番外1420 日常と訓練と
というわけでローズマリーの予定日に向けて……日常の執務を行いつつみんなと一緒に過ごして、穏やかな1日1日が過ぎて行く。
オルディア達はと言えば――装備品を身に着けたままで訓練を開始するという事になった。
そうなると解呪を待っているテスディロスがやや出遅れてしまうところはあるのだが、その辺の解決策も思いついたからな。オルディア達も気兼ねなく動けるだろうというわけだ。
逆転の発想というか、変身後のテスディロスの元々の力を、1割程制限するリミッターのような封印術を施す事で問題はなくなる。
ただし仲間内での訓練には瘴気を使う事はできない。
そんなわけで……通常の訓練ならば覚醒能力や瘴気を使わず身体能力のみでの訓練を行い、覚醒能力を使った実戦に近い訓練がしたいとなったら迷宮へと出かけるとすれば良いわけだ。
「力の減少幅は分かっているからね。契約魔法で状況と状態を判別して、訓練中に変身した後の制限の仕方の構成を変えれば良い。組み込まれた契約魔法自体は、解呪に伴って契約満了で効力を失効する、と」
『凄いものだな』
水晶板の向こうで感心したように変身状態のテスディロスが頷く。通信している先は城の一角に用意された練兵場、訓練場だな。俺は俺で、執務を終えたのでみんなと一緒にのんびりしているところである。
テスディロスに施したのは今までと同じ封印術であるが……その構成を変えて契約魔法と組み合わせる事で、普段は種族特性封印を行い、訓練モードなら1割のリミッターがかかるようにしているわけだな。
勿論、現時点での実戦に臨むならば今まで通りに封印術を解除すれば良いわけで。そうした封印術はこれまで通り、術を固定する魔道具で維持してやればいい、と。
「みんなから集めた情報と迷宮核で色々と予測して割り出したからね。制限を受けた状態での身体能力と解呪後の身体能力はかなり近いんじゃないかな。ただ……魔力と瘴気でも扱いやすさが違うようだから、能力使用の感覚は違ってくる」
『分かった。その点は留意しよう。武器や身の守りも少し違うしな』
そうだな。瘴気槍だと影響が大きいから訓練用の槍という事になるし、防御面も瘴気による防壁等は使えない。あくまで身体能力の感覚を身に着ける訓練だけに主眼を置いたものではあるが……先行して訓練できるというのは結構大きいはずだ。
「訓練用の槍はまあ……間に合わせではあるけれどね」
『ほぼミスリル銀の塊から作られているのだろう? 十分だ』
テスディロスは笑う。重さや長さ、形状等を専用装備に近い形になるように形成した、ミスリル銀を主に使った槍だ。
作った、と言っても光球の術式に溶かして成形し、構造強化で間に合わせたものなのでビオラ達はノータッチだったりする。後は要所要所にバリュス銀等を配合したりして、少しだけバランスなど整えてはいる。
「あくまで訓練用だからね。それなりに頑丈ではあるけれど、その槍も後で素材に戻せるように作ってあるし。もし実戦になるような事があったら、瘴気槍で応じて欲しい」
『承知した』
そう言って、テスディロスはみんなとの訓練の場に向かっていく……というところで、マルレーンがにこにこ笑みを見せて祈りの仕草をすると、クラウディアが笑顔で頷き、訓練の場にいるオルディア達。それに一緒に訓練に参加しているユイとヴィンクル、ルベレンシアやアルハイムにカストルムといった面々が月女神の加護を纏った。
初めて月女神の加護を受ける面々は興味深そうに自分の手足を眺めて目を瞬かせたりしているが。
『なるほど。確かにこれならば訓練中に瘴気の影響は受けないな。俺もまだ不慣れだから安心して訓練できる』
『ありがとうございます、お二方とも』
テスディロスが頷き、オルディア達がモニター越しにお礼を言うと、クラウディアが「ふふ、どういたしまして」と答えて、マルレーンもにこにこしながら応じていた。
そんなわけで、みんなで訓練風景を見せて貰いながら過ごす。
「ん。身体が鈍りにくい分、内容の濃い訓練を見ると血が騒ぐ」
「それはある、かも知れないわね。とは言え高水準な訓練風景を見る事でも学べる事は多いわ」
シーラの言葉にローズマリーが同意する。
「動けるようになった時に備えて予習しておこうかしら」
イルムヒルトもそんな二人のやり取りを受けてそう言うと、みんなと共にモニターの向こうに目を向ける。
とは言え身体能力や反応速度といったものの水準は循環錬気で維持されているからな。ブランクがあっても然程の低下はないだろうと思われる。まあ、みんなとしても身体を動かしたいと思うだろうし、動けるようになった時に備えて考えを巡らせたりイメージトレーニングをしておくというのは良い事だろう。
というか……割と現役から退く事は考えていないというか。鍛えた分だけしっかり維持しておきたいと考えているようだ。
「迷宮核内部の仮想空間みたいに、意識だけで訓練できる設備を作ってみるのも良いかもね。実戦の勘みたいなものも持続できるし訓練では試せない事も試せる」
循環錬気と併用すれば身体能力との乖離が出る事もなさそうだしな。ポッドのような形にすれば設備を大型化しなくても良いし、長期睡眠などでも応用が利きそうな技術ではある。というか……BFOのようなVRそのものか。
VR技術の発達と共に妊婦や怪我、病気で外に出られない面々も気軽にロッククライミングやスカイダイビングのようなアクティビティが楽しめると、そんな売り文句で売り出していたソフトもあったな。グレイスとステファニアの子供達は誕生したけれど、これからローズマリー、イルムヒルト、シーラが出産を控えているしな。
先々の事を考えれば現在年少組の面々も行く行くは、という事になるし、第二子、第三子という事も有り得る。
戦闘訓練に限らず気軽に気分転換できるというのは……うん。良いのではないかとも思う。
後々の並行世界への干渉も考えると、ここで得られるノウハウを更に蓄えておくのはありだな。
というわけで試しに仮想空間での訓練の話をしてみると、みんなも興味がありそうにこちらに視線を向けてくる。
「それは――有難いですね。動けない時に付き合ってもらうというのも申し訳ない部分がありましたし」
「確かに。実戦から離れてしまうとその辺の影響もありそうですし」
グレイスが笑みを見せてエレナが笑う。うん。子供達の事が疎かにならないように外の様子や身体の状態は把握できるようにしておいたり……そもそも子供達も一緒に来られるようにしておいたり。そんな工夫は必要かも知れないが。……と、この辺の技術もVRマシンには搭載されていたんだっけな。
「まあ、その辺はどうしてももうしばらく先になる……かな。マリーの予定日ももうすぐだし、万全の状態で待っておきたいから」
「ん……。そう、ね。それは安心だわ。うん」
俺がそう言うとローズマリーは羽扇で口元を隠しつつ、目を閉じて頷いていたりするが。
そんなローズマリーの反応にシーラがうんうんと頷いたりして、みんなもにこにことしていた。
モニターの向こうではテスディロス達がオズグリーヴの作った煙の獣相手にアクロバティックな動きで訓練をしていたりするな。あれはあれで、オズグリーヴにとっては能力操作の訓練になるようで。
そんな訓練を眺めつつ、オリヴィア、ルフィナ、アイオルト達の体調を診たり、柔らかい産毛やふっくらとした頬をそっと撫でたりして俺達はゆっくりとした時間を過ごすのであった。




