番外1446 始原の精霊と鬼娘
魔界への訪問から帰って来て、イルムヒルトやシーラの予定日を待ちながら日常に戻る。領主としての仕事に加えて工房の仕事……迷宮核での作業を行うといったものだな。
迷宮核での仕事としては仮想訓練装置の構築、その機能を流用した現代日本の実験用舞台、それから幻影劇の素材作りという内容になる。
幻影劇の素材作りに関しては視覚と聴覚に絡んだ物が主なので調整する項目が少なくて済む。VRならば効果音や風といったものは映像に合わせて劇場に仕込んだ装置が連動するものだからだ。
その為、仕事としては訓練装置と実験用の舞台よりも作業量が少なく、割と効率的に進められている。幻影劇の構想や筋立ても纏まってきたから、後はそれに応じて舞台を構築していけば良いだけだしな。
俺の記憶を元に魔界や王都ジオヴェルム、水路といった舞台、登場させる人物に魔物の姿といった諸々を構築していく。
「幻影劇に使えるように形式を整えてやる必要はあるけれど、この調子なら割とすぐに工房での作業に移っていけるんじゃないかな」
『ふふ、完成が楽しみですね』
『魔界に親近感を持ってくれる人も多いんじゃないかしら』
グレイスとイルムヒルトが言うとマルレーンもにこにこしながらこくんと頷いていた。
そうだな。魔界や魔王国という字面、環境等には剣呑なイメージもあるが……そこに暮らす人達はルーンガルドとそう変わらない。悪人がいないわけではないし善人ばかりなどとは言うつもりはないが……気の良い人達や分かり合える人達というのはいる。
その点で先代と今の魔王であるセリア女王とメギアストラ女王の過去にスポットを当てた幻影劇だからな。理解を深めてもらったり、魔王国に親近感を持ってもらえるならば俺としては喜ばしい事である。
そうして暫く迷宮核の作業を進めてから、作業を終える。
意識が戻ってくると、護衛役としてヴィンクルやユイが待っていてくれた。ティエーラとコルティエーラも一緒にいて、ユイ達と話をしていたようだ。
「ん。戻ってきたよ」
「ええ。おかえりなさい」
「うんっ。おかえり……!」
ティエーラが静かに頷き、ユイが明るい笑顔で応じる。ヴィンクルも目を閉じながら喉を鳴らして頷く。ラストガーディアンの二人に護衛してもらうというのは……冷静に考えてみると相当なものではあるが、作業場所が迷宮核だしな。
本来管理者とラストガーディアン、それから管理代行者しか立ち入れない場所ではあるし、迷宮核内部での作業に際してラストガーディアンが護衛につくというのは正当な立ち位置での仕事なのかも知れない。いずれにしても心強いのは間違いないが。
ティエーラとコルティエーラは――同じ器で感情や記憶を共有していたという事もあってヴィンクルとは仲が良い。ユイは魔界迷宮側のラストガーディアンではあるが、ジオグランタやメギアストラ女王共々きっと長い付き合いになるだろうからと、仲良くするために積極的に接点を持ってくれているようだ。
ユイは明るくて素直な性格だからな。ティエーラとコルティエーラはユイの話の聞き役に回る事が多いが、日々あった事を明るい笑顔で報告するユイに、ティエーラとコルティエーラは微笑ましそうに耳を傾けている、という印象がある。
一方でティエーラとコルティエーラのしてくれる話というのは始原の精霊ならではのものだ。
例えば火山噴火の仕組みだとか地殻変動の話であるとか……個人的な体験に基づく話なのに貴重な内容が多いな。自然の仕組みについてはティエーラとコルティエーラにとっては文字通り身体に関する事、というような……感覚的な話になっているというあたりにスケール感の違いがあるというか。
「今、小さな子達が生きている大地は、長い時間をかけて少しずつ動いているのです」
「私達が分離していなかった頃とは……大陸も大分形が違う」
