番外1435 魔界の近況は
パペティア族との知己をこれだけ持つのは初めてだが……あちらとしては工房関係者でもある俺に対してはかなり好意的で、丁寧に挨拶に来てくれた。
「表情を変えられる技術……あれは素晴らしいものです。衝撃というか……感銘を受けました。今後一族の者達から依頼が持ち込まれる事があるやも知れませんが、その時はどうぞ、よしなにお願いします」
「分かりました。僕としてもパペティア族の方々と知己を得られて嬉しく思います」
ブルネットのパペティア族の言葉にそう応じると、他のパペティア族の面々もお辞儀をして応じてくる。
パペティア族は表情を変えられないが、ちょっとした仕草や角度で感情を伝えるのを得意としている。各々器の顔の部分が角度やギミックによって微笑んでいるように見えるだとか、両手を合わせて感激しているだとか……そういった方法で自分の感情を伝えてきているのが見て取れて、技術力やパペティア族の文化に俺としても感心してしまう。
「パペティア族の皆さんが、顔を見せる角度や機構……仕草でも感情を伝えてくるのが上手くて、僕としても驚いています。文化として興味深いものがありますね」
「ふふ、お分かりになりますか。各々工夫を凝らしているのです。私達は表情を変えられない分、想いが伝わらずに誤解を受けやすいですから」
「そうですね。感情をきちんと伝えられるようにというのを、一族として心がけているのです。器を動かす魂こそが私達そのものですから」
俺の言葉を受けて、伝わって嬉しいといった仕草を見せるパペティア族である。
魔力の波長もそれに合わせて弾むような嬉しさを伝えてきたりと、仕草と内心が一致している事が見て取れて俺としても喜ばしいというか。
「もし必要でしたら、それらの技術や知識が役立つ事があるかも知れません。何時でもお声をおかけ下さいね」
「ありがとうございます。何かの折には是非」
パペティア族の面々とそんな風に挨拶を交わした。パペティア族全体を見れば、各々の好みによって様々な素材を器にしているということなので、その数に応じて専門的な技術や知識を持つ者がいるという。
工房としてもパペティア族との協力や交流は歓迎なのか、中継映像を見て上機嫌な様子だ。職人面々としてはそうした専門家との交流は知見が広がるからな。パペティア族は総じて各々の素材を扱う専門家であり、装飾や服飾、造形に通じている。
アルバートは魔法技師ではあるが……『色んな技術が見られそうで嬉しいね』と笑っていた。
パペティア族とは今後も良好な関係を築けそうで結構な事だ。
ルーンガルドから同行してきたみんなも、各々魔王城の面々との交流や用意してくれた食事を楽しんでいるようで。
「魔物でもないのに果物が噛みついてくる……?」
「そうなのです。収穫はコツさえ掴めば然程危ないわけではないそうですが、慣れるまでは大変だとよく聞きますな。私達はあまり関わりがないので伝聞ではあるのですが」
ルドヴィアはシイタケに似たファンゴノイド族の話にやや困惑していた様子だが、実際にそうした果実を使ったデザートを口にすると「おお……。これは美味だな」とうんうんと頷いていた。魔界の食材は魔力が豊富だからな。その辺実際美味だったりする。
ゼルベルは騎士団長のロギと話が合うのか、身振り手振りを交えて戦闘技術の話で盛り上がっている様子だし……地属性のアルハイムはファンゴノイド族との魔力の親和性や相性が良いのか、穏やかな笑顔で挨拶をしていた。
カストルムも造形が興味深いと、パペティア族から囲まれて注目を集めて楽しそうに音を鳴らして色々と受け答えしている様子だし……各々魔王国の面々と交流してくれているようで俺としても喜ばしい事だ。メギアストラ女王やジオグランタ、ユイもそうした光景を見て表情を綻ばせていた。
魔王城での会食は賑やかで有意義なものになったと思う。カーラも知人達との交流が出来て嬉しそうにしていた。
そうして会食も一段落して、みんなで魔王城の地下に移されたファンゴノイドの里へと向かう事となった。
ファンゴノイドの里は――魔王城の地下ではあるが迷宮の影響もあるな。魔王城やジオヴェルム共々、ルーンガルドにおけるタームウィルズのような位置付けになったというか。
いざと言う時は魔界迷宮の機能で守れるし、ファンゴノイドにとっての快適な環境を元々あった術式と迷宮のシステムの二重で維持できるようにしてある、というわけだ。知恵の樹の重要性にも鑑みた措置だな。
魔界迷宮についての現状は――今現在メギアストラ女王とジオグランタが管理と運用をしている。魔界全体の歪みの解消でもあるから、俺達がそれらの仕事に携わらなくても上手く回るようにしたいというのがある。
城内を移動しつつ魔界迷宮の運用はどうかとメギアストラ女王とジオグランタに尋ねてみる。
「大きな問題はないな。皆慎重に探索するというのもあって、想定以上の難度の区画を踏破しようとする者はやはりごく少数だ」
「魔王城の管理下にあるから、立ち入りを制限する区画がある、というのも公表しているものね」
「うむ。魔王国の管理下にあるので高難易度の区画には立ち入りに許可を得る必要があるとも伝えている。そういった背景もあって、運用や管理についてはテオドールが守りを構築してくれたからその形から動かしておらぬ。今は外部に影響を与えない実験区画を作って、迷宮の操作や管理法を確かめているところだ」
メギアストラ女王とジオグランタが答えてくれた。迷宮核の操作に慣れるための実験区画というのは……話し合った中で出てきた案だ。
迷宮は管理者の意向を反映した発展と運用がなされるので、平常時に必要になる指令というのは然程多くない。その方向性にしても、制御できるものだしな。
なので、魔界迷宮の構築にあたってはある程度自動生成でひな形を作ってから調整している。ジオグランタの場合は……魔界とそこに生きる者達の存続と成長を望んでいるから……浅い階層は段階を踏んだ訓練になるような調整がなされているな。深部に行くとなんというか、魔界最強の生物を目指すならば……とか、魔界らしい荒々しさのある区画に変化していく感があったが、それらを配置して中枢部への防衛区画にもしていたりする。
迷宮に手を加えるにしても有事と平時で使われるものは異なるし、よく使われる処理、必要になるがあまり使わない処理というのは出てくるものだ。とは言え、いざと言う時に活用できるようある程度習熟していた方が良いというのも間違いはないだろう。
その点、迷宮核は操作に応じたリスクを想定して危険性を管理者に提示する事も可能だから、安全策を講じた上で操作と管理の習熟ができる。
直感的に分かりやすく使いやすいユーザーインターフェースを構築しておく、というのも進めておきたいな。そうなれば後世においても安心だが……まあ、精霊には精霊に向いたインターフェースというのがあると思うからティエーラとジオグランタ向けのインターフェースは今後の課題だ。
ともあれ、魔界迷宮は順調なようだな。探索している者達にとっても良い訓練になっているのか、迷宮外で蛮族への対処もしやすくなっていると報告してくれているとの事だ。
メギアストラ女王達とそんな話をしながら移動して……やがて俺達はファンゴノイドの里に到着した。
「ようこそいらっしゃいませ。歓迎いたしますぞ」
ブレントという名の……ヤマブシタケ似のファンゴノイド族の1人が代表して挨拶してくる。ヤマブシタケ自体が立派な白髭のような形状をしているので、元々穏健で賢人の種族とされているファンゴノイド族の中にあってもブレントは見た目に長老感があるな。
実際は長老というわけではないが、外の面々からそう見られる事が多いので、こういった時に挨拶を任されたりするのだそうな。
 




