるのが楽しみではあるな。
猫獣人の小さな子供を想像すると……何というか非常に可愛らしい絵面が頭に浮かぶが。ともあれ、気持ちは逸るが待つしかないというのはある。祈りを捧げつつ状況に注視して待機するとしよう。




