番外1448 思い出と祈りと
「イルムヒルトらしいですね。昔から一緒にいると和まされる事のある子でしたよ」
イルムヒルトの様子について話を聞いたサンドラ院長が少し笑ってそう言って。イルムヒルトの母……フラージアと言葉を交わす。
「そう、なのですか。あの子の事は……感情を封印していても気にかかっていたのですが……サンドラ院長やシーラさん、それにテオドール様達と、良い方々に巡り合えたのですね。今のイルムヒルトを見ていると、本当にそう思います」
出産は長丁場だし、ずっと祈っているというのは大変だからな。時々休んでもらって飲み物を飲んで貰ったり、息抜きもしてもらっている。
みんなで待合室にて祈りを捧げつつ、休憩した面々はイルムヒルトの子供や思い出について話をしているという状況だな。
「あの子は院に来た頃から優しい性格でしたよ。過去の事は判然とせず、よく覚えていない様子でしたが……シュアス様の啓示もあって出会った子ですから、何か事情があるのだろうと思っていました」
サンドラ院長はそう言ってから懐かしそうに微笑み言葉を続ける。
「……当人はそんな心配をするのが杞憂だったというぐらいにおっとりとした、優しい性格の子でしたから。私達の育て方がどうだったかではなく、きっとご両親や周囲の方々に大切にされていたのだろうと感じました」
そんなサンドラ院長の返答に、クラウディアは目を閉じて笑う。
「そうね。フラージア達が迷宮村のお祭りの時に一家で仲良く楽しそうにしているのも見かけているわ。私は確かに迷宮村の住人を庇護していたけれど、親の代わりになれるなんて思った事はないから……きっと院長の言う通りなのでしょう」
「それにイルムヒルト様と再会した事でフラージアやデルフィロが元気になってくれたことに、姫様や私も喜んでおります」
クラウディアの言葉に、ヘルヴォルテも静かに頷く。シーラも時折そんなやり取りを聞いてうんうんと頷いていた。
「それは――ありがとうございます」
二人の言葉に、フラージアとデルフィロは穏やかな表情で一礼していた。フラージアは少し病弱だったが、イルムヒルトとの再会や循環錬気もあって体調も良くなっているようだ。精神的な部分に起因して体調を崩していた、というのはありそうだが、いずれにしてもイルムヒルトの両親が元気でいてくれるのは喜ばしい事だな。
どんな子が生まれるかはフラージアやサンドラ院長も気になっているようで、楽しみであるのと母子ともに無事であるようにと願う気持ちが半々という事で話をしている。そこは俺とも心情的には同じだな。
迷宮村の住民達も、イルムヒルトを心配してくれているようで、代わる代わる祈りに顔を出してくれる。俺もマルレーンやクラウディアと共に、みんなの想いを束ねて高めていく。
デルフィロとフラージアの想いもサンドラ院長の想い、それにシーラやみんなの想いもある。強くて温かく、優しく……触れていて心地のよいものだ。そうした気持ちというのはきっとイルムヒルトとその子供の力となって届くだろう。
そうやって、祈りと休憩を交えつつ、期待と焦れるような想いでやや落ち着かない時間が過ぎて行く。交代で食事をとったり、シーラとイルムヒルトが孤児院を出てから冒険者となり、新米の頃はまだまだ技術も技量も足りないので二人で釣りをして凌いだ話等も聞いたりした。
「イルムヒルトはラミアなので普通の食事は小食で済むけど、少量の血の方は必要だから。釣りは孤児院にいた頃から都合が良かった」
そこで魚の血が活用される、というわけだ。シーラは魚。イルムヒルトは血という需要を満たせるわけだ。
「シーラはイルムヒルトの呪曲もあると、釣果が良くなると言っていましたね。それが今の境界劇場での公演にも繋がっているとするなら良い事です」
