番外1414 ゼルベル解呪に向けて
というわけで、氏族の面々とスケジュールを合わせつつ、ゼルベルの解呪に向けて準備を進めていった。祝いの規模はそこまで大きくないので少し調整すればゼルベルの目につかないように祝いの準備を進める事ぐらいはできるな。
その間、ゼルベルの目を引いておく必要があるので、みんなの訓練に付き合ってもらう、と言うわけだ。というかゼルベルの場合……格闘術を得意としているが技が対人の技術体系と違う点があるのでこちらとしても色々興味がある。
通常との違いと言うのは――目的や経緯を考えれば分かる。
リュドミラを守るというのもそうだが、共に魔物を狩って、負の感情という魔人にとっての食糧を得る為に実戦の中で研鑽されたものだからだ。
だからゼルベルのそれは通常の格闘術とは異なる。戦闘能力を奪うための技。四足の獣を狩る為の技。オーガやオークといった人型の魔物を効率よく破壊する技。そういった技で構成されているようだ。合理的に洗練されてはいてもそれはゼルベルの独学なのだろう。
というわけでゼルベルの技を実演という形で見せてもらった。
「相手がいないところで素振りをするってのも気持ちが乗らんな」
という事らしいので、色んなタイプのゴーレムを構築してそれらを相手してもらう。
四足の獣であれば上方から強襲するような動き。真正面から頭部、頸部を破壊するような技といった動きが見られるな。
口を開けて迫る犬型のゴーレムに真正面から口腔内部への貫手を見舞ったり、膝と肘で大顎を外側から挟むように叩き潰す迎撃技を放ったり、爪を受け流してから肋骨の隙間に貫手、というのもある。
「どっちかっていうと、獣にとって重要なのは前脚の方だって考えててな。身体を支えて止まったり、繋ぎの動作を作るのは前脚。そこから身体を推し出して加速するために後ろ脚を使う。だから基本的に後退は苦手な奴が多いし、前脚が動きに先行するってわけだ。そこから動きを予測したり、前脚やそこから繋がる――人間で言えばこのあたりに相当するか。この辺に攻撃を加える事で動きを悪くする事ができるってわけだ」
肩や肩甲骨の靭帯あたりを示してゼルベルが言った。前脚そのものは口腔があるから守りやすいが、背中側は難しい。動きを鈍らせ、弱らせる布石とするならそこというわけだ。
そもそも魔物に限らず獣は痛みに強く、戦闘中や非常時は少々の怪我でも無視して攻撃や逃走に転じる事が多い。だから構造を壊す事でどう動いても動きの精細を欠くようにしたりするわけだ。つまり――攻撃を加える場合の優先順位の高い部位になる。
戦いに勝つ事にも繋がるのだろうが、弱らせて負の感情を食らうには必要な事なのだろう。逆に確実に仕留めるなら頭部や頸部を狙うのだとゼルベルは教えてくれた。
牙を武器としているのか。爪も武器として使えるのか。毒やブレス、再生能力の有無等々……色々他にも考える事はあるそうだが。
「エインフェウスの対魔物の格闘術にも通じる思想が見受けられますな。我らは獣人同士での研鑽もありますが、魔物を相手にする事も多いですし」
格闘術という事でイングウェイも参加しているが……そんな風に言ってゼルベルの言葉に頷いていた。ああ。エインフェウスもそうなるわけだ。ゼルベルとは戦う目的が違って、魔物対策となると迅速に相手を仕留める、というのが求められる。素材も欲しいのでなるべく綺麗な形で仕留める、というのがエインフェウスでは求められるので、その辺も含めてイングウェイにも実演してもらった。
頭上から狙うような動きというのはイングウェイも共通している部分はあるな。但し死角から闘気の爪撃を放ったり、反撃を受けるリスクは減らしている。
この辺はゼルベル自身の再生能力という特性が影響している部分もあるのだろう。肉を切らせて骨を断つが地でいけるというか、被弾を気にせず相手を仕留めにかかれる部分がある。ゼルベル曰く再生すると言っても痛みを感じるので滅多にしない、だそうだが。
