番外1469 高層電波塔
街並みを眺めながらのんびりと移動する。ビルの中身は作り込んでいるところと見た目だけ、という部分が混在していて、若干映画のセットじみたところはある。大通りに面したビルは……まあ見える範囲は作り込んでいるな。特にテナントが入っているところはショッピングに使える程度には作ってある。オフィスを見学したいという場合も考えて、これもある程度は作ってある。
とは言え既に地下街でテナントも見て回っているし目的地も気になっている関係から、みんなも店にはあまり寄る必要はないと思っているようで、歩道から店のレイアウトやディスプレイを楽しんでいるといった様子だ。ウィンドウショッピングだな。
「お店の雰囲気が良いですね」
「何と言いますか。洗練されている感じがしますね。明るい雰囲気で好きかも知れません」
エレナの言葉にアシュレイも同意する。
「ん。ありがとう。まあ、俺が考えたわけじゃない部分は多いけれど、あっちの人達もそういう反応には喜ぶんじゃないかな」
「ふふ」
俺の返答にみんなも少し笑う。各種テナントに関しては俺も忘れがちだった些細な記憶から再現した物を迷宮核の内部空間で見て、雰囲気が良いなと思ったら配置し直して体裁を整えている、という部分がある。だから実際の街並みやテナントがちょっとずつ混じっていたりもする。この辺、旅行先で見た建物等も混じっている。
俺の生活圏から外れていて、良く知らない通りなどはこうした作り方だ。
実際自分の好きなように街並みを弄れるのは楽しかった。記憶から建物を自由に配置し直せるよう、ユニットデータ化して開いた土地に配置したり、建物自体ユニットデータを参考にデザインし直したり……そんな感じで気軽に再配置できるようにしてから街並みを作っていったわけだ。
道を行く人々、車はゴーレムが代役を務めている。運転手やライダー、バス、タクシーの乗客もゴーレムだ。見えないところに行ったら一旦消えて、服装や車種を変えて曲がり角等からリポップするといった具合だ。こっちが高度を上げるとそれに応じて幻影が展開され、人や車の行き来が見える範囲も見かけ上は増える仕様だが……とりあえず処理能力に問題はない。
往来は移動に支障のない程度にしてあるので実際よりは人通りも少ない印象ではあるかな。
ビル上方の電光掲示板を見て足を止めたり、聞こえてくる音楽に耳を傾けたり。子供達もフロートポッドに乗ったまま不思議そうに目を瞬かせたりしていた。
信号や標識、歩道橋を興味深そうに眺めるみんなに、疑問に思っている事の説明もしながら道を行く。
「自動車が道路を走るから、運転側にも歩行者側にも色々な決まり事を設けているわけだね。馬車の事故よりも速度や重量もあるし、重大な事になりやすいから」
「便利な乗り物も良し悪しね。とは言え、規則を守っている分には安全、かしら」
「そうだね。近年じゃAI……魔法生物的な補助も加わって、事故はかなり減ってるし」
法や制度的な問題、システム不調時の対応もあるため、完全自動運転とはならないけれどな。大抵の場合はアシストで、余程の不測の事態でない限りは問題ない。
そんな調子で見学と話をして、バイタルデータの確認も平行させながら進んでいき……やがて目的地に到着する。
俺達が向かっていた先は電波塔だ。電波塔にしてもいくつかあるが、こちらは比較的新しく造られたものだな。高層ビルが増えた関係で、より高い放送用の電波塔が必要になって建造されたそうだ。
「これはまた、遠くから見て分かっていた事ではあるけれど凄いわね……」
母さんが電波塔を見上げて言う。下から見上げる電波塔は……その巨大さもあって中々に圧巻だな。
「高さだけなら……セオレムよりも高いかしら」
ステファニアが首を傾げる。
「造られた当時はあっちでも世界一だった時もあったらしいよ」
観光スポットにもなっていたりするな。街へ出る前にテレビの天気予報も見ていたので、ああいう情報を広範囲に発信するために作られた物だと伝える。
セオレムと比べた場合実用性が強いデザインなので間近で接する印象も変わってくるかな。セオレムの場合は荘厳さや立体的な周囲の構造もあって圧倒される部分もある。
「水晶板の中継映像を送るための施設、という感じでしょうか」
「うん。それで合ってる。魔法的な繋がりじゃなく、あくまで送信して受信する都合上、周りの高い建物よりもっと高い建物が必要だったわけだね。観測施設や観光地、商業施設も兼ねていたりするけれど」
グレイスの疑問に答えるとみんなもそうした話に熱心に耳を傾けていた。近しい技術を例える事はできるが細かな部分に差異が見られるな。
というわけで、説明もしたところで電波塔内部に入っていくとしよう。地上付近の階層には団体や個人用の入場チケット売り場、専用ショップに各種テナント、コインロッカー等々、各種設備が入っているな。
まずは入場チケットの購入からだ。売り場のゴーレムから全員分のチケットを買って手渡すと、みんなも嬉しそうにしていた。
ゆるめのマスコットキャラもいたりして。シーラとマルレーンがそれを見て揃って首を傾げていたりするが。マスコットキャラが手を振ってくるのを見て、二人も手を振り返したりしている。
「ん。あの子は?」
と、シーラが尋ねてくる。
「名前は確か……ラージくんだったかな……。総じてマスコットキャラとかゆるキャラなんて呼ばれてるよ。そういう形をした服というか着ぐるみの場合と、AIできちんと中身も作ってある場合があるね。場所や団体の象徴として、ああいう子の姿や性格を各々考えたりするわけだ」
名前に関しては電波塔だからラジオから取られているのかな。新しく加わったマスコットだったと思う。
近年ではAIや3Dプリンターの発展で、着ぐるみではなくマスコットキャラクターの姿をした案内用ロボットというのも増えていたりする。規制がかかっているのであまり高度な思考をするAIではないけれど。
というわけで折角なのでラージくんにエレベーターまでの案内をお願いする。説明についても記憶からの再現なので色々電波塔に関する薀蓄を聞くことが可能だ。何時作られたのか。高さは。どんな使われ方をしているのかといった内容だな。
ラージくんは子供達を見て「わあ、かわいい!」と、リアクションしていた。こうした反応は記憶からの再現なので見学に行った時に意識せずに見ていた光景なのかも知れないな。
そうして……みんなでエレベーターの前まで到着する。結構な人数が一度に乗れるエレベーターなので、子供達の乗ったフロートポッドも問題なくエレベーターに入れる。
電波塔観光に来た目的は話をしていないが……みんなもおおよそのところは察しているのだろう。
「中々に楽しみね」
羽扇で口元を隠して言うローズマリーの言葉にみんなも首肯する。エレベーター内部に進むとドアが閉まり……そしてエレベーターの上昇する独特の感覚がある。
デジタルモニターに現在位置が表示されていたりするな。最初はフロア数。途中から現在の高さと、どのぐらいの速度で上昇しているのかの表示がなされている。
メートルの単位がどれぐらいか。表示されている速度がどういう基準のものかを説明しつつ、エレベーターはどんどん目的の場所に向かって昇って行く。
この電波塔に関しては第一展望台、第二展望台があるな。まずは第一展望台のあるフロアに到着してドアが開く。
真正面――。ドアが開くと同時に強化ガラス越しの風景が目に飛び込んできて。街並みを一望できるその風景に、みんなが声を漏らすのであった。




