番外1465 地下街を行く
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
ミスがあったので番外1463、番外1464話のリサとのやり取りの一部を加筆修正しました。
話の大きな流れには変化はありません。お手数おかけします。
「ああ。これは……。綺麗な地下街ですね」
「想像していた以上に雰囲気の良い場所だわ」
「地下と言ったら確かに迷宮みたいな場所を想像するところはあるからね」
エレナとステファニアの言葉に答える。照明が天井に並んで明るいので見通しは良い。天井にくっついた案内板。壁や柱を利用した宣伝用のディスプレイ。
記憶を再現した形だが、照明そのものも割と凝っているな。LEDの照明なのだが色や配置、敷設方法にも工夫が見られる。光ファイバーを使ったイルミネーションで飾られている区画もあるな。
壁や床のタイルのデザインも俺から見ると有り触れたものだがみんなにとってはそうではない。日常風景なのであまり主張しない落ち着いたものではあるが、全体的に明るくて雰囲気が良いというのは確かにそうだと言える。
魔法建築をする立場になって細かく見ていくと、そうしたデザインにも感心させられるな。
人通り等までは再現していないが、普段はこんな感じだと、俺が幻術で人通りを再現する。
「賑やかな場所だったのですね」
と、グレイスも微笑む。うむ。
「ん。魚が浮かんでる。幻術?」
「ホログラフィックディスプレイだね。光を利用して浮かび上がるように見せているから、光魔法系の幻術と似たような部分はあるけど、装置から一定の範囲にしか映し出せないっていうのは幻術と少し違うかな」
首を傾げるシーラに答える。耳と尻尾は割とテンションが上がっているようではある。
拡張現実やホログラフの技術も発展しているが、ホログラフならスマホやタブレット等がなくてもみんなで見られる。
パネルの前だけではあるが……クマノミとイソギンチャク、珊瑚といった温かい海の和やかな光景が映し出されている。
マルレーンも興味があるのか、クマノミの口元に指を伸ばしていた。クマノミもそれに反応してマルレーンの指先をつっつくような動きを見せる。
これも記憶を元に再現しているが……簡易のAIが制御しているのでホログラフと双方向でのコミュニケーションが可能という触れ込みだったな。
「こっちの動きに反応するのね」
「ふふ。可愛らしい魚だわ」
ローズマリーが感心したような表情を浮かべ、イルムヒルトも表情を緩める。学習して状況を判断する簡易の装置があるのだと伝えると自意識のない魔法生物のようなもの、と理解して貰えたらしい。
みんなもクマノミに手を差し出したりして少しその場で戯れたりしていた。小さな子供達にクマノミは割とサービス精神旺盛だ。
アシュレイが腕に抱いたルフィナにクマノミを見せるようにすると、クマノミも頬擦りするように身体を触れさせに行って。同じようにオリヴィア、アイオルト、エーデルワイスにロメリアのところにもクマノミが触れ合いに行っていて。子供達は少し不思議そうな様子であったり、手を伸ばしたりと微笑ましい反応を見せている。
そして少し歩くと、地下街の各種テナントが入った区画に出る。
「こんなに沢山のお店が……。外の様子もそうだけれど、平和で豊かな国だったのね」
想像を巡らせたのか、クラウディアが優しげに表情を綻ばせる。
「うん。問題がないわけじゃなかったけど……それでも良い国だったと思う」
社会的な問題もあったし閉塞感もあったけれど。それでも魔物はいないしな。前世の俺は運が悪かったが……本来なら誰かや何かに襲われるだとか、そういうシビアな部分での心配をする必要があまりない、平和な暮らしのできる国ではある。
とは言え理想郷はない、というのは地球でもルーンガルドでも同じか。懐かしんで殊更良かったというつもりはないし、今が理想と言うつもりもない。
ただ……みんなには前世の母国の魅力を伝えたいと思っている。今の俺に繋がるものでもあるのだし。
それから領主としても。フォレスタニアをより良くしていくための努力や工夫であるとか、武官文官達との関係性強化であるとか……そういった事を疎かにしないようにしたいな。
ともあれ、クラウディアの反応から言っても、みんなの抱いた印象としては悪いものではなさそうだ。このまま案内を進めていくとしよう。
ディスプレイや内装を楽しみつつ進んできて、こうやってテナントの並ぶ区画までやってきたので折角だからという事で、仮想空間内限定ではあるが、ショッピングを楽しむ事になった。
店員は――ゴーレムが代役を務める形だな。店員風の衣服を身に着けているし、日本風の接客をしてくるゴーレムではあるが。
店に並んでいる品々はみんなにとって物珍しいものばかりだから色々と目移りするようだ。
「一応ね。店で売っている品々で対応しているものは待合室に持ち帰って飾ったり、準備室に保管したりできるよ。宅配もしてもらえるから、今買っても荷物にはならないね」
クローゼットに置いて好みの衣服に着替えて出かけたりであるとか、待合室に飾ったりといった事もできるな。
衣服、装飾品、調度品といった品々は買い物をして持ち帰り可能だ。といっても、料金の支払いは雰囲気だけの再現なのでどの品も実質100%オフであったりするが。
「実物がないとはいえ、中々に楽しそうで結構な事ね」
そんな話を聞いてローズマリーが笑う。
「訓練を行って点数を通貨代わりにするなんて案も考えたんだけれどね」
ゲーム内通貨を稼いでアバターを着飾るというようなものだが、今回は初回だし仮想空間を満喫してもらうという事で、そういうシステムは組みこんでいないな。
「それはそれで訓練に積極的になりそうな感じがしますね」
「装備品との兼ね合いもあるから、活用できるのは散策の時限定にはなるかも知れないけれどね」
そうしたシステムがどれぐらい望まれるかというのもある。みんなが楽しいというのなら、一般向けにもそうしたシステムを導入するのも悪くはないな。
というわけでみんなと一緒にショッピングをする。衣服もみんなにとっては物珍しいものだ。前にデイジーの店で地球側の衣服を色々と作ってもらった事はあるが……あれらは職業に絡んだものだったりというのが多かったので、一般的な衣服というのはみんなも初めてだな。些細な記憶からも拾って再現しているのでバリエーションもかなりのものである。
各々が気に入った衣服を見つけるとゴーレムが合いそうな服をコーディネートして持っているタブレットに映して提案してくれたりするな。これも実際合ったサービスではあるが。
試着室でみんなも着替えたりして。カジュアル系のファッションであるとか、フォーマルな衣服であるとか、各々好みのファッションに身を包んでみたりして。
珍しい物を見せてもらって俺としても眼福である。洋装だけでなく着物や浴衣を扱う店もある。それはそれで東国風の衣服で、ファッション性が前に出ている品々で生地が華やかだからか、みんなも注目しているようだ。
衣服はシーラの耳や尻尾、イルムヒルトの尻尾や母さんの背中の翼といった形状にも対応できるようなデータになっているので色々対応は万全だな。
それにアクセサリーといった小物も身に付けたりして。気に入ったものは購入という事で仮想に加えて形式上ではあるが、カードやスマホアプリで清算できる。仮想空間制御用のアイコンからも清算できるが、今回は実例を見てもらうという事で、待合室にあったスマホを一応持ってきているな。
現金を持ち歩かなくても通信機器などを利用して後で清算できるのだと伝えると「便利なものねえ」と母さんは頬に手をやって微笑み、感心している様子であった。




