番外1455 塔の内部は
渡り廊下は練兵場の上階あたりから訓練設備のある塔へと繋がっている。渡り廊下を通って塔へと向かうと、突き当りは紋様の描かれた壁となっていた。
この壁自体が扉だ。契約魔法で施設の正しい方法での利用のみを目的としている時のみ、塔の内部に立ち入る事ができる。
「ん。何か書かれてる」
「――この塔は夢想を手段として用いる事により感覚の修養、及び精神の安息を目的とした施設である。施設の適正な利用。及びその付き添いや支援に限り塔内部への立ち入りを許可する。同時に、施設の悪用や破壊行為、及び利用中の者へ危害を加えようとする行為を禁じる、と」
シーラが渡り廊下の壁に掲示されたプレートを目にすると、ステファニアがその文言を読み上げ、顎に手をやって頷く。
塔の目的、入れる条件、禁止事項を明記する事で契約魔法の効果を増強する事ができる。塔への入場はこれらの規約に賛同したものとする、と明記しておくわけだ。
禁止、とは言っているが罰則は具体的に書かれていない。契約魔法と呪法をより強力なものにするためはここまで明記しておけば十分だ。具体的な罰則まで触れる必要はない。
契約魔法や連動する呪法が仕掛けられている事を察知したらそもそも行動を起こさないだろうからな。
罰則を書かない事は敵対者の炙り出しにもなる。それに……罰則を明記しなくても規約を守っている面々の行動が契約魔法と呪法の強化に繋がるところもあるか。みんな罰則を理由とせず、良心に従って規約を守っているわけだからな。
実際には魔力の動き、四肢の動きが制限されて矢印の呪法と警報が発動するといった具合だ。身動きが取れなくなった上で矢印が付けられる。
因みに施設への破壊行為という文言なので内部ではなく外から塔への攻撃を行った場合でも同様だな。
だから湖に落ちても大丈夫なように念のため水中呼吸の術式も同時に発動するようにしている。攻撃してきたとは言え勝手に溺死されても情報が得られないし寝覚めが悪いというのもあるので。
レリーフに手を触れて「規約に賛同する」と口にするとレリーフに光が走って壁が左右に分かれるように開く。
「こういう構造はわくわくするわね」
母さんが微笑んで、ユイと頷き合っていたりするが。
利便性や安全性を考慮してあるので壁を開けた人間の後にくっついて通行するのも可能ではあるが……それが契約魔法や呪法の抜け道にはなるような事はない。適正な利用、悪用の禁止という部分に、結局引っかかってしまう。
そんなわけでみんなと共に塔へと入っていく。
入ってすぐは広々としたエントランスとなっている。左右に延びる通路と、上階、下階に続く階段。正面に大きな扉。塔の内部は魔法の明かりが灯っていてかなり明るいな。
結界と契約魔法、呪法での防御もあるが警備役の詰め所も配置されている。今の所はティアーズ達に警備してもらう予定ではあるが。
「綺麗で広々としていますね」
「建築様式はフォレスタニア城に合わせてあるけど、防犯上窓を作ってないからね。狭いと閉塞感があるから、こういう作りにしてあるんだ」
笑みを浮かべるグレイスの言葉に答える。なので、空気の浄化や防火等については組みこまれた魔道具で行っている。設備の保全は迷宮側の補助が可能だ。
左右へと延びる通路については同じフロアに休憩所、食堂、厨房、トイレといった設備を配置している。トイレは各階にあるが、休憩所、食堂と厨房に関してはこの階だけだ。
構造をみんなに説明しながら正面の扉を開くと……そこが施設の中心部だ。
部屋の中央を貫くような大きな柱と、その周囲に配置された寝台型のポッドといった構造になっている。上階や下階に同じような構造の部屋がありそこもダイブ用のポッドが配置されているな。
「おお……」
「これが……」
みんなも興味深そうに室内を見回す。
VR技術の発展に伴い、こういった設備がアミューズメントスポットやゲームセンターに大型筐体として登場した事もあるな。個人用のVRマシン開発までにそういう時期もあったというか。
今回構築した訓練設備はそういったものも参考にしている。コルリスやティール、魔界のアルディベラやギガス族といった体格の大きな面々でも対応できるようにポッドの形、大きさも様々というのはこっちならでは、だろうか。
ポッドには個別に水晶板が付けられていて、外部と相互中継の役割を果たす。これにより仮想空間外の状況を見る事ができるし、何かあれば仮想空間に身を置いたままで外部との話ができるという寸法だ。
「ここに横になって仮想空間に意識が繋がるという感じだね。同じ夢を見ている、という感覚に近いかな」
ダイブ中はエアクッションの術式が展開され、温度と湿度を快適に保つ。バイタルデータの分析も行い、体調の変化も通知がいく、といった具合だ。
複数人で仮想空間を共有して過ごす事ができるが……今回はVR技術ベースなので意識がどこかに引き込まれているというわけではなく安全性がかなり高い。
施設側から送られて来る同じ夢……感覚を共有し、起こした行動が仮想空間を介して全体にフィードバックされる、といったところだ。仮想空間に身を置いている間の魔法行使は、制限がかかるのでできない。
外で自分の身体に危険が及んだ場合はその制限も外れるが……結界や契約魔法、呪法に警備、防火設備等々、幾重にも安全策をとっているからな。そうした事態は滅多な事では起こらないとは思うが。
訓練のために肉体感覚をリアルにするのは良いが、感覚痛覚等をリアルにし過ぎてしまうと肉体や精神面で影響が出る。だから仮想空間内部でダメージを受けてもゲーム的なエフェクトが起こって、少し独特の感覚を覚えるだけだ。
「色々と安全策が講じられているのね。安心だわ」
そういった説明をすると、クラウディアも笑みを見せ、見学している面々も頷く。
「自分で安全性を確かめてからじゃないと人に使わせるわけにもいかないからね。まずは実際に自分で試してみるよ。内部で少しシステム的な作業をする事もあるから映像は送らないけれど、外部とのやりとりはカドケウスとバロールを通してできるからね」
「わかりました」
「待っているわ」
エレナやローズマリーがそう答えて、みんなが見送ってくれる。
そんなわけで寝台に横になり、魔道具を起動させる感覚で仮想空間に意識を同調させる。
目を開くと……寝台に横たわっている身体はそのまま。ただ……周囲には変化が生じていた。
部屋の中央に寝台と……その傍らに水晶板と操作盤が置かれた簡素な部屋で、壁には扉がある。視界の端に小さな四角いアイコンが浮かんでいる。
身体を起こすと水晶板に光が灯り、文字が映し出された。操作盤には「この仮想空間の使い方を説明します。まずは操作盤に触れてみてください」という文字が浮かぶ。それを目にした瞬間に、落ち着いた雰囲気の合成音声が読み上げてくれる。
こういうユーザーインターフェースに俺は慣れているところがあるが、みんなはそうではないからな。文字と音声、図解も交えてできるだけ分かりやすくしたつもりだ。
まずは水晶板を通して仮想空間でできることを説明、ログアウトして目を覚ます方法や各種の注意事項の説明から入るというわけだ。
それだけではなく、操作盤からどんな設定で各種ステージに足を運ぶのか、といった設定もできる。
日本が舞台になっているステージに関しては秘匿されているので設定するには施設管理者の権限が必要ではあるが。では……色々と弄って安全確認をしていくとしよう。迷宮核で無茶な挙動や命令もした場合の想定もしているからな。




