番外1457 サボテンとノイズ
遠くに揺らいでいるオアシスを目指して移動する。あのオアシスは砂砂漠のエリアでは良い目印になるからな。護衛訓練や輸送訓練でも目標として丁度良いので、便利に使わせてもらっている。
一先ず生命反応感知を使いながら移動中ではあるが――。
前方から生命反応の光が音もなく移動してくるのが見える。砂の中に何かの魔物。
仮想空間なので本来なら生命がいるはずもないが、ライフディテクションを使っていれば同じように反応を示すように設定してある。ライフディテクションの光を見ているのは結局術者当人だからな。当人の感覚にフィードバックしてやれば実戦と同じようにライフディテクションを活用できる。魔力感知系も感覚的なものなのでそれは同じだ。
片眼鏡や魔眼による魔力の流れの可視化は割と特殊な位置付けであるが……可能であると登録しておけば当人の視覚情報に感覚を送って再現する事はできるな。
砂の中の生命反応はゆっくりと距離を詰めてきた。こちらも無警戒を装って歩を進める。間合いギリギリの、その瞬間に。正面から何か――大きな鋏のようなものが飛び出す。背後からも僅かなタイムラグを置いて同じようなものが飛び出して迫ってきた。正面に引きつけて背後からの攻撃が本命だ。訓練の難易度を高めにすると、こういう際どい連携やらを仕掛ける事が増えてくる。
が、そこに俺はいない。砂の中からこちらに迫っている事を察知した時点で視界以外の探知系を持っていると判断。風魔法で足音と温度だけ砂の上に残して、俺の姿は既に空中にあった。
襲撃ポイントを誤った魔物の大顎が空を切る。ガチンと重い音が響いた。ヒュージアントリオン。巨大なアリジゴク型の魔物だ。
「今――!」
次の刹那、眼下――砂中から飛び出してきた二体のヒュージアントリオンに、頭上から巨大な雷撃を叩き込む。砂中の魔物は雷撃等殆ど受けた事がなく、耐性がないのだろう。その場で雷撃を受けて身をのけぞらせ――それから焦げたような煙を上げて脱力して動かなくなると、ゲーム的なエフェクトと共に弾けて散った。
『見事なもんだ』
ゼルベルが顎に手をやって感心したように言う。
「設計した本人だからどういうところから何が来るかは一応知っているからね。一応予備知識がない事を前提にした対応をしているけれど。倒した魔物が消えるのは……ホルンの世界ベースだから、こういう小気味の良さが必要になってくるわけだね」
隠蔽魔法で魔力探知系まで誤魔化さなかったのは、相手の対応を見る為だ。振動と体温だけで判断しているのか、魔力位置を追尾するのかを見て、相手が対応するのなら魔力探知系を持っている、という判断材料にするわけだな。
この辺の解答を設計者である俺は既に知っているが、それを前提にしては訓練にも安全性の試験にもならない。相手の手札を明らかにする為に穴を開けた対応をしている、というわけだな。
だからこういう対応は、俺に限らず訓練に慣れてきた面々にも意識してもらいたいところではある。
魔法を使った際の身体の方をバロールによってモニターしていたが、魔力の動き等々に問題は出なかった。これは悪魔――オルジウスの構築した本の中の世界で魔法を行使しても外に影響が出ないのと同じようなものだ。
夢魔グラズヘイムの領域や混沌の邪精霊……ショウエンの影響下でもその力が領域外に影響を及ぼす事はないし、ホルンの構築している夢の世界でもそれは同様である。行使した魔法が肉体側で影響を及ぼすという事はない。
これは……彼らの支配する領域だからだな。ましてや、訓練の為にそうした領域を当人が受け入れているなら尚更だ。いずれにせよ寝ぼけて魔法が暴発するといったような心配はいらない。その辺はしっかり落ち着いた状況で確認できて良かったと思う。
『魔物の挙動や攻撃も真に迫っていますな。これが仮想や夢とは』
