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211 タームウィルズへの帰路

「おはようございます、父さん」

「うむ、おはよう」


 たっぷり休んで英気を養ったところで、避難用地下通路を作るべく朝から伯爵邸へと向かう。


「地下通路作成はどこからにしましょうか。やはり書斎からが基本でしょうか?」

「基本……なのか?」

「まあ、様式美と言いますか」


 寝室からも程近いしな。扉をもう少し強固なものにして立て籠もれるように改造する。

 本棚をレビテーションで浮かせ、どんでん返しに組み込む。後ろのスペースから地下へ向かう階段を形成。通路を作っていく。


 これももう慣れたもので、土砂をゴーレムにして運び出し通路を固めて強度を確保していくだけの簡単な作業だ。

 但し、有事には避難することが可能でありながら、普段は伯爵邸と別邸の隔離がなされていないといけない。そこは一工夫する必要があるだろう。

 なので伯爵邸側の避難部屋と、別邸側の避難部屋を隣接して作成。

 2つの避難部屋を繋ぐ鍵付きの扉を作ることで連絡用通路、避難部屋、隔壁の3種を同時に成立させるわけだ。


「問題が一つ。仮に襲撃を受けた時、書斎や別邸から避難通路に逃げ込んでも、他に出入り口がないので隠し通路の存在を侵入者に察知される可能性があります」

「ふむ。それは確かに」

「なので、隠し通路に侵入者を閉じ込められるような仕掛けを作ります」

 

 追跡者がいた場合、その視線を切れるように曲がり角を作る。それから曲がってすぐのところに避難部屋へと繋がるどんでん返しの隠し扉を作るわけだ。

 そして曲がり角の先――通路の突き当たり、最も目につく場所に偽の避難部屋を形成していく。


「避難部屋は逃げ込んだ後、内側から閂で鍵がかけられます。一方で偽の部屋は――外から扉を開けられても、内側からは鍵が無いと出られないという寸法にすればいいわけです」

「……なるほど」


 父さんはやや呆気にとられている様子だ。確かにリアルタイムで魔法建築しながらの説明を受ける機会なんてそうあるものでもないだろうけれど。

 避難部屋については多少の時間隠れていられるよう、トイレとして使える小部屋を作っておけばいいか。緊急時用なので小さな縦穴を掘る程度の簡素な作りのトイレになってしまうが。


「別邸のほうからも同様の地下通路を作っていきますが――偽の部屋に閉じ込められてしまうと大変ですので、その点、奥方とダリルにもよく説明をしておいてください」

「うむ。それは間違いなくやっておこう。避難部屋には保存の利く食料や着替えを置いておく必要もあろうな」

「着替えでしたら、使用人や領民に変装できるようなものを置いておくと便利かも知れませんよ。ここに水は引いていませんので、水作成の魔道具も必要になるかと」

「確かにな。手配しておこう」


 ここを利用する面々となると、父さんとキャスリン、それからダリルぐらいだとは思うので。後は伯爵邸と別邸の双方に警報装置を設置すれば、防犯態勢に関してはかなりのものになるのではないだろうか。

