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番外1463 前世の風景を

 テスディロスが直上から降下してきて、逃げにかかったゴブリンの一団が茂みに逃げ込む前に一撃を食らわせる。文字通り落雷のようなテスディロスの追撃にゴブリンの一団が周囲に吹き飛ばされながら光の粒となって消えて行った。

 魔物達の大半が壊滅した事により、ゴブリン達も逃げにかかったわけだ。これもゴブリンの習性を再現したものではあるが、本物のゴブリンはもう少し早い段階で逃げに転じるな。


 それでは訓練にならない所もあるので仮想空間でのゴブリンはデフォルトで上位種の統制を受けて逃げにくい状態、というのを再現している。

 このゴブリン達の上位種は既に戦いの中で敗れているが、それでも状態は変わらないというのが少し通常とは違う点だな。

 統制を受けていないゴブリンの基準で言うならかなり粘った方だと言って良い。


 この辺、ゴブリンを深追いすると罠のある場所まで誘い込まれたり、という事も実際にある。訓練でゴブリンが出現する場合、こういうところも再現はしてあるが……テスディロス相手では誘い込む以前の問題で逃げに転じる事もできなかったというのはあるな。

 こうしたゴブリンの性質や仮想空間ならではの調整は、訓練後にインフォメーションからの補足説明も出るので、訓練外での参考にして貰えたら、というところだ。


 そうしてテスディロスの一撃が決め手になって、拠点防衛訓練成功のインフォメーションが表示される。

 解散のタイミングは設定次第だな。訓練が終了したら自動的に待合室に戻るでも良いし、振り返りの感想戦や改善点を探ったりもできるように、そのまま散策にも移行できるな。

 そういう使い方もインフォメーションで伝えているので、テスディロス達は少し古城内や周囲を確認して作戦に問題はなかったかなど、改めて検証しているようだった。


「活用できるだけ活用しようとしてくれているのは作った側としては嬉しいところだね。毎回だと大変だと思うから、根を詰め過ぎない程度にして貰えれば大丈夫だとは思うけれど」

『まあ、初回ではあるしな』

『そうですな。一先ずテオドール公の想定なさっている方法を試してみるというのが良いかと』


 テスディロスやオズグリーヴがそう言って、一同頷いていた。うむ。


『製作者としては冥利に尽きるよね』


 中継映像を見ていたアルバート達工房の面々もそんなやり取りに笑顔を見せていたりする。


「ん。色々できるみたいだし、訓練も散策もかなり楽しそう」


 シーラが言うとみんなもうんうんと頷く。


『私達も次回訪問した時に活用させて頂けたら嬉しく思います』


 エリオットがそう言うと、隣にいるカミラも一礼していた。

 アルバートやエリオット達の活用も歓迎するという事を伝えていると、テスディロス達も仮想空間から戻ってきた。


「体調や気分はどうかな? 不調があったらすぐに言って欲しい」

「問題はないな。寧ろ気分が良いぐらいだ」

「装備品については登録して再現したものとは言え、外での訓練で使っている時と違いが分からなかった」


 テスディロスとゼルベルが教えてくれる。オズグリーヴ達もそれらと見解は同じということらしく、首肯していたりする。再現度が高いというのは喜ばしい事だ。


 念のために循環錬気で体調も見せてもらうが……どうやら大丈夫そうだ。訓練中のモニターでも問題は出ていなかったしな。


「感覚を養ったり色々実験的な戦い方もできるけれど、肉体が一緒に鍛錬されるわけじゃないっていう事は念頭に置いておいて欲しいかな。それと……夢の世界とは言っても思考は通常の活動をしているせいで普通に眠くなるはずだから、その辺は心配しなくても大丈夫だね」

「通常の訓練も大事、ということですな」

「生活の調子が崩れないのも良い事ですね」


 ウィンベルグやオルディアも笑顔で応じていた。


「それじゃあ俺達も一緒に仮想空間に入ってみようか。非公開部屋や散策も試す必要があるし」

「親子水入らずで散策という事ね」


 クラウディアが微笑む。そういうわけだな。オリヴィア達も一緒に仮想空間に入る事になるが……原理的に小さな子は同じ夢を共有して見るだけでホルンの力の影響を受けているのと同じなのでVRよりも更に安全性が高いのが特徴だ。

 今回は――母さんも一緒だな。「自分がいて邪魔ではないかしら」と少し母さんは夫婦水入らずなところに一緒するのに遠慮していたが、子供達も一緒だからという事で。夫婦というより親子、家族の団欒なのだから問題ないとみんなで頷いていた。


 というより、今回は仮想空間に日本を舞台として作った事もあって……母さんには伝えておきたい事があったのだ。

 だから……母さんには前世の事を伝えてある。ガートナー伯爵領を出る少し前、溺れかけた事。その際に俺の知らない世界の誰か――前世の記憶が蘇ってきた事を。


「前世……」


 と、母さんは流石に驚いていたようではあるけれど。俺もグレイス達も真剣な表情であるのを見て、本当の事だと思ったのか、真剣な表情で頷く。


「何故そうなったのかまで、冥府の深層まで行った今なら仮説も立てられるし、ある程度の説明もできるようになった、と思う。今は……信じられないかも知れないけれど、夢で見た世界を再現して、出来上がったから見に来て欲しいっていう理解でも良いんだ」


