番外1443 魔界と幻影劇
『すごいものですね。セリア女王やメギアストラ陛下……それに当時の騎士団長の方も』
エレナが目を閉じて頷き、声を漏らすと、みんなも同意する。
「ふっふ、余にとっては懐かしい記憶ではあるが……セリアは勿論、ハドウルも余の知る魔王国の歴史で見た場合も、かなりの使い手ではあるな。余やセリアは騎士団長を始めとした臣下に恵まれておるよ」
「光栄です。ハドウル殿は色々と逸話を残しておりますが、武人として一度手合わせ願いたかったですな」
メギアストラ女王が笑ってそう答えると、ドラゴニアンの騎士団長、ロギが静かに一礼してから頷く。ロギも相当な実力者だからな。ドラゴニアンの寿命もかなり長いらしいが、二人には面識はないようで、ロギは少し残念そうといった印象だ。
ファンゴノイド達の記憶の映像は更に続きも見せてくれる。互いの無事を喜び合うセリア女王やメギアストラ。それにファンゴノイド達と、地下水脈の武官達。
魔物の完全な絶命や、吐息の余波で被害が出ていないかもしっかりと確認していた。
「一先ず問題はなさそうで安心した。外殻や内部の破壊が吐息を使う際の懸念だったのでな」
「待ち構える位置や吐息を撃つ時の角度は完璧だったわね」
「いざとなれば周囲をセリアが被害拡大を防いでくれる、とは思っていたからな」
そう言って笑い合う二人である。メギアストラは竜の姿のままではあるが、目を細め口元も笑みの形を取ってと……セリア女王と仲が良いのが伝わってくるような笑顔だな。
周囲を氷の牢獄で覆っていたのもな。干渉を受けないためにセリア女王はかなりの魔力を氷に込めていたが、吐息を一時的に防ぐ事ができるようにという準備でもあったわけだ。
「ハドウルやみんなもお疲れ様。ハドウルも、守ってくれてありがとう」
「勿体ないお言葉です」
そう言って一礼するハドウル。インセクタス族なので表情や感情等は見た目からは分かりにくいが、触覚の動かし方であるとか声には感情が出ているな。インセクタス族もパペティア族同様、何もしないと想いが伝えにくいので他種族との交流の時は声に感情を乗せる傾向が強い、との事ではあるが。
「みんな無事で良かったわ。交渉が不可能な相手だったのは残念だけれど」
「ありがとうございます、魔王陛下。我らの力が及ばぬばかりに……」
「外洋の魔物は仕方がないわ。魔王国の歴史を紐解いてみても、海洋に手を広げるのは上手く行った試しがないものね」
申し訳なさそうな地下水脈の武官達にセリア女王は安心させるように笑う。海洋の魔物か。下手をすると陸地すら侵攻できそうな魔物だったからな。海岸付近ですら危険地帯というのはそういうわけだ。
「ただ……今回は魔王として、護るべき人達を護れた。大事にはなったけれど、死者がいなかった事、怪我人が少なかった事は本当に嬉しく思うわ。それらは貴方達の働きがあってこそのもので……魔王として貴方達の奮闘を誇りに思います」
「陛下……」
「おお……。勿体ないお言葉です」
セリア女王の言葉に、武官達は感じ入っている様子であった。感激している様子のケイブオッターやシュリンプル族といった面々にセリア女王は微笑み、それから気を取り直すように気合を入れた表情になる。
「うん。後始末も必要だわ。外殻の修復はしっかりしないといけないわね」
「後詰めの皆に連絡をして参ります。人員や物資の搬入も必要となりますから」
弾んだ声でシュリンプル族の武官が言って、足元に水を展開すると水路に向かって滑って行った。軽快な動きだな。そんなシュリンプル族を見送ってセリア女王が頷く。
「岩壁の修復と強度の向上なら……まあ何とかなると思うわ。内部の水も、変な圧力が生じないようにゆっくりと戻さないとね」
「我らもお手伝いできます。氷の壁と少しずつ置き換えて戻して行きましょうか」
