番外1431 仮想空間設備
――イルムヒルトとシーラの予定日を待ち、準備を整えながらも日々の仕事をこなしていく。
執務や領地視察、工房の仕事、氏族達への講義、講習といったものが平常通りの仕事だ。装備品を身に着けたオルディア達と訓練もしたりしているが、俺やグレイス、テスディロス、オルディアといった面々は訓練で全力を出すというわけにはいかないからな。やはり訓練用の設備は必要だ。
「簡単に言うとホルンの夢の世界で思う存分力を振るえる、みたいなものだね」
「中々面白そうだね。それでホルンの属性を刻んだ魔石が必要になる、と」
工房で訓練用設備についての話をすると、アルバートが顎に手をやって応じる。
「夢の属性魔石に関しては了解したわ。少ししたら作業に移りましょう」
ヴァレンティナの言葉にホルンは任せて欲しいというように声を上げてヴァレンティナがそんなホルンに表情を綻ばせる。
迷宮核のシミュレーションではホルンの属性魔石があった方が精度も上がるという結果が出たしな。
訓練目的とは言え、ややホルンの獏としてのポリシーから外れるのではないかと思って当人に確認もしてみたが、訓練や競技といった内容ならホルン的にも問題ない、との事だ。ホルンの力を借りる時は情報収集が主だしな。力ずくで情報を聞き出すような使い方はホルンとしてはよろしくないが、目的が悪意や敵意ではないし当人達が納得しているなら問題ない、との事で。
確かに……良い夢であるかどうかは主観的なものだしな。ギリギリの戦いの中でのせめぎ合いに価値を見出す者であるなら、戦いの夢というのも良い夢という括りになるだろうし。
あまりに価値観的な相性が悪い者に対しては獏としては近寄りがたいという事らしいが、この辺は獏の妖怪としての性質が出ているな。
迷宮核のシミュレーションでは性質や価値観が悪辣だったり残虐だったりすると訓練装置からも弾き出されるので……ホルンの属性魔石は悪人が設備を利用できないという、セーフティーとしても機能するだろう。
「実戦形式の訓練と一口に言うけど、テスディロス達やヴィンクル、ユイあたりは迷宮のガーディアンでさえ全力を出すような相手が中々いないからね。現状でも接近戦の技術は十分に鍛える事ができているけれど、高速機動戦闘だとか大技を使う機を見るとか大出力の魔力制御とか……そういうのは難しいし、機会そのものが少ないから」
「高速機動戦闘の訓練ができるのは嬉しいですね」
そう言ってうんうんと頷くのはアルクスのスレイブユニットだ。五感リンク経由でスレイブユニットでも問題なく訓練参加できる。アルクスというか……パラディンの機動力は高位魔人でも中々見ない水準だから、アルクスの訓練参加は有難い話だな。
アルクスも迷宮深層、重要施設のガーディアンなので情報漏洩の観点から外ではそうした訓練もできない。ならばエンデウィルズのように、迷宮内部で行えば良いのかと言えば……高速機動だけならともかく大技を撃ちまくったとしたら修繕に余計な魔力を使うし、リソースがあるにしてもそれは流石にどうかと思うからな。
仮想空間での訓練施設なら術式の維持だけで良い。並行世界の俺がVRゲームの開発関連に干渉していた事もあって、その辺のノウハウもある事だし、折角なので安全性確保等々に活用させてもらおう。
まあ……迷宮核側にサポートしてもらって構築する設備なので、工房の仕事としてはする事が少なめではあるかな。
というわけで出来上がったホルンの魔石を受け取り、迷宮核へと向かう。
既にノウハウがあるとはいえ構築する設備としては中々大がかりだな。多少作業に時間がかかりそうだからのんびりと進めていこう。
というわけで作業風景をグレイス達との中継をできるように幻術で映し出しながら、迷宮核の内部空間で作業を続けていく。迷宮核側の生身の身体はヴィンクルとユイが守ってくれているので安心だ。
「迷宮核内部の仮想空間の仕組みを流用して……そこに安全策を盛り込んでいく形かな」
迷宮核内部の仮想空間も作業者の安全性は確保する策がいくつか見受けられるが、元々迷宮中枢部は人の出入りが相当限られているし、内部空間で戦闘行為をするというわけでもない。寝ぼけて生身の方が魔法を発動したとか、内部で発動したはずの術式の余波や訓練内容が空間外部に影響を及ぼしたとか……そういった事がないようにしなければならない。
それから……意識が仮想空間にある時の身体の防御面でも色々と工夫をしておきたいな。景久が強盗に襲われた時は……外部にダイブ用のスイッチがあったのが良くなかった。
その点これは魔法式なのでスイッチを操作できるのは自分だけ、というのが利点になるはずだ。
内部にある意識の保護。外部との通信機能。仮想空間内部からの緊急離脱。設備への立ち入り自体に契約魔法を活用する事。設備ごと吹き飛ばすような攻撃への対策、ハッキング系の干渉術式や呪法への防御等々……色々と思いつく安全策を盛り込んでいく。
『仮想空間の安全確保というのも、色々と大変なのですね』
『けれど、テオドールが色々と策を講じてくれるのは安心ではあるわね』
「迷宮核側の安全策を強化する事もできるね。まあこの辺は実験と運用をしてからだから、もう少しかかるとは思うけれど」
アシュレイとクラウディアの言葉に笑って応じる。
仮想空間内部も舞台を色々と整えられるな。広々とした闘技場、見通しの悪い森、鍾乳洞のような空間。海中に屋内。攻撃に巻き込んではいけない施設が配置された空間であるとか。色々な状況を想定して訓練用のスペースを構築していく。
最終的にはこの仮想空間内に入った者同士で訓練をしたり魔物とも戦ったりといった……戦闘シミュレーターのようなものを目指したいところだ。
「……んー。仮想空間内部の舞台構築作業は結構楽しいな」
ミニチュアセットのようなものが空間に浮かんで、それを見ながらの作業になる。確認という事で周辺の風景を変えたりもできるな。
こっちの意識を迷宮核が読み取って反映してくれるので思考でダイレクトに舞台編集ができる。意識体の伸ばした手の先で、浮かび上がっている小さな舞台セットが色々と形を変える。
『ん。ほんとだ。楽しそう』
『訓練以外に使っても楽しそうね』
シーラとイルムヒルトがそう言うと、エレナが頷く。
『ああした舞台の中を散策してみたり、でしょうか?』
『それは確かに楽しそうね。わたくしとしてはテオドールの前世の故郷や風景が気になるわ』
『そうね。東国や夜桜横丁に似ているところがあるみたいだし、綺麗というか、色々異国情緒もあるのではないかしら』
羽扇の向こうで目を閉じるローズマリーの言葉を受けてステファニアが微笑み、マルレーンも興味がある、というようにこくこくと頷いていた。
「前世の記憶から見ると、夜桜横丁あたりは少し時代がかったように見えるかな。確かに訓練設備を使えば仮想空間でみんなにも見せられるかも知れないね」
夜桜横丁に関しては……俺の影響と迷宮の情報収集能力との兼ね合いで構築された区画ではあるからな。管理側の影響がある区画として、高層ビル群のようなものができてしまったらどうしたものかと考えていたところがあるのだが、その辺は杞憂であったらしい。
まあ……元々みんなの訓練設備として、という発想で考えたものであるし、一般に解放するわけでもない。みんなを招待して散策する専用舞台を構築してみるのも確かに楽しそうだ。




