番外1468 街の中心部には
電車の乗務員室をノックして運転用の設備を見せてもらう。普通なら通してもらえるわけのないそこも、仮想空間なら見学可能だ。
運転席から地下鉄を進んでいく光景というのは……中々見る機会がないので新鮮な印象があるな。
操作系については本来なら再現の必要もなく、フレーバーというか雰囲気だけ出せれば良いのだがシミュレーター系のゲームで多少知識があったから、その辺も電車の運用に反映させてもらっている。
電車の運転席は割とシンプルというか細々としたボタンやスイッチ等は飛行機等に比べるとそう多くはない。
目を引くのは各種データが表示されるデジタルモニター、運行の目安を知る時計、速度計。ブレーキやドアの空気圧に関わる圧力計。それに加減速を調節するレバー型のハンドルだな。
他にも連絡用の受話器やアナウンス用のマイク等々細々としたものもあるけれど、主に運転に使われる装置はハンドル部分と計器類あたりだろう。デジタルモニターは電車の状態を表示したりといったものなので運転の補助に使われているという性質が強いものだな。
計器類がデジタル化しているかどうかは……車両の種類による。こういうものはアナログメーターとデジタルメーターで仕組みが分かれている方がリスクの軽減になるという考え方もあるし。
「そこの操作舵を奥に倒せば減速して、手前に引けば加速する。中間なら加減速せず。敷かれた鉄道の上を走っている電車は、摩擦が少ないからそれまでの速度と慣性で進める。
だから必要な速度に達したら、走行中あまり加減速はしないで良い、って事らしいよ」
摩擦が少ないというのは止まるまでの距離が長くなるという事でもあるが……電車側と鉄道側の連絡を取り合い、進行方向の状態を事前に知る事で細やかに対応しているわけだ。
標識を設置し、決められた位置で所定の操作をし、想定した速度で駅構内に侵入する事で決められた場所にぴったり停止する、と。予定調和ではあるが、それも日々のメンテナンスや安全確認がしっかりしていればこそだな。非常に安全な乗り物足りえるのは、そういう毎日の基本的な部分の徹底と、鉄道そのものが攻撃対象にならない治安の良さがあってこそではある。
そうした説明も交えると、みんなも感心するようにふんふんと頷く。
「確かに。敷かれている鉄道自体が攻撃されてしまったら、こういう形は成り立たないものね」
クラウディアは納得するように目を閉じて言う。
直接的な治安維持の体制もそうなのだろうが、そもそも全体的なモラルの水準を上げる事や生活の安定が必須で、そのためには教育水準の高さも必要となる。一朝一夕でなんとかなるものではないから、様々なものの積み重ねがあってこそだな。
領主としての立場で改めて日本を見ると、目指すべき部分やそのままでは適用できない部分等々……色々と考えさせられるな。
訓練設備であり、その中でも仮想日本の舞台は実験的な事を行う用途でもあるが……迷ったら視点を変えてヒントを貰ったり考えたりもできそうだ。
客観視や俯瞰で物事を見るというのは重要だと思う。作って良かったと言えるようにしていきたいところだな。
そうして運転席の見学をさせてもらってからまた座席に腰を落ち着け、目的の場所までみんなと共に地下鉄に揺られる。幾つかの駅を通過し、プラットフォームの様子や壁面の広告を眺めたりして。普通の地下鉄の光景ではあるが、みんなはやはり物珍しさもあって楽しそうだ。子供達に見せてその反応ににこにことしたり、和気藹々としている。
疑問も色々つきないようで質問を受けてそれに答えたり、みんなのバイタルデータをチェックして問題がないか確認したりしていると、移動時間もあっという間に過ぎて行き、目的の駅に到着するというアナウンスが入った。
降りる準備といっても車内は空いているのでスムーズなものだ。ドア近くにみんなで寄って座って待っていると電車も減速を始め――そうしてプラットフォームに入っていく。
先程電車の減速の仕方を説明したからか、みんなも電車の挙動に注目しているようであった。車体の乗降口と駅のホームドアの位置がぴったりになるように停止すると「テオドールが言っていた通りね」とステファニアが微笑み、マルレーンがこくこくと頷く。
街の中心部の駅は――かなり広々としていて複雑な構造だ。案内板もあちこちについている。日本の一部の駅を再現したものではあるが、これに関しては内部の複雑な構造は本当に雰囲気を出す為のものだ。仮想の街並みなので一つの街しか存在せず、路線も複雑ではないのでこんなに大規模な構造は必要ない。
迷っても大丈夫なようにあちこちに地上に直通するエレベーター風転移装置を設置していたり、どの路線に乗っても仮想空間の待合室前の駅に向かったりする仕様になっているな。舞台セットの裏事情を案内中にあまり暴露するのも興ざめなので、仮に迷っても駅員ゴーレムの案内してくれるエレベーターに乗れば同じ入口に出られるようにしてある、とだけ伝えるに留めておく。はぐれても仮想空間なら何時でも離脱できるというのはあるけれどな。
「迷宮のように入り組んだ構造ですね」
「ん。あちこち案内板はあるから慣れれば問題はなさそうではあるけれど」
「実際そんな風に言われる事もあるね。こういうのも面白いと思ったから再現したところはあるよ」
感想を漏らすアシュレイやシーラに答える。みんなも迷宮には慣れているから、そこまで抵抗はなさそうだ。入り組んだ構造なら構造なりに、駅なので分かりやすく作られているしな。人を迷わせる事を目的とした迷宮とはやはり違うが、その辺の違いが目につく分寧ろみんなに受けているようなので、中々に面白い。
改札口から外に出る際も……特に問題はなかった。乗り越し精算等も必要ないしな。
「駅から出る際の切符は回収されて出てこないから、ここに入れて通過するだけだね」
そう伝えるとみんなも頷いて、フロートポッドの安全優先で一人一人改札を通っていく。楽しそうに改札口に切符を入れているステファニアやマルレーン、イルムヒルトや母さんといった面々である。
そうして地下から地上部分に出る。あちこちの路線への乗り換え口とテナント。券売機に案内板。広告に自動販売機、コインロッカー。賑わいでいるというか、改めて見ると結構雑多な雰囲気もあるが、みんなにとっては異国情緒かも知れない。
そうして目的の入口を出て、街中へ出るとみんなからもおおー、と声が上がった。駅前は待合場所やバスターミナルなどがあって広々としているが、その分見通しも良い。
大型の建物やビルが立ち並ぶ光景は、流石にルーンガルドでは有り得ない光景だからな。
「独特な建築様式だわ」
「ビルだね。色んな職種の企業――商人達が仕事の場所として間借りして、業務や何かしらの商いをしていたりする。自分の所の持ちビルである場合もあるけれど」
ローズマリーの言葉に説明すると、顎に手をやってふんふんと頷く。
「あの高い塔はなんでしょうか?」
グレイスが上方を見上げて首を傾げる。その視線の先には一際高く細い建造物があって。
「あれはこれから向かう場所だね。到着してからのお楽しみという事で」
「テオドール様が案内して下さるところなら楽しそうですね」
エレナも笑顔で答えて、みんなも同意していた。うむ。期待してくれているようだし進んで行こう。今ならば丁度良い頃合いだと思うしな。




