番外1467 地下鉄に乗って
まずは改札の通り方をみんなに伝えていく。
「歩きながらここに切符を入れると……穴が開けられて確かに入口を通ったっていう証拠を付けられてここから出てくるんだ。この切符は駅から出る時も同じように改札口で使うから各自持っておいてね」
改札の向こう側に移動し、みんなに切符を見せながら言う。定期券とスマホ等の機器による電子決済を使っての場合は……みんなが通ったら説明するか。今の時点で他の事を説明しても混乱させてしまうし。
「ん。先生質問」
シーラが手を挙げて言う。最近城で講義をする機会が増えているからな。そのスタイルの踏襲というか。
「はい、シーラ君」
挙手してくれたので少し笑って、俺も講義の時のように指名すると、シーラは頷いて口を開く。
「切符がなくても簡単に通り抜けられそうだけど、何か仕掛けがある?」
「そうだね。手順が間違っていたり不正な手段で通り抜けようとすると足止めされるように出来てる。まあ、罠や魔法的な仕掛けと違って危険な事はないから、気になるなら試しても問題ないよ。装置が作動したら後ろに下がれば大丈夫」
シーラとしては職業柄というか、盗賊ギルドの技術を持っているだけにそういう部分が気になるのだろう。改札口という割に駅員ゴーレムは少し離れたところにいて無警戒に見えるし、装置もいかにも何かありそうだし。
「じゃあ少しだけ」
シーラは頷いて、改札がどんな挙動をするのか早速試す事にしたようだ。切符を入れずに通り過ぎようとして、通行止め用のプレートが開いて道を塞ぎ、警告音がなるのを確認すると、納得したように頷いて後ろに下がる。
「面白い仕掛けね。怪我をしないように作られているみたいだし」
「みんな通り過ぎながら切符を入れるから、勢い余って切符の投入を失敗する人もたまに出てくるんだよね。そんなに悪意のある人はいないだろうっていう前提で作られてるとは思う」
ローズマリーの見解に答える。穏健で平和的な仕組みというか何というか。まあ、近くで駅員も控えているし監視カメラもあるしな。
「はい、テオドール先生」
アシュレイもにこにこしながら挙手してくるので、俺も笑って応じる。
「はい。アシュレイ君」
「改札を出る時に切符を無くしてしまった、という時はどうするのでしょうか?」
「その時は、駅員に話をして無くした事を伝える事になるね。もう一度切符を購入する必要があるんだけれど証明書付の切符を出してくれる。後で紛失した切符が出てくれば、証明書付の切符と合わせて駅に持っていく事で、最初に購入した切符の分、お金を払い戻せるようになる、と。猶予期間が……確か1年、だったかな? 手数料も少しだけかかったりはするけれど、遠出する場合、切符もそれなりの金額になるからね」
払い戻しの例外もあるけれど。
「親切な仕組みなんですね」
アシュレイは俺の返答に表情を綻ばせていた。領主としてはこういう部分の仕組みや対応は気になるところなのだろう。ステファニアやローズマリー、クラウディアにエレナも納得するように頷いている。
というわけで、みんなも一人一人改札に切符を通して駅構内に入る。オリヴィア達用のフロートポッドもあるし、駅員ゴーレムのいる側の改札口は少し広くなっている。改札を通るのも出てきた切符の受け取りも特に問題は起こらなかった。出てきた切符を手に取ったマルレーンもにこにことそれを見せてくれて、中々に微笑ましい事だ。
動く歩道――ムービングウォークもあるが、シルヴァトリア式の動く歩道と違って機械式だ。みんなでそれに乗ってプラットフォームまで移動していく。
プラットフォームはホームドアもつけられている。仮想空間なら安全ではあるが。
サラリーマン風の格好をした乗客役のゴーレム達もいるな。サクラ役というか、実際どんな風に使われているかみんなに見てもらうための配役だ。
「決まった時間にやってくるように運行されてるんだ。割合僅かな時間でやってくるけれどね」
電光掲示板の表示を見ながら各駅停車、急行、大都市を結ぶ特急といった種類がある事も説明しつつ待つ。仮想空間の電車の運行はまあ、街中を循環しているのである程度実際に即したものにもできるが、急行や特急を用意する程ではない。仮想空間での乗客は俺達しかいないので、待っていれば離れた場所に電車がポップするという形で事足りるのだ。電車がポップというのも冷静に考えると凄い話であるが。
そうやって待っていると『まもなく1番線に電車がやってきます。ホームドアから手や顔を出したりしないように――』といったアナウンスが入り、メロディが鳴り響く。
子供達が驚かないよう事前に風魔法を使って防音を施しているので泣いてしまったりという事はないな。うむ。
「ん。何か来る」
シーラが耳を反応させて視線を向けると、みんなの視線もそちらに集まる。
線路を通して電車の近付いてくる音と振動がプラットフォームに伝わってきて、何が起こるのかとみんなは固唾を飲んで見守る。
停車するので控えめな速度で入ってきた車両が、速度を落としながらブレーキ音を響かせて、緩やかな風を吹き付けながら俺達の目の前で停車する。
「乗り物とは聞いていたけれど……これは凄いわね」
「かなりの人数や物資を一気に運ぶ事ができるようね……」
ローズマリーやクラウディアが驚きの表情を浮かべて言う。みんな驚いている様子だ。空気を放出するような音と共に、ホームドアと電車のドアが開く。
乗客役のゴーレム達が電車から降りる。
「それじゃあ、乗って行こうか。慌てる程じゃないけれど時間を決めて運行しているから、乗らないと安全確認して、頃合いを見て出発しちゃうからね」
まあ、その辺もなるべく再現しようとしているからではある。実際のところ仮想空間の乗客は俺達だけなので割と融通が利くが、その辺をあんまりやり過ぎると体験してもらうというコンセプトから外れてしまうしな。
「では――」
というわけでみんなと共に電車に乗り込む。先頭側の車両だ。子供達のフロートポッドをみんなで車内に乗せて座席に腰を落ち着けたところで、アナウンスが流れ、ホームドアと電車の扉が閉じた。子供達の様子を見たり、みんなの顔を見ながら移動できるように、俺自身は立って吊り革に掴まる。使い方を説明するためのものでもあるな。
「そういう使い方をする為のものなのね」
「沢山の人が利用するから座席が足りない時に必要になるんだ。構造上、どうしても揺れるし」
イルムヒルトの言葉に答えていると電車が動き出す。最初はゆっくりと。段々と速度を上げて進んでいく。どの方面に向かうといった定番のアナウンスも流れて、再現度は中々のものだ。地下鉄なのであまり景観は良くないが、車窓を流れる景色から速度ぐらいは分かるな。
「こんな大きな乗り物なのに、結構な速度が出るのですね。馬よりも速いようです」
グレイスが言うとみんなも感心したようにうんうんと頷く。
腰を落ち着けて少し車窓から外を見ていたが、落ち着いたという事もあり、掲示されている路線図や現在位置、広告等々にも目を向けてみんなも興味津々の様子で周囲を見回していた。
さてさて。目的地である街の中心部までは少し時間がある。仮想空間は鉄道にしても乗客は俺達だけだ。融通が利くというのもあって、運転席も望めば見せてもらえるようになっている。車内を色々と見学できると伝えると「是非見てみたいです」と、エレナが明るい表情を見せるのであった。




