番外1447 朗らかな笑顔と共に
みんなの体調を循環錬気で確認。日々の中でみんなと談笑をして……領主としての執務、氏族を束ねる立場としての講義、工房の仕事、戦闘訓練といった具合にすべき事を割り振りつつ、一日一日を過ごしていく。
それなりにやる事は多いが……急ぎの仕事というのは今現在抱えていないからな。自身のペースで進めつつも充実している、という印象だ。
工房の仕事については俺の場合は開発側であったりするので魔道具を納入したり、というわけではないしな。
予定日が段々と近付いてくる中でそうした日々を送っていたが……イルムヒルトに出産の兆候が表れたのは、見積もっていた日より3日程早かった。
あくまで予定日は予定日。多少のズレはあると分かっている。前倒しになる可能性は考慮して準備を進めていたので、ロゼッタもルシールも、対応は早かった。
というか、みんなの予定日が近付いてくるといつもそうだな。どちらか片方は常駐して、細やかに状況の推移を見ていてくれる。今回は迷宮村で産婆をしていた女性陣も協力してくれるとの事でいつも以上に万全の態勢である。
「何時でも対応できるようにしてくれているのは有難い話です」
「任せられた以上は全力を尽くす所存です」
俺の言葉にルシールは穏やかに笑う。
ともあれ、今までみんな産気付いたのが夜中だったり明け方だったりと、慌ただしくなりやすい時間帯だったからな。イルムヒルトの場合は日中だったので、割と落ち着いて対応できたところがある。
みんなでお茶を飲んでいたら、イルムヒルトが言ったわけだ。
「何かしら……。体調が少し変わった……かも?」
そんな風に言うイルムヒルトは少し小首を傾げて、ややあっけらかんとしたものであったが……その言葉を受けて循環錬気での診断、本人の自己申告、駆けつけてきたルシールの簡単な問診でもしっかりと出産前の兆候を示していた、というわけだ。
グレイスやステファニア、ローズマリーと、身近にいる三人と情報を共有しているしな。自覚できる体調の変化などにすぐに心当たりができた、という事だろう。
「だ、大丈夫なの?」
「ええ、お母さん。ちょっと行ってくるわね」
イルムヒルトの両親であるデルフィロとフラージアも駆けつけてきて心配そうにしていたが、イルムヒルトはにこにこと応じる。
「うん。イルムヒルトは……緊張してないみたいで良かった。また後で少し話をする時間もとれるかな」
「ふふ。ええ、また後で」
ルシールやロゼッタと共に診察用の部屋に移動する折も、イルムヒルトはにこにこしつつ手を振っていた。
「ん。イルムらしい」
そう言って目を閉じてうんうんと頷くシーラである。
「ええ。確かに」
クラウディアもイルムヒルトに手を振りつつ同意する。イルムヒルトはちょっとその辺まで出かけるといったような口振りだが、そんなおっとりした反応はかなり彼女らしいというか。
母子共に生命反応は力強いもので……俺としてはイルムヒルトの反応もあって、かなり和ませてもらった。とは言え出産にリスクがあるのも事実。俺も術式を必要とされた時は対応できるように気合を入れておくとしよう。
それから少しして。ロゼッタが顔を出して状況を教えてくれる。
「兆候が始まっているのは間違いないわ。今はまだ落ち着いているから、話はできると思う」
「ありがとうございます」
というわけで入室してイルムヒルトと少し話をさせてもらう。ロゼッタとルシールは夫婦の語らいという事で少し席を外してくれた。隣室に待機しているので何かあったら呼んで欲しい、との事だ。
部屋に入ると、イルムヒルトは大きめの寝台の上で身体を休めていた。ここ最近ずっとそうだったが、人化の術は使っていないな。ラミア用という事で、イルムヒルトの予定日に備えて、専用の診察用大型寝台も用意してあったりする。
