番外1461 氷絶妃と赤き修羅
空で蜂や鳥の魔物と共に紫雷と魔力の輝きが閃く中で、地上でもまた二人の人物から膨大な魔力と闘気の輝きが噴出する。エスナトゥーラとゼルベルだ。
エスナトゥーラの持つ鞭が白い魔力と共に身体の周囲に円を描くように動く。
『来ましたね。準備は良いですか?』
『ああ、いつでも』
問われたゼルベルは赤い闘気を手甲と脚甲に纏い答える。
二人が立つのは北と東の城門前だ。朽ちかけた城の跳ね橋に陣取り、森や道を抜けるように殺到してくる魔物の群れと対峙する。
殺到してくるのは――ゴブリン、オークや獣系、昆虫系を中心とした魔物達で森に出現する連中ではある。だが難易度はそこそこ高めにしてあるからか、数も多いし、上位種、変異種もちらほらと混じっているという状態だ。
ゴブリンならホブやシャーマン。狼を飼い慣らして乗りこなすゴブリンライダー達もいるな。オークならジェネラル。蟻の魔物にしてもワーカーではなくソルジャーと分類される階級の混成だ。
そうした魔物が殺到してくる光景に、ゼルベルは楽しそうににやりと笑った。エスナトゥーラもそれら魔物の群れを静かに見やり、気負ったところは見えない。
二人の背後にある跳ね橋は殆ど本来の機能を失っているものだったが、魔物が近付くのに合わせて自然に引き上げられるように持ち上げられ、北門、東門が封鎖される。
オズグリーヴが展開している煙が無理矢理引き上げるように動かした形だ。エスナトゥーラもゼルベルも、いざとなれば飛行して城内に戻れるし、空の魔物はテスディロスとウィンベルグ、ルドヴィアが対応しているという状態であるからできる事ではある。
『封鎖はしましたが、あまり跳ね橋から離れないように。動けなくなるような手傷を負った場合は煙で掴んで回収しますからな』
『留意しておきます』
『来るぞ……!』
魔物の群れが雄叫びを上げながら迫る。最初に接敵したのは森の中から真っ直ぐに駆け抜けてきた猪の魔物だ。
勢いを乗せた突進。跳ね上がるように突き出される猪の牙に、しかしゼルベルは寧ろ爆発的な踏み込みを見せる。命中のタイミングをずらし、勢いが牙に乗り切る前に見切って掴むと、前方に向かって身体ごと風車のように跳んだ。
突進と突き上げの勢いを利用し、猪の身体ごと回転、後続のゴブリンライダー達の頭上から叩きつける。猪の巨体に押し潰されて狼ごと光となって弾けるゴブリンライダー達。叩きつけた眼下の猪に脚甲の踵落としを見舞えば猪もまた光となって散った。
四方に避けていたゴブリンライダー達の生き残りが上下左右からタイムラグを伴って仕掛ける。それを――影さえ留めないような拳足が迎え撃てば、四方へと吹き飛んで光となって弾けていく。今のは纏う赤い闘気を周囲に大きく広げて攻撃の出所自体を分からないようにしているな。闘気を扱うグレイスも静かに頷いている。
力と技術。それを高い次元で実行する反応速度と胆力。そうしたものがゼルベルの持つ強さだろう。
そうやってゼルベルが自ら魔物の群れに飛び込んで大暴れしている一方で、エスナトゥーラもまた魔物の群れと対峙していた。
エスナトゥーラの戦い方はゼルベルとはある意味対称的だ。群れを成す魔物が踏み込んだ瞬間に。霧のような魔力が二度、三度と爆ぜた。間合いに踏み込んだ瞬間に鞭が叩き込まれた形だ。生き物のように蠢く鞭は通常の動きとは違う。一度攻撃を見舞っても勢いが落ちるとは限らず、瞬間的に跳ね上がりどこからでも殺傷力のある攻撃に変化する。
一撃を受けて、それだけでは終わらない。エスナトゥーラの減衰させる力を一度叩き込まれてしまえば、闘気なり魔力なりで奪われる分を補って対抗する必要がある。対抗するだけの力が足りない。或いは何もしなければ打たれたその部分が凍り付いてしまう。
手足を凍り付かされたゴブリンやオーク達がエスナトゥーラの鞭の間合いに入らないように二の足を踏むが、それらを意にもかけずに背後から突っ込んでくる影がある。巨大な蟻や百足、樹木の魔物といった者達だ。
