番外1422 生誕の喜びを
各所への連絡を回し、応対をしながら待つ。明け方なので連絡までは少し待つ事になったが、王城のメルヴィン王達やグロウフォニカ王国のバルフォア侯爵といった面々はローズマリーの予定日当日だからか、連絡要員を待機させてくれていたので伝達はスムーズなものだった。
しばらくすると返信もありアルバートも少ししたらこちらに来ると言っていた。
アルバートはマルレーンの暗殺未遂事件の犯人がローズマリーなのではないかと疑念を抱いていたからな。誤解も解けて和解しているが、だからこそアルバートとしてもローズマリーを気にかけている。
昨今のローズマリーの現状についてはアルバートも喜んでいて、その子供の誕生についても祝いたいという想いがあるのだろう。
そうして各所への連絡も終わり……ケンタウロスのシリルが朝食用のおにぎりを運んできてくれた。
待合室の隣室で食事をとる。生活魔法と魔道具で衛生管理は徹底しつつ、ロゼッタとルシールにも交代で食事をとってもらうというわけだ。
「ありがたい事ね」
と、ロゼッタは笑みを見せてシリル達にも礼を言っていた。
通達に腹ごしらえも終えて……後は無事を祈りながら待つだけだ。
俺と共にみんなもローズマリーとその子供の無事を祈る。少しするとその力が周辺に集まってくるのが分かった。マルレーンも祈りを捧げながら、その温かな魔力ににっこりと微笑んで、また祈りに没頭していく。祈っている時のマルレーンは真剣な表情そのもので……ローズマリーのしていた事への想いや誤解が解けてからの関係性を大切に思っているのが伝わってくる。
誰かの無事や幸せを願うのが祈りの力になるが……そうだな。こうして沢山の祈りの力が集まってくるのは、ローズマリーの事をみんな理解してくれているから、なのだろう。
ローズマリーは偽悪的なところはあるし自分の選択に対して言い訳を並べ立てる事もしない。やる時は徹底するといったような苛烈な部分もあるけれど……それでも王族としてヴェルドガルの平穏を望んでいた。
暗殺未遂事件の犯人を捜す事とて、自分が疑われたからとローズマリーは動機を口にしたけれど、その実はマルレーンの事を心配していたというのもあるのではないだろうか。
ローズマリーの場合単純なものではなく、複合的な理由、合理的な理由を持っての行動というのも、確かにあるのだろう。
ただ……こうした祈りの力の集まり方を見る限り、ローズマリーの性格や性質も身の回りの人にきちんと伝わっている。
自身の本当の性格や感情を見せるのが苦手で……だけれど、本質的なところで王族としての気質や誇り高さがあるし、露悪的、偽悪的な部分に隠した善良さもあって。
そういったローズマリーの気質を好ましく思っているのは……俺だけではない、という事だ。
「ローズマリー様はさり気なく気遣いをして下さいますからね。祈りの力も大きくて喜ばしい事です」
「水仕事で手指が荒れないようになると、野草から作れる軟膏の調合方法を教えて下さいました」
そんな風に言って笑みを見せるのはセシリアとアルケニーのクレアだ。他にもローズマリー自作の鎮痛剤、解熱剤を分けてもらったとか、よく利く傷薬の種類を教えてもらったという使用人や文官、武官もいるな。
さり気なく、と言っているがローズマリーはそういう場合そっけなく、といった方が正しいか。それでも感謝しているというのは使用人達の反応を見ると分かる。
フォレスタニア城のみんなや、各国の面々。そういった人達からの祈り……想い。それらを受けて束ねローズマリーとその子が無事であるようにと、力を高めていく。
『みんなの祈りの力も……きっとマリーに届いているはずだわ』
『私達の時もそうでした。テオやみんなの想いと一緒に祈りの温かさが届いて、心強く感じていましたよ』
水晶板越しのステファニアの言葉に、グレイスも笑みを見せる。