という話をこの前ヴィンクルやユイに伝えていて、俺達としても興味深く聞かせてもらった。ヴィンクルはうんうんと頷き、ユイは目を輝かせてそうした話を聞いていたが。
「その辺、テオドールは……詳しそう」
コルティエーラにそんな風に話題を振られたが。
「いや、どうかな。聞きかじりの知識も多いから間違っている部分もありそうだけど」
前置きしつつ、地殻変動について少し知っている事を話した。
例えばこの星――ルーンガルドが大陸や海洋のある表層、マントル層、その下のコア部分といった幾つかの層に分かれている事。表層の大陸は大きな岩盤に支えられていて、内部で起こっている複雑な圧力や流れに連動して長い時間をかけてゆっくりと動いているといった内容だな。プレートテクトニクスという理論だったか。マントル層の対流や地震、火山活動に絡んだ話である。
「というわけで、岩盤が下の層の動きに連動してそれぞれの方向に少しずつ動いているわけだね。星球儀を見れば大陸が昔繋がっていた事を示す海岸線だとか、ぶつかって山脈になった地形といった痕跡も見て取れるね」
「私の感覚とも矛盾しません。テオドールがそうした知識に豊富なのは私達としても嬉しいですね」
と、ティエーラとコルティエーラは上機嫌そうに笑みを見せていた。ティエーラ達にしてみると、文字通り自分に詳しいのと同義だからな。
だからまあ、山の中の露出した地層から海洋生物の化石が見つかったり、同じ種族を同祖とする生き物が、地殻変動で分断され……離れた土地で各々の進化を遂げていたりというケースもある。
ティエーラから見た星の生物については、感覚的に力強さを感じて喜ばしく思っていたということらしく、個別に注目するというのは今まではあまりしてこなかったそうではあるが。
今日のティエーラの話題はと言えば……星の海を泳いでいた頃の記憶についてだな。
星としての形を成す前で記憶もおぼろげであるとは言うが、今はその時とは違って孤独感もなく、ヴィンクルやユイ、俺達と話をしたりできるのは楽しい、と伝えていた。
「ふふっ。私も……ティエーラやコルティエーラとのお話は楽しいな」
一方でユイ側の話題と言えばスピカやツェベルタ、氏族の面々と共に料理をしたとか、修業や訓練でこんな事を思いついたとか、日常に即した物だ。そうした話に相槌を打ちつつ微笑ましそうに耳を傾けるティエーラとコルティエーラ、ヴィンクルである。
ティエーラ達も和やかに交流しているようで結構な事だ。
さて。そうしてティエーラ達と共に迷宮中枢部からフォレスタニアへと戻ってくる。
ロゼッタとルシールが往診に来ていたが、それも終わって、みんなで中庭に移動し、お茶を飲んでいたところのようだ。
「ただいま」
「ああ、おかえりなさい、テオドール様」
「おかえり、テオドール」
「ふふ、お父さんが戻ってきたわ」
顔を見せるとみんなも笑顔で迎えてくれる。というわけでオリヴィア達の顔を見せてもらいながら、俺も一息入れさせてもらう。グレイスがお茶請けに焼き菓子を焼いてくれたようだしな。香ばしい匂いがほのかに漂っている。
グレイスが復調した事もあって、早速焼き菓子を作ってくれたというわけだ。お茶とよく合うので俺も好きだな。
腰を落ち着けてお茶と焼き菓子を楽しみつつ、ロゼッタやルシールの話を聞くと、往診の結果は問題なし、と伝えてくれる。
「ありがとうございます。この調子なら安心して予定日も迎えられそうですね」
「そうね。ラミアは専門外ではあるのだけれど、迷宮村の人達と連携できるのはありがたいわ」
「色々と他種族に関する知識も増えて寧ろ良い勉強になっています」
ロゼッタとルシールはそんな風に笑って答えてくれた。イルムヒルトの予定日も近付いているしな。こちらに関しては俺にできる事はそう多くはないが、循環錬気をしたりみんなが過ごしやすいようにしたり、俺にやれる範囲の事を一つ一つ進めていきたい。