「ああ。テオドール」
イルムヒルトは俺の入室を認めると顔を上げて、花が咲き綻ぶような嬉しそうな笑みを見せた。
「うん。気分は――良いみたいだね。安心したよ」
「緊張や体調よりも……子供に会えるのが楽しみなのが大きいから、なのかしら。自分でも驚くぐらい嬉しくなっちゃって」
そんな言葉に頷くと、はにかんだように笑うイルムヒルトである。
「けど、うん……。落ち着いたら少し緊張してきたかも知れないわ」
「そういうものかも知れないね」
どちらからともなく頷き合い、イルムヒルトの手を取った。安心してもらうという意味でも、これからの事に備えるという意味でも、循環錬気はしておきたいからな。
「その……少しだけ巻き付いてもいい、かな?」
「勿論」
笑みを向けて答えると、イルムヒルトは「それじゃあ」と少し笑って、そっと尻尾を絡めてきた。人化の術を解いている時は、こうして身体を巻きつけている方が安心するという話だ。まあ……術を使っている時は使っている時で、普通に抱きつかれたりもするが。
うむ。相変わらずというか、イルムヒルトの半身は滑らかで手触りが良いな。軽く触れながら循環錬気を行っていくと、イルムヒルトもまた、目を閉じて心地良さそうにしていた。
「ふふ。これなら大丈夫そう」
「それなら良かった。俺も……子供に会えるのを楽しみにしてる」
「うん」
イルムヒルトはにっこりと笑う。そうして、そこにシーラやクラウディア、デルフィロ、フラージアといった面々も顔を出した。
「ん。ドミニクとユスティア、サンドラ院長も顔を出すって連絡をくれた」
「ああ。それは嬉しいなあ」
シーラの言葉にイルムヒルトは微笑みを見せる。
「イルムヒルトは……良い友人に恵まれているな」
「そうね。私達の方が慌ててしまったけれど、今の様子を見ていると安心したわ」
デルフィロとフラージアがイルムヒルトの明るい様子に安堵したように頷き、クラウディアもシーラやデルフィロ達の様子に微笑ましそうに目を細めていた。
そうしてみんなもイルムヒルトに声をかけて励まし……それからロゼッタとルシール、迷宮村の面々に後の事を頼んで部屋から退出する。
そうだな。各所に連絡を取っておこう。日中なのでそうした連絡も気兼ねはいらないし、時差があるところ以外はスムーズに進むはずだ。マルレーンも祈りの仕草を見せていたから、連絡が終わったら俺も母子の無事を祈って、イルムヒルト達の力になりたいと思う。
各所に連絡をすると、あちこちの面々から母子共に無事であるように祈る時間をとりたいと、そんな風に申し出てくれて……心強いことだ。
まだイルムヒルトの様子も落ち着いているので駆けつけてくれたドミニクとユスティア、サンドラ院長も顔を見せてイルムヒルトに挨拶をしたりしていた。孤児院の子供達は人数が多いから留守番であるが……中継映像でイルムヒルトの無事を祈ってくれているようだ。
俺も今できる事はあまりないからな。連絡が一通り済んだところで気持ちをできるだけ落ち着けて、みんなと一緒に祈りの時間を取る。集まってくる温かな想いはイルムヒルトとその子の無事を願う物ではあるが……だからこそ俺にとっても心強く感じるな。そうした想いを束ねて高めていく。
子供は――イルムヒルトと同じラミアか、それとも。いずれの場合も可能性としては十分あるだろう。想像するとイルムヒルトに似たいかにも可愛らしい姿が脳裏に描かれるというのもあって、浮かれるような気持ちになってしまう。それと同時にこの待つしかない時間がというもどかしさや、何は置いても無事でいて欲しい、という心配が入り混じって、やはり落ち着かないな。
時間としてはまだまだ始まったばかりだからな。一先ず意識的に気持ちを落ち着けつつ、祈るというところに帰結してしまうが。