 あの日の出来事を契機に旅立つ事も決意した。俺の心情が変わった事はきっと母さんには分かっていると思う。俺が魔法を使えるようになった事。旅立つ決意をした事。それらも墓参りで想いだけは伝えていたから、母さんからして見れば俺に突然変化が起きたという見方でもおかしくは、ない。


「だから、あっちはどんなだったか見せる事で、母さんが知らない部分を少しでも埋められたらと……そう思ってる。その……変に思われるかも知れなくて、中々人に伝えにくい話ではあるんだけど、ね」


 そう伝えると、母さんは穏やかに笑って、静かに目を閉じた。


「ええ……。分かったわ。言われてみれば、少しだけ私に謝るような気持ちがね。旅立った頃のテオから伝わってきて、心配したこともあった。元気で、強くなったからもう大丈夫かなって思っていたけれど。今のテオからは少しだけその頃の気持ちと同じ部分を感じたわ」


 そう。そうなのかも知れない。嘘を吐きたくないとか、記憶が戻る前と後とで、母さんの知る俺と違ってしまっているのではないかとか。静かに目を閉じるが、続く母さんの声はとても穏やかなもので。


「けどね……きっとテオがしているような心配は、いらないと思うの。テオから色んな想いも、受け取っているから。テオは、私の知っているテオだわ。だから……見せてもらった後で、色々と教えて頂戴ね」


 母さんはそんな風に、言ってくれた。目を開けると、グレイス達も穏やかな表情で俺に頷いてくれて。

 だからまあ、仮想の日本には遊びに行くという事もあるが、俺自身の話をしに行く、という側面もあったりする。

 そうやって、受け入れて貰えているというのは有難い事で。だから心情的にも落ち着いているけれど。

 そうして……今に至る。


 念のために仮想空間に入る前にみんなと循環錬気を行い、体調も確認しておく。


「テオドール公が仮想空間に入っている間、ティアーズ達と共に施設の警護をしておきます」


 エスナトゥーラが申し出てくれる。オルディアやルクレインを預かっていたフィオレット、ルドヴィアといった面々も静かに頷いていた。ティアーズ達も任せて欲しいと言うように一礼の仕草を見せたりしている。


「ん。助かるよ。色々警備の策はしてあるから、何もなければお茶を飲んだりしてゆっくりしながら警護して欲しい」

「わかりました」


 オルディア達が笑って応じる。


「ふふ、楽しみですね」


 というわけで早速みんなと共に寝台に横になる。母子一緒に寝台を使えるように、寝返り対策など工夫されている。身体が冷えないよう毛布をかけたりして準備完了だ。俺達が仮想空間に入っている間はエスナトゥーラ達だけではなく、テスディロス達も休憩所に詰めて防衛戦力として待機してくれる、との事で。

 魔道具を起動させる感覚で良い。こちらも訓練設備を受け入れているから、すぐに夢の世界に引き込まれるというわけだ。みんなが眠りに落ちていくのを見届け、モニターしている数値も異常がないのを確認してから俺も寝台に横になる。


 目を閉じて……意識が一瞬薄れたと思うと、次に目を開いた時には既に仮想空間内部だった。準備室で設定をして、みんなのチュートリアルが終わる頃合いを待って連絡を入れてみる。


『こっちは準備できました。オリヴィアも一緒ですね』

『大丈夫よ。ルフィナとアイオルトも一緒よ』

『わたくしとエーデルワイスも、同じく問題ないわ』

『ふふ。私とロメリアもいるわ』


 と、みんなから返答がある。子供達も一緒だな。バイタルデータも安定していて問題無し、と。


「それじゃあ非公開で舞台を設定するから、出来上がったら番号を入力して入って来てね。使い方が分からなかったらその時は教えてくれれば説明するよ」

『分かりました』


 アシュレイが答え、マルレーンがこくこくと頷く。

 というわけで……非公開ルームを作り、管理者権限で実験用舞台――日本を設定する。目的は散策なので訓練任務等は無しだ。文字と数字を組み合わせた4桁のパスワードを設定し待合室に移動したところで、みんなにもそれを伝えた。


「操作方法は大丈夫かな?」

『ああ。こちらでも非公開の部屋の表示が出ています』

『ここにさっきの番号を入れればいいと言うわけね』


 エレナと母さんが操作盤の画面を確認して言う。みんなも分かりやすい、との事で。どうやら操作面も問題は無さそうだ。

 実験用舞台の待合室で待機していると、子供達を連れてみんなが待合室に入ってくる。


「お待たせしました」


 オリヴィア達は備え付けのフロートポッドに乗っているな。子供達も安心して一緒に行動できるようにと設定したものである。


「何かしら……不思議な建築様式の部屋ね」

「前世だと割と一般的な家だったりするね」


 待合室も割とステージに合わせたデザインにしてあるな。実験用舞台は日本がモデルなので割と平凡なマンションの一室というイメージで作ってある。みんなも興味深そうに部屋の家具や蛍光灯やらに見入っている。


 というわけで……仮想空間ではあるがみんなと一緒に日本風の街並みの散策といこうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] テレビに電話に電子レンジに冷蔵庫に洗濯機と数え上げればキリのない諸々に興味を引かれることが容易に想像できるスタート地点ですねw 下手をすればカラー写真の掲載された新聞や雑誌にさえ驚くというこ…
[一言] そしてそこには前世のテオドールの死体が……w
[気になる点] 俺達が仮想空間に入っている間はエスナトゥーラ達だけではなく、 …続きが気になります。 [一言] 前世の風景は、マンションの一室から。わかるけど納得はしたくないような…。そういえば、どの…
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