「釣りは二人にとって良かったわけだ」
「ん」
笑うサンドラ院長や俺の言葉に頷くシーラである。呪曲は魚の警戒心を下げていたのか、それともシーラの釣り適性を引き上げていたのか。
その辺は分からないが……まあ、釣果が良くなると言える程結果が変わるのなら色々と良い方向に作用していたのだろう。そうした釣りの際の呪曲演奏が今のイルムヒルトの演奏の腕に繋がっているというのも……確かにありそうだな。
それと並行してイルムヒルトは弓の腕前を鍛えていたらしい。冒険者にもなれるし狩人にもなれるから、というわけだ。実際そうした職業なら新鮮な血を得る手段もあるし、種族によらずタームウィルズでの立ち位置も確保される。温度感知ができるイルムヒルトが狩人にというのは天職と言っても良いかも知れない。
それを受けてシーラも親友と同じ道を歩けるようにと、盗賊ギルドで技能習得を進めたようだが。
そんなシーラの話に、フラージア達は熱心に耳を傾けていた。
「それらがテオドール様との出会いや今の幸せに繋がっていると考えると、感慨深いものがあるな。子供が生まれれば……私達もおじいちゃん、おばあちゃん、か」
デルフィロはそう言ってフラージアと微笑みを向けあう。まあ……デルフィロとフラージア夫妻は、見た目的にも実年齢もまだまだ若々しいのでお爺ちゃんお婆ちゃんといった見た目には見えないが。
そんな風に祈りの合間に話に耳を傾けたりして、緊張を解したりしながら時間が過ぎて行く。
みんなの待ち望んでいた産声が聞こえたのは、日付を跨いで少し経ってからの事だった。兆候が始まったのが日中であるから半日と少し、というところだろうか。
「元気な女の子ですよ……! 母子共に無事です!」
産声が聞こえてからやや間を置いて、ルシールが顔を出してそう言うと、集まっていた面々から喜びの声が湧く。
「良かった……。ありがとうございます……!」
一礼すると、ルシールもまた嬉しそうな笑みで応じてくれる。
女の子か。実際ラミアやマーメイド、セイレーンやハーピーといった種族が母親だと同種の女の子が生まれやすいという話ではある。
処置が終わるまで待ってから魔道具で消毒。いつもの様に手順を整えてから入室させてもらうと、ロゼッタとルシール、迷宮村の面々が笑顔で迎えてくれる。
「ああ。テオドール君」
イルムヒルトは……寝台の上でおくるみに包まれた赤ん坊を腕に抱えていた。俺を見ると明るい笑顔で迎えてくれる。
包み方が通常とは違うので、やはりラミアの特徴を引き継いで生まれてきた子のようだ。髪毛の色等は――俺に似ているかな。
二人とも生命反応は強いもので。こうして顔を見せてもらうと安心する。
「良かった。二人とも無事で」
「ええ。ふふ。テオドール君に髪の色が似ているの」
「うん。本当だ。目元あたりはイルムヒルト、かな」
印象としてはそう感じたが……どうだろうか。もう少しするともっとはっきりしてくると思うが。顔を見ているとこっちの顔も綻んでしまうな。
そんな俺の表情にイルムヒルトやルシール達もにこにこしているが。
少しだけおくるみの間からラミアとしての半身部分も見せてもらったりして。まあ、これが想像以上に可愛らしいというか。ラミアは、髪の色と鱗の色も似てくるもののようだ。
「うん。会えて嬉しいよ。初めまして、ロメリア」
俺の言葉にイルムヒルトも目を細めて頷く。オリヴィア達もそうだが、予め話をして男女どちらでも対応できるようにと決めていた名前だな。花の名前をもじる、というのは今までと変わらず。アルストロメリアをもじったものだな。
名前を呼ぶとイルムヒルトも「よろしくね、ロメリア」と、笑顔を見せていた。そうして、疲れているであろうイルムヒルトや産まれたばかりのロメリアの手を取って、循環錬気を行っていくのであった。




