番外1464 仮想の街にて
仮想日本の散策はみんなもかなり楽しみにしてくれていたようで、待合室の時点で既に興味津々といった様子だ。
「みんなは体調に問題はない?」
「ん。何だか軽く感じるぐらい」
「私も大丈夫だわ。現実だとのんびり横になっているだけみたいだし」
シーラが頷き、イルムヒルトも笑みを見せた。ホルンの影響を受けた夢の中だしな。バイタルデータを取っているが、身重であるとか産後の休養中の場合、特に不調がなければ夢の中では行動しやすくなるように調整が入っている。小さな子供にとっては単なる夢の中での出来事であるのと同じで、当人の状態によっては無敵モードになったりするわけだな。
子供達もみんなの腕に抱かれて機嫌が良さそうに周囲を見回したりしていた。みんなとしても子供達を気兼ねなく抱いていられるのは嬉しそうだ。ベビーカー風のフロートポッドも用意しているから移動の際も安心ではあるかな。
アシュレイやクラウディア、マルレーンにエレナも、今なら安心というのもあるから子供達を抱かせて欲しいと、腕に抱きながら語りかけたりして、にこにこと部屋の中を見て回っている。俺も順番に腕に抱いて移動したいところだ。
母さんはと言えば……理由は見せてもらった後に聞くという事で、そういう知らない世界だと納得してくれているようだ。みんなと一緒に、色々と興味深そうに見ているな。
「この家具は何かしら……黒板、ではないわね。水晶板に近いもの?」
エーデルワイスを腕に抱いたローズマリーがテレビを見て首を傾げる。
「それは、テレビ……放送の受像機かな。推測の通り、通信機や水晶板に近いものではあるね」
そう答えてスイッチを入れると、テレビのモニターに映像が映し出されて、みんなの注目が集まった。
家具の中にはテレビや冷蔵庫、スマホといった見た目のものもあるな。一応見た目だけでなく、さわりだけなら再現して体感する事もできるようになっている。
モニターに映し出されたのは……天気予報だな。ニュースキャスターが日本地図と共に全国の天気を放送している。
「魔法が無い文明だったから魔道具ではないんだ。電気や油を燃やしたりして、自然にある力を応用して動力にする機関や道具が多くて……このテレビもそうしたものだね。今映し出されているのはこの国……日本の全国の地図で、風の動きや気圧、雲の位置から今後数日の天気を予想して伝えるっていう内容かな」
「すごいものね……」
みんなもそう言って感心したような表情を浮かべている。
「てれび……で話している方がテオドール様の前世の国の方ですね。本当に東国の方々に似ていらっしゃいます」
「そうだね。実際ヒタカあたりは昔の日本と似てると思う」
ルーンガルドに実際にいる幻獣やら魔物やらが、地球側では空想の産物として扱われているあたり、冥府の歪みを通して繋がった俺自身の魂に限らず、やはり隣り合うような近しい世界で影響し合っている部分があるのだろうとは思っているが。
そんな調子でまずは一般家庭にある家具類の説明から入る事になった。
「洗濯機に食洗機……便利ですね」
「うん。一般家庭とは言ったけれど、ここにあるものは紹介の為に思いつくもの一通り揃えた部分があるからね。ただ、そうだな……。洗濯機と冷蔵庫、空調にテレビ、通信用の機械あたりは結構な割合で普及していると思う」
説明を受けたグレイスは感心したように頷いていた。もっとも、生活魔法や魔道具があれば思いつく限り同じことはできるから、魔法を応用して使える者や、魔道具を用意できる環境であれば生活上での利便性というのは案外そこまで大きく変わらないかも知れない。
「じっくり見ていきたいとはみんなで話していたけれど……こうなると部屋の外がどうなっているのか楽しみね」
日本の文化や生活様式の話をしたりして、一通り説明するとステファニアが微笑んで、みんなも同意するように扉を見やる。
「そうだね。期待してくれてるみたいだし、街の様子を見に行こうか」
「はい。楽しみです……!」
エレナがにっこりと笑い、マルレーンがこくこくと頷く。
というわけで、みんなで待合室から外に出る。廊下のすぐ近くにエレベーターがあって。それを使って降りると大通りほど近くのマンションに出る、といった作りになっているな。
エレベーターについては浮石のような役割を果たす垂直の昇降機、と説明するとみんなも納得していた。
そうしてみんなでエレベーターに乗り……廊下を抜けて玄関から外に出る。
「わあ……」
「ああ……。これは――凄いわね」
マンションの前の通りを見てアシュレイやクラウディアが声を上げる。日本の割と有り触れた街並みといった様子であるが、少し離れたところの高層ビルやらも見えているし、アスファルトで舗装された道路やら何やら……初めて見るものばかりという光景なので、みんなにとっては驚きだろう。
「ん。建物が高い」
「ふふ、すごいわね、ロメリア」
シーラやイルムヒルトも街並みの上の方を見上げて声を上げていた。
「あれは何ですか?」
グレイスが道路を走っていく車を見て首を傾げた。
「あれは自動車と言って……乗り物だね。電気を溜め込んだり、油を燃焼させてそれを動力に変えて動いている。実物は結構な重量と速度が出るけど、散策の場合は移動の際の安全を考えて、一部以外は幻影みたいな背景でしかないよ」
一部乗る事のできる自動車もある。例えば舞台内部を循環しているバス。それから、マンション地下に駐車してあるキャンピングカーもそうだ。みんなで乗って移動できる。
タクシーや普通の自動車を採用していないのは俺達が家族で移動となると人数が多いからだな。普通の自家用車は勿論、ワゴン車でもスペースが若干足りないのでそうした車種を足として使えるようにしている。
「街中の移動は徒歩でもできるけれど、バス――公共の乗合馬車みたいなものとか、それに地下を走る電車……地下鉄もあるね」
「地下を走る……。気になるわね」
「ん。あれ?」
母さんが言って顎に手をやり、シーラが地下街に通じる入口を指差す。
「あれだね。地下街と地下駅がくっついていて、買い物や食事もできる……と言っても、仮想ではあるから気分だけだけれどね」
地下街と駅が一体化しているタイプでショッピングも可能だ。待合室のあるマンションの前にバスターミナル、地下街入口が配置されているのは利便性を考えてのものだな。実際こんな立地だったら家賃も凄い事になりそうだが。
「車も地下鉄も舞台内部の色んなところを巡れるようにはなっているね。どっちかに乗っていこうか。乗合のバスじゃなく、用意してある車を使って、俺の運転で移動しても良いよ」
そう伝えると、グレイス達はどうするのがいいかと顔を見合わせて相談しあう。
「中心部にすぐ行くよりは、地下街を見て文化的な側面にも少しずつ触れて予備知識を付けてからが良いのではないかしら」
「それはあるわね。テオドールも案内してくれるようだし、話を聞いてから街を見る事で、色々理解も深まると思うわ」
ローズマリーとクラウディアが言って、みんなも納得というように頷いている。
「それなら行きは地下鉄で……代わりに帰りはバスを使ってみる、というのも良さそうですね」
と、グレイスも笑顔で言う。マンション地下駐車場のキャンピングカーについては、俺が運転すると話ができなくなってしまうからという事で、今回は見送りだ。
というわけで、往路は地下鉄。復路はバスという事で話が纏まった。
シーラの子が誕生したらまた遊びに来るのも良いな。その時には何か追加要素を足しても良い。例えば……博物館に遊園地、動物園に水族館だとか。
では……まずは地下街の案内から始めるとしよう。みんなも楽しみにしてくれているようだから、俺としてもなるべく魅力を伝えられるように案内役を頑張っていきたいところである。
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