番外1473 盗賊ギルドの近況は
シーラの予定日を控え、ロゼッタとルシールの常駐へと体制が変わったタイミングで、フォレスタニアに客を招待した。
といっても招待は非公式なものだ。シーラが希望したものではあるが、少しばかり事情があるので。
迎える内の1人は、自分の立場であまり領主と交流の場を持つべきではないと考えている、というのは変わらずだし……確かにその主張は分かる。実際あまり懇意にして慣れ合うべきではないし、立場上一線を敷いておくというのは大事だろう。
だが……そうだとしても彼女がシーラにとっての恩人である事に違いはないしな。
孤児院の子供達も招待したいところではあるのだが、まだイルムヒルトもロメリア誕生からそんなに日が経っていない。シーラの子供が生まれて少し日数が経って落ち着いてからというのがいいのではとサンドラ院長とは話をしている。
それまでは水晶板で中継して話をしたりだな。
「ん。私達が落ち着いたら遊びに来て」
「ふふ。楽しみにしているわね」
『うん。私達もおねえちゃん達に会えるのを楽しみにしているね!』
とまあ、先日は水晶板越しにそんなやり取りをしていた。孤児院の子供達もシーラやイルムヒルトに会えるのを楽しみにしている、とのことであるが。
一方で今日招待しているのは……孤児院の関係者ではなく、シーラにとっての恩人だ。つまり――。
「あたしの事なんざ気にしなくても良いものを。領主殿も奥方様も大概お人好しというか義理堅いというか」
「ふふ、今日はよろしくお願いしますね」
そう言って口元に苦笑を浮かべてひとりごちたのは、招待客の一人であるイザベラだ。イザベラと共に馬車から降りてきて、にこやかに笑っているのは盗賊ギルドの先代ギルド長の娘、ドロシーだな。こちらの用意した馬車に乗って城へやってきたわけだ。
盗賊ギルドの関係者という事で、イザベラは顔が分からないようにフードを被っているな。
街中を移動する際に別の建物に入ってから変装してから改めて移動すると通達してきたから、フォレスタニア城への招待自体が周囲に分からないよう配慮してくれたようではあるが。
「お二方とも、歓迎します。却って色々気を遣わせてしまったようで、恐縮ではありますが」
「いやいや。境界公は時期を見て、少数であれば奥様方の親しい身内を招待しているようではありますし。そうした対象として考えてくれているという事については、嬉しいのも確かですよ。立場上もあって控えていますし、あたしみたいな者には少しばかり過分な気もしますがね」
「恩人として、という部分からの招待ですからね。立場を踏まえた上で、仕事の話はお互い控える事ができれば、大きな問題にはなりにくいかと」
そう言うと、イザベラは真面目な表情になって静かに一礼する。
それでも口さがない者が見れば邪推するというのは有り得る話ではある。
俺達としては互いに結託しての利益供与をしないようにしている、という了解があるし実際にそうしているから、イザベラが危惧しているのはその辺かも知れないな。
まあ、魔法審問を受けても潔白だと主張できるからこちらとしては問題ない。こうした話を口にするのも確認する意味合いもあるか。
というわけでイザベラとドロシーを城内に案内する。シーラは予定日が近いので安静にしているというのもあり、出迎えには行けないからな。
「ん。いらっしゃい」
「ふっふ。こうやってシーラの見舞いに来られたのは嬉しいねぇ」
「お元気そうで何よりです。ああ、そのままで大丈夫ですよ」
イザベラとドロシーは、シーラの顔を見ると笑って挨拶をする。シーラも頷き、耳と尻尾を反応させて応じる。
「二人とも。来てくれて嬉しい。出迎えに行けなかったのは悪いけれど」
「今は大事な時期ですからね」
と、ドロシー。というわけで具体的な予定日や直近の問診の結果等の話をする。
「そんなわけで子供が誕生した時、また来てくれると、嬉しいとは思ってる」
「ふうむ。そうさね……。シーラがそう望んでくれるなら、また来られるよう調整はしとくか」
イザベラは思案しながら答える。予定日の前後を調整して、何時でも動けるようにしておく、というわけだ。
「連絡については通信機で問題なさそうですね」
そう言うと、イザベラも首肯する。
水晶板に関してはあまり頻繁に連絡が取り合えると邪推を招くという事で当人が遠慮しているが、通信機ならログを残したりもできるし、必要に応じて持っていたり返還したりといった事もできるしな。
まあ通信機も問題があるというのなら所在を教えてもらっておいてカドケウスを派遣したりという事もできるが。
近況についても少し話が出る。
「あたしらの稼業の方は落ち着いておりますよ。野心家がいなくなって、みんな義や仲間との関係を重んじるようになっていると言いますか。長は敢えて置かず、合議制でやっていく方向になってますが……うまく回っています。明確に長を置くとそれを目指す輩も出てくるので、こうした方法も悪くないのかも知れませんねぇ」
との事だ。具体的にどうという内容ではないが、現状についてぼかしつつも教えてくれるのは、自分達の状況が心配いらないという事を伝えてくれていると理解しておこう。
こちらとしても安心できるし、具体的な部分は伏せられているので線引きとしても丁度良いところだろうか。
「ドロシーさんの近況はどうなのですか?」
「今は……そうですね。孤児院で働いてみないかとサンドラ院長から誘いも受けています」
「あたしとしても良い案じゃないかって思ってるけどね。西区の子供達が平穏なら世も平和さね」
と、ドロシーの言葉に笑って頷くイザベラである。
「んー。もう少し考えてみたいところではあります」
イザベラとしては先代ギルド長の忘れ形見には裏稼業からは距離を置いて欲しい、というわけだ。裏稼業に染まっていないドロシーは日陰で暮らすものではないという風にイザベラは思っているだろうし。
反面ドロシーとしてはイザベラと距離を置きたくないという思いがありそうには見える。
イザベラは道理を通そうとするタイプだし、堅気の人間達の場所である孤児院にはあまり近付かないだろうからな。孤児院は月神殿が主体で運営しているが、職員は必ずしも巫女出身ではない場合もある。月女神の教えに背くような考え方や行動をしていなければ良い、という緩さではあるが、だからこそイザベラは距離を置く、か。
そういうところを見ているドロシーが色々考えてしまうというのも分かる気がする。
その辺はイザベラも分かっているのか、ドロシーの言葉に静かに頷いていた。つまりは……イザベラとしてはドロシーを心配しているし、ドロシーとしてはイザベラから距離を置きたくはない。恩を返したいにしても関係が切れてしまっては、な。
「その辺、どうなるにしても目が届く範囲にお互いの生活圏があると安心かも知れませんね。」
「ん。確かに」
俺の言葉にシーラが頷く。例えば、朝夕挨拶できるというような。西区で暮らすなら盗賊ギルドの面々もそれとなくドロシーの身の回りに気を遣ってくれるだろうが、堅気なら踏み込まないところもあるから。
生活圏が西区となると……護衛の魔法生物がドロシーの身の回りにいれば安心かも知れないな。
そうした話をすると、イザベラもドロシーも興味を持ったようでふんふんと頷いていた。ドロシーならシーラの友人という括りだしな。
「それは良い」
と、シーラもこくんと頷く。まあ、急ぎの話でもないようだし、イザベラとドロシーが乗り気なようならちょっとアルバートと相談して考えてみる、というのが良さそうだな。