待っている側というのは、できる事が少なくて焦れてしまうものだが……二人の言葉はありがたい。自分の時の場合に思いを巡らせているのか、シーラとイルムヒルトも頷いたり目を閉じたりしていて。
『こっちの事は私も一緒にいるから任せてね。心配しないで大丈夫よ』
と、そう言って微笑むのは母さんだ。フォレスタニア城の上層で、グレイス達と待ってくれている。お産は時間がかかるものだし、グレイスは大分復調していたとはいえ、ステファニアやシーラ、イルムヒルトは安静にしていなければならない。だから、母さんはグレイス達やオリヴィア達に付き添ってくれるとの事で。
「うん。ありがとう。みんなも身体を休めて、無理はしないようにね」
母さんにも礼を言って、グレイス達にそう伝えると『わかりました』と応じてくれる。
待合室に来ているみんなにも、祈るのは嬉しいが程々の所で身体を休ませるように、と伝えつつ……水晶板越しに連絡を取ってきた面々にも現在の状況を知らせていく。
その内にアルバートも顔を出して、マルレーンと一緒に祈ったりしていた。お祖父さん達もだ。お祖父さんにとってはローズマリーの子は曾孫に当たるけれど、シルヴァトリアの為にザディアスと戦ってくれた恩人でもあるし。
祈りの合間に休憩を挟み、各所からの連絡に応待する。そうして少し気を揉みつつ落ち着かない時間が過ぎて行く。昼が過ぎ、夕方頃になって……待ち望んでいた声が聞こえる。
産声だ。それはつまり、生まれてきた子も元気だという事で。すぐにルシールが戸口から笑顔を見せて教えてくれた。
「母子共に無事で、元気な女の子ですよ……!」
ああ。母子共に無事という、その言葉を聞けるのが……本当に嬉しい。循環錬気で二人とも健康であるというのは分かっていた事だけれど、それでも母体の負担は大きなものだし、新生児はまだまだ不安定だから。
「ああ……。ありがとうございます」
安堵と共にルシールに一礼すると、目を細めて頷き、処置の為に戻っていく。
程無くして部屋に入っても大丈夫とロゼッタが伝えてきて。少し逸る気持ちを抑えるように深呼吸してから部屋に入ると……そこにはローズマリーがお包みに包まれた赤ん坊を抱いて腕の中のその子に微笑んでいた。
時折羽扇の向こうで浮かべる事もある表情だが……流石にこの場には羽扇も持ち込めないからな。明るい室内で見ると、中々に破壊力の高い表情だ。
俺が入ってきたのを認めると、こちらに視線を向ける。
「ああ、テオドール。みんなも」
顔を上げてこちらを見た時には自信に溢れるローズマリーの笑みといった印象だ。流石に少し疲労の色はあるけれど。
「おめでとうございます……!」
「本当に。無事で嬉しいわ、マリー」
「良かった、マリー様」
『お疲れでしょうし、ゆっくり休んでくださいね』
アシュレイやクラウディア、エレナ。グレイスが祝福や気遣いの言葉をかけると、ローズマリーも頷く。マルレーンもにこにことした笑みを見せ、ステファニア、シーラ、イルムヒルトも水晶板モニターの向こうでローズマリーと赤ん坊の無事を喜ぶ。
「そうね。無事に生まれてきてくれて、わたくしも嬉しいわ」
「ああ。二人とも無事で、本当に良かった……」
俺がそう答えると、ローズマリーはまたふっと表情を柔らかいものにして……赤ん坊をそっと腕に抱いたまま少しだけ姿勢を変え、その顔を良く見えるようにしてくれる。
「髪の色はわたくし寄り、ね。瞳の色はどっちに似ているかしら」
「ん……。目を開いてくれる時が楽しみだな」
そのどちらであっても嬉しいというか。魔力もかなり高いものを感じるが、やはり俺もローズマリーも魔術師だからというのはあるな。魔力の素質は引き継がれる部分が多い。
「それじゃあ、名前を呼んでやらないとね」
「ええ」
名前は――男の子の場合と女の子の場合で、前もって決めているからな。ローズマリーと頷き合って、二人でその名を呼ぶのであった。
「初めまして、エーデルワイス」