確かに捨て身だからと成功するとは限らない。賭けになってしまう部分はあるので仕方がない時以外はそうした戦法は取らないというのはあるのだろうが、エインフェウスの技術に比べると幾分か安全マージンが低いという話だな。
ゼルベルもそこは理解したようで「これから先はもっと安全性の高い戦い方を模索する必要があるな」と呟いていた。
「対象や目的が違うとやっぱり同じ格闘の括りでもかなり違いが出るんだね」
ユイが話を聞いてふんふん、と頷き、訓練に参加している面々――テスディロスやオズグリーヴといった面々も興味深そうに見学している。
「ユイの場合は格闘術も使えるけど、対人戦に比重を置いた部分が大きいからね」
対話でユイに戦い方の基本となる部分を教えたのが俺だし、ゲンライやレイメイも鬼の身体能力を近接で活かさないのは勿体ない、と考えている。
俺もその辺は同意見だ。格闘術と仙術は相性もいいし、鬼門もそれを活かせるからな。ラストガーディアンの成すべき仕事を考えた時……対人に重きが置かれるというのもあるか。ヴィンクルも相手をしてくれるが、直立姿勢のままで戦えるし空も飛べるので竜はまた話が変わってくるしな。
ゴブリン、オーク、オーガといった対人型の魔物への格闘術も……ゼルベルの場合は反撃能力を奪いつつ無力化する事に重きが置かれているという感じだ。但しそれはその場だけの事。戦いの後で生きていける程度の損傷かどうかは関係がない、というような印象が強い。
「もう少し手を加えて非殺傷を目指せば鎮圧用としても使えそうだね」
「ふむ。今までは必要としていなかった技術ではあるが、それも確かにな。生き方が変われば戦い方も変える必要もある、というわけだな」
俺の言葉に顎に手をやって目を閉じ、思案しているゼルベルである。
そんな調子でゼルベルに色々と実演してもらってから、みんなで四足の魔物への対処法を練ったりといった時間を過ごした。
ゼルベルにとっては解呪後の訓練、実戦での動き等々に関わるもので、今までと変えなければいけないものではあるのだろうが……そうして話し合っている時は何となく楽しそうに見えた。
課題が見えている状態というのは……そこに向けて進んでいいから楽しいというのは分かる。行き詰まっての工夫、形になるまでの苦労というのはその後にやってくるものだし……そういう研鑽を元々苦にしていないからか、みんな楽しそうだ。
祝いの準備のためにゼルベルの注意を引いておく、というのが第一の目的としてあったが、格闘術に関しては色んな角度からの意見交換ができて大分有意義な時間になったというか。ユイだけでなく俺にとっても参考になったな。ゼルベルも安全マージンを取る事の重要性を考える切っ掛けになったようなので、きっと当人やリュドミラにとっても良い事なのではないだろうか。
さて。そうしてゼルベルを交えて訓練等をしている内に氏族達の準備も進んで――解呪の儀式の道筋も整った。
グレイスとオリヴィア。ステファニアとルフィナ、アイオルト。それからローズマリー、シーラ、イルムヒルト。みんなの体調も安定していて心配はいらないのでこのまま解呪儀式も予定通りに進めていって問題ないな。みんなの体調が良いという事で、アシュレイやマルレーン達……年少組も上機嫌でにこにことしていた。
というわけで今回も儀式の祭司役は俺が務める。祭具、触媒など諸々の準備をし、ゼルベル、リュドミラを始めとして参列する氏族を連れて俺達は慰霊の神殿へと向かったのであった。
いつも境界迷宮と異界の魔術師をお読み頂き、まことにありがとうございます。
1エピソード語り忘れるというミスをしておりましたので、エスナトゥーラの解呪儀式にまつわるお話を1話分加筆し、
新たに『番外1411 母から子へ、子から母へ』というエピソードを追加しています。
それに伴い、番外1410の終わりと、番外1412の冒頭が繋がるように加筆修正をしております。
これらの詳細に関しましては活動報告でも告知おります。
読者の皆様にはこちらのミスからご迷惑をおかけしました。
こうしたミスをしないよう気を付けてお話を進めて参りたいと思いますので、これからも本作品におつきあい頂けたら嬉しく思います。