「刻印術式等は――後詰めの皆が到着してからが良いかと」
そう言ってセリア女王とファンゴノイド達が外殻の修復作業に移り――そんな光景を見てメギアストラが楽しそうにしていた。
ファンゴノイド達も「地下水脈の外殻作りを見学できますな」「地下水脈の刻印術式の発展を見る事ができます」と、喜んでいる様子だ。ファンゴノイド達としては知識が増えるのは嬉しいのだろう。
そうして、セリア女王とファンゴノイド達が作業を始め、ケイブオッター族やシュリンプル族といった面々も駆けつけてきてみんなで和気藹々と外殻の修復や、倒した魔物からの剥ぎ取り等を進めていく光景が流れて――やがてそれも遠ざかるように消えて行ったのであった。
「貴重な記憶を見せて頂きました。ありがとうございます」
そう礼を言うと、ファンゴノイド達も目を細める。同行している面々や中継映像を見ているみんなも、俺の言葉に同意するように頷いていた。メギアストラ女王の戦い方、セリア女王やファンゴノイド族の魔法やハドウルの動きなど、色々と参考になるものは多かっただろうしな。
「喜んでいただけたなら何よりです。セリア陛下のお姿を伝える事ができたなら喜ばしい事です」
「そうですね。色々と幻影劇を作る参考にもなりました。勿論、そのままでは出せない情報もありますが」
例えばセリア女王についてメギアストラ女王との出会いだけでなく、今回の一件も幻影劇に組み込むのなら、知恵の樹を活用して作戦を練っていた部分はカットしなければならないな。元々魔界でも賢者の種族という言われ方をしているので、謎に包まれた賢者の種族に普通に作戦を求めに行った、という形でも問題はないと思うが。
「明かせない情報については、まあ……我らは知恵の樹の事だけ誤魔化していただければと思います」
「お茶を用意しておりますので、そちらでのんびりと話をしながらでも」
「ふっふ。セリアの事がルーンガルドにも周知されるのは喜ばしいな。地下水脈の秘匿技術についても伏せるべきものは余から伝えよう」
「助かります」
気を付けるべき点が分かっていればそれを前提に幻影劇を組み立てたりできるからな。メギアストラ女王もファンゴノイド族も見ていなかったから実際の様子は映像や記憶として残ってはいないが……そこはそれ。幻影劇でもあるので、ある程度想像で脚色しても良い部分というのはある。
地下水脈の住民と、水路に侵入した小型の魔物を撃退する戦闘シーンや非戦闘員の救助を組み込んだり、というのは幻影劇として楽しんで貰える内容なのではないだろうか。
幻影劇の中で魔界や魔王国の様子を見て理解を深めてもらいたいという狙いもあるので……地上の都市部、地下水脈、都市部の外といった場面を話の中に組み込んで万遍なく見せたり、ルーンガルドとの違いを伝えたりしていきたいところではあるな。
そんなわけでファンゴノイド族の里の集会所に場所を移して、そこでメギアストラ女王やボルケオール達と、伏せるべき情報とそうでない情報について色々と話し合ったり、過去の思い出話に花を咲かせたりした。
水中都市の武官達の戦い方等についても、今度はメギアストラ女王が記憶からマルレーンのランタンを使って実例を見せてくれたりして。
水路での戦いや救助というのは幻影劇として映えそうなところがあるな。水流に乗って移動したり、そこでケイブオッター族やシュリンプル族が魔物と戦ったり救助や護衛を行ったりと……危険な魔物の排除や非戦闘員の救助というのはタームウィルズの客層を考えた場合でも、感情的にも身近に感じる内容だしな。
そこで堅実な武官達の活躍を描いて、終盤でのセリア女王達の戦いを派手なものにする、と……うん。魔界における魔王の存在感も対比として示せるし、話にメリハリもついて中々良いのではないだろうか。