自分のダメージすら必要経費として考える。恐れを知らない。或いは他者のダメージを我が事とは考えない痛覚を持たない魔物。
同時に躊躇していたゴブリンやオーク達も動く。木の魔物の巨体を盾にするように動いているあたり、ゴブリンやオーク達らしい。実際ああいう小細工をしてくる性質を持っているから、仮想空間での再現度がかなり高いという事だ。
虫や木の魔物はともかく、ゴブリン、オーク達は加勢が加わったところで力と勢いで押し切ろうという事なのだろう。
『甘い』
が――。エスナトゥーラが鞭を頭上に振り上げれば、極低温の竜巻がそこかしこで巻き上がった。
今回は迎撃の為に準備の時間を十分に与えられている。エスナトゥーラは魔力を広く拡散させて一帯に仕掛けていた。殺到する魔物達が渦に呑まれて動きを止められたところを、鞭が打ち砕いていく。
光になって四散する魔物達と共に、消費した仕掛けを補うようにエスナトゥーラの魔力が周囲に拡散して、領域を盤石なものにしていく。
『良いですね。打撃は前と変わらず。遠隔の術が今まで以上に扱いやすく、強力になっているようにすら感じますが……仮想で外の訓練と使用感が変わらないというのはすごいものですね』
鞭の使用感に手応えを感じたのか、エスナトゥーラが静かに頷く。
そうして、水晶板に映る母親の姿を見て声を上げて手を振るルクレインに、エスナトゥーラは微笑みを返すのであった。
ゼルベルもまた縦横無尽に暴れ回っているという印象だ。打ち、砕き、投げては蹴り飛ばし、小柄な魔物も大柄な魔物も等しく宙に舞い、次々と光となって散っていく。速度も破壊力も凄まじい物がある。
頬を掠める攻撃に好戦的な笑みを見せて攻撃を見舞う。粉砕したら結果を見届けるでもなく右に左に跳んで、手当たり次第に叩いて潰し、離脱しては突っ込む。攪乱というよりは一見すると無軌道に暴れ回っているようにすら見えるが、だからと言って我を忘れているというわけではない。後背を衝くように城へと向かおうとする魔物の動きを見逃さず、赤い闘気が一気に噴出したかと思うと打ち下ろしの裏拳が、津波のような衝撃波となって魔物の一団を叩き潰す。
ゼルベルはリュドミラと共に、魔物を相手にして暮らしていたからだろう。多対一の中でも、何かを守りながらの戦いに慣れている、というのが窺える。
狙いを絞らせず、被害を出しては一撃離脱して引っ掻き回す。表情や雰囲気からも戦いを楽しんでいるようで、好き勝手に暴れ回っているように見える割に敵の動き全体を把握し、されたくない動きだけは要所要所で妨害したり叩き潰している、という印象だ。
娘であるリュドミラも決して守られるばかりではなく、しっかりとした体術を身に着けている。このへんはゼルベルが教えたという事らしいが、護身術と呼ぶには収まらないぐらいの実力と技を身に着けているな。ゼルベル親子の境遇には共感するところがあるのでその辺も含めて応援しているが。
『ふむ。この分なら私の支援の出番も後になりそうですな。戦況を見つつ西と南の門の強度を高めておけば、今の所は防備も万全でしょう』
エスナトゥーラとゼルベルの動きを見て、オズグリーヴが笑みを見せる。煙を薄く広げて探知の網を広げているからな。西側、南側の警戒までしている。
そう言っている横で、ルドヴィアが指先から光弾を放って、城の上空に入ろうとする魔物を正確無比に撃ち落としていく。一度あらぬ方向に放たれた弾丸が弧を描いて戻って来て背後から撃ち抜いたり、回避した先に吸い込まれるように弾丸の方が飛び込んで行ったり。誘導弾ではないな。曲射と偏差射撃の合わせ技、か。
その腕には魔道具がつけられていて。これもウィンベルグと同じく、解呪した面々用の増幅装置だな。少人数ではあるが、古城の防備は相当厚そうだ。