ウィンベルグが感心したように言った。
「細かな情報が迷宮核に蓄積されているからね。倒した魔物がああやって光になって弾けるのはホルンの力を借りているからで、小気味の良さみたいなものが必要になるからだね」
悪夢だから自分がダメージを受けた時もゲーム的なエフェクトが出たりするな。VR技術も痛みの感覚は制限されていたが、この訓練設備もそれは同じだ。ホルンの魔石を使っているが故に、悪夢に繋がるような要素は薄くしておかなければならない。
だからあくまで訓練であるが……他の五感への感覚が真に迫っているだけに、戦いにおける痛みや苦しみというのを前提として理解した上で利用してもらいたい、というのはある。
そのあたりについては訓練目的の施設利用に年齢制限を設けたり、しっかりと注意事項として伝えたりしておく事で対応したい。
そうして魔物に対処しながら砂漠を進んでいき、オアシスまで到着する。
砂の感触、水の感触等も確かめてみるが、感触もリアルだ。全て演算しているわけではなく、触れた時々で感覚を伝えているといった処理ではあるが。
「この後は、ちょっと魔物にわざと攻撃されてみるかな。攻撃を受けた時の感覚だとか、戦闘不能になった時の処理だとか、そういうものも確認しないといけないからね。まあ、危険はないから心配しなくても大丈夫」
『分かりました』
というわけで少し周辺を索敵する。サボテンの魔物――ウォーキングカクタスを見かけたので敢えて攻撃を受けに行く。
針のついたコブでの殴打を掌で受けに行く。衝撃と共に軽く痺れるような感覚が生じる。痛み、ではないし、痺れといっても危機感や不快感があるようなものではないな。
ただ、何か攻撃を受けた、というのはしっかりと伝わる。感覚もそうだが、攻撃を受けた箇所は何というか、ノイズが生じたようなエフェクトが纏わりつくのだ。
世界がいくら精巧に見えても現実や生身ではないというのが一目瞭然ではあるかな。
同時に、ダメージの程度によって動かしにくくなったり反応が鈍くなったりといった処理が施されるな。ダメージがもっと重くなって、現実なら行動や生命活動に支障が出る程と見なされると、光に包まれ待合室に転送される。ダメージはその時点でリセットされるという仕様だ。
このノイズエフェクトとそれによって生じる行動阻害のデバフに関しては、治癒術で解除が可能だ。包帯を巻いたりといった応急処置も準備室にある品々を使って可能ではあるが、その場合はデバフの程度を軽減する、といったものになるな。
応急処置の訓練にもなる。ポーションも準備室にあってしっかりノイズエフェクトの解除になるが、本物とは違うので仮想ポーションとでも言おうか。
ウォーキングカクタスについてはダメージの蓄積具合を見たり、治療効果を試すのに攻撃力が程よい感じだな。自前の治癒術を用いてノイズエフェクトの解除や軽減具合を見たり、魔力の集中によってカクタスの攻撃を生身で弾いてエフェクトの発生を防ぐ事ができているか、自分の魔力制御を雑にして負荷を発生させ、自爆ダメージがあるかといった事柄を検証する。
結論としてはどれも意図した通りだな。防げる程度の攻撃なら闘気や魔力の集中で防げるし、魔力負荷でもしっかりダメージが起こる。
そうしてカクタスに少しの間自由に攻撃させて、蓄積ダメージが一定量を超えたところで待合室に転送された。ダメージを受け過ぎた時に転送されるというのも最初のチュートリアルで説明してくれているからな。パニックを起こさないようにという配慮ではあるが。
「いいみたいだね。これから少し管理者権限で色々と試してみるよ。一通り終わったら安全確認完了ってことでそっちに戻ると思う。そうしたらみんなも使えるはずだ」
『楽しみにしているわ』
ローズマリーが答えるとみんなも笑顔で頷く。うむ。では、このまま確認作業をしていくとしよう。