 そのまま通路と避難部屋を完成させ、不具合や強度の問題はないかなどチェックして回る。


「大丈夫そうですね。では、慌ただしくてすみませんが、僕は戻ります。発つ前に片付けなどもありますので」

「分かった。では私も後で森へ向かおう。見送りに行くよ」

「はい。では後ほど」


 父さんに頷いて、後で会う約束をしてから伯爵邸を辞した。




 昼食を済ませ、帰途につく準備を進めていると父さんがやってきたので、もう一度母さんの墓参りに行ってから帰ることにした。

 皆でお墓に黙祷を捧げ、それから父さんと、見送りに来てくれたハロルドとシンシアに向き直る。


「もう発つのか?」

「そうですね。シルン男爵領にも滞在しますし、留守も気になりますから」


 そう答えると、父さんは少し寂しそうに苦笑する。


「忙しいのだな」

「それは父さんもでしょう。お身体には気をつけて」

「うむ」

「それでは、ヘンリー様」


 グレイスを始め、各々が父さんに挨拶してから竜籠に乗り込む。


「ハロルドとシンシアも、ありがとう。次は――冬にまた来るかな」

「はい。テオドール様」

「お待ちしています」


 墓守の2人は深々と頭を下げる。


「リンドブルム」


 声をかけると竜籠が浮かび上がる。籠の窓から手を振って。

 段々と高度が上がるにつれて、その姿が小さくなっていった。




「ご無沙汰しております、皆様」

「お久しぶりです、ケンネルさん」


 と、竜籠から降りた俺達に、シルン男爵家の家令、ケンネルが挨拶をしてくる。

 タームウィルズに戻る前に、前と同じようにシルン男爵領にも立ち寄る予定であったのだ。


「爺や、元気そうで何よりです」

「アシュレイ様も、ますますお顔の色が良くなっていらっしゃる」


 ケンネルは何か眩しいものでも見るように目を細める。


「タームウィルズに戻る前に、立ち寄らせてもらいました」


 伯爵領とタームウィルズの間にあるから挨拶に来たというのもあるのだが、今回はもう1つ目的があったりする。


「それが例の品ですかな?」

「はい。詳細は通信機で伝えた通りです」


 アシュレイの手の中には、イビルウィードの鉢植え。ハーベスタではなく、別の個体を一鉢、タームウィルズから持ってきている。現物をケンネルに見てもらうためだ。


「ふむ。少々拝見させていただきます」


 鉢植えを受け取り、ケンネルは大人しくしているイビルウィードを撫でたりして、色々な角度から観察する。

 将来的にイビルウィードを活用していくなら根回しは早いほうがいい。ケンネルには通信機で大筋では伝えてあるのだが、百聞は一見にしかずだ。


「なるほど……これは確かに大人しいものですな。若い頃、畑仕事をしている時に、こやつめに咬まれたことは何度もあるのですが……」

「種から水魔法で育ててやれば人に慣れるようですね。イビルウィードによる作物の育成に関してはこちらで実験継続中です」


 ケンネルはアシュレイの言葉に感心したように頷く。


「いやはや。長らくイビルウィードは嫌われておりましたが……。農作物の守護者となってくれますかな」

「僕もそれを期待してます。秋口には結果が出るかなとは思いますので」


 ケンネルは穏やかに笑みを浮かべて頷いた。

 さて。アシュレイとケンネルの通信機でのやりとりを聞く限り、シルン男爵領は概ね平和なようだが……こちらにも念のために地下通路と避難部屋を作っておくことにしよう。備えあれば憂いなしという奴だ。




「――友好的な魔物との共存ですか」


 夕食の席には冒険者ギルド、シルン男爵領支部のベリーネも呼ばれた。

 俺とアシュレイは婚約しているし、将来を視野に入れた場合、俺の掲げる方針はシルン男爵領も無関係ではいられないだろうからな。しっかりと話を通しておく必要がある。

 イビルウィードの鉢植えを持ってきたのも、そのへんの理屈を分かりやすく説明する目的を兼ねていたりするのだ。


「ですね。ヴェルドガル王国もそういう方針を掲げて動いています。冒険者ギルドのほうはあまり心配していませんが」

「確かに……。海で溺れた冒険者がセイレーンに助けられて恋に落ちる話だとか、彼らの間では人気ですからね」


 ベリーネは苦笑する。


「環境で魔物の気性が穏やかになるということでしたか。イビルウィードを見る限り正しいようではありますな」

「そうですね。言葉を重ねるより、実例を見せたほうが早いと思いましたので。それに、彼女もラミアですからね」


 俺からイルムヒルトの紹介をすると、ケンネルとベリーネの視線がイルムヒルトに注がれる。


「ご紹介に与りました。ラミアのイルムヒルトです」


 イルムヒルトは少し気恥ずかしそうに畏まると、はにかんだような笑みを浮かべて一礼する。ケンネルとベリーネは予想外だったのか、驚いたように目を丸くした。


「えっと。人化の術を解いたほうが良いのかしら?」


 と、小首を傾げて俺とアシュレイを見てくる。


「そうですね。爺やにも見てもらったほうが早いでしょうから」


 当主の許可が出たので、食卓から少し離れてイルムヒルトが人化の術を解いた。


「これは……驚きましたな。なるほど。確かに……穏やかなお嬢さんだ」

「実際に接してもらわないと、分からないことは多いですからね」

「それは……冒険者達と話す機会も増えているので痛感しておることですよ」


 そんなふうにケンネルは苦笑いを浮かべた。


「その、もしよろしければ、一曲お聴かせしたいのですが」


 イルムヒルトはリュートを取り出して、演奏を始めたいようだ。まあ、そうだな。自分のことを分かってもらおうとするなら、彼女の場合それが一番早いし自信もある部分なのだろうから。


「それは……興味がありますね」

「確かに」


 ベリーネは楽しそうに笑い、ケンネルは真剣な面持ちで頷く。ケンネルは勿論だが、ベリーネもラミアと会うのは初めてなのかも知れない。


「では……」


 イルムヒルトは微笑みを浮かべると演奏を始める。

 素朴な音色と、澄んだ歌声。2人はすぐにその音色に聞き惚れるように耳を傾けていた。うん。なかなか好感触である。

 伯爵領では多少のトラブルはあったが、男爵領は色々順調だな。

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