番外1401 神殿と精霊達
慰霊の神殿に関する人員が増えるというのは神職に絡むという事もあって、ペネロープにも話を通した。
神殿、神職とは言っているが、別に新興宗教を開きたいというわけではないのだ。
ヴァルロスとベリスティオもクラウディアの事は尊き姫君と尊重してくれていたし、月神殿や四大精霊王の信徒との関係が良好であるならそれに越した事はない。
そんなわけで話をしてみると、慰霊の神殿での神職としての修業の指導と共に、月神殿の巫女、神官達も始祖の魔人達の鎮魂を祈りたいと……そう申し出て来てくれた。
「先の戦いの記憶を留め、後世の平穏の礎とする事は必要な事でしょう。協力させて頂けたら嬉しく思います」
そう笑顔で伝えてきて。ペネロープは慰霊の神殿の今後の立ち位置等々についても相談に乗ってくれる、という事である。
そもそも俺は月女神の夫という立ち位置でもあるからな。月神殿としても関係は密にしておきたいという部分はあるのだろうが、今まで同様に政治的な面では影響を与えないようにしたいそうだ。そういう背景もあって、月神殿は俺達に配慮してくれている部分も多い。
だからこそ月女神と四大精霊王、諸々の加護を受けた場所であると明らかにするのが良いだろうとの事である。まあ……実際四大精霊王との関係が良好で、冥府とも繋がりがあるので、何ら間違ってはいないな。
「慰霊の神殿は……少し特殊な立ち位置の神殿と対外的に公表してしまっても、問題は起こらないと思います」
ペネロープは神殿の実際の所について説明してくれた。信仰する対象ごとに神殿が分かれているが、多神教に近いからな。
「互いの神殿の訪問者が交流して意見交換をする事も多いとお聞きしました」
「はい。神々や高位精霊に関わる身として、他の神殿の方々と交流する事は有意義な事ですから。どこの神殿の方々とも関係は良いものですし、不仲というのも聞いておりません。実際に……シュアス様と四大精霊王様達の関係も良好ですからね。慰霊の神殿に関して言うのであれば……どこの神殿であると厳密に分ける必要もないかと」
なるほどな。実際神官、精霊達は信仰する神格の意に反する事をしていては祈りの力を使えない。慰霊の神殿については歓迎してくれているからな。墓参りのように慰霊の神殿に祈りを捧げるという事も問題はない。
バハルザードでは水精霊の信仰が厚いが、これならばバハルザードからに限らず、あちこちから神職を迎えたり、巡礼者を歓迎しても問題はなさそうだ。
「慰霊の神殿に巡礼して下さるという事でしたら、私達としても嬉しいですね」
と言ったのは顕現してきたマールだ。土の精霊王であるプロフィオンも同意すると言うように頷く。
「そうさな。テオドールの考えに賛同してくれるという事でもある。神職としても我らの気持ちに沿うものではないかな」
「祈りの効果が高くなりそうだな」
プロフィオンの言葉を受けてラケルドも顎に手をやって言う。
「というわけだから、私達の事を信仰してくれている人達の事は心配しないで大丈夫だよ! 時期が来たらちゃんと神託でも伝わるようにしておくからね!」
ルスキニアが明るい笑顔で言った。「それは……ありがとう」と笑って礼を言うと、四大精霊王の面々も笑顔で応じる。
「指導についてはどうでしょうか?」
「各宗派は各々の奉ずる方々を身近に感じるために特性に合わせた専門的な修業をしている部分もありますが……その方向性や方針としてはどこも大きくは変わりません。ですから、指導に関しても問題はないと思います。独自の発展をしても、それはそれで大きな問題も起こらないでしょう」
ラケルドを信仰しているなら篝火、マールを信仰しているのであれば清らかな水、ルスキニアならば風そのもの、プロフィオンなら鉱石や収穫物といった具合に、少しばかり祈りや修業の際に使われるものが異なる。儀式における触媒のようなものだな。
月神殿の場合は月に祈りを捧げる兼ね合いもあって、巫女や神官達が天文に詳しくなっていたりもするが。
ペネロープは神殿についてそう見解を聞かせてくれた。水晶板越しに話を聞いていたメルヴィン王やジョサイア王子も問題はない、と頷いてくれた。
慰霊の神殿の立ち位置としてはこれで問題なさそうだな。後は……外からの受け入れに伴い、慰霊の神殿に滞在しやすいように各信徒に配慮した体制や設備を整える必要があるが……。
この辺は事前に文献等で予習をすると共に、各信徒の関係者から細やかな部分を聞き取りたい。細やかな配慮がなくとも割と大らかな対応をしてくれるようではあるが、尊重している事が伝わればあちらとしても悪くは思わないだろうからな。
「上手く纏まったようで何よりですね。マール達も大分喜んでいました」
話し合いや相談の結果を受けてティエーラがそんな風に言って、状況を歓迎してくれた。コルティエーラも本体の宿る宝珠を腕に抱えて明滅させながらこくこくと頷く。
「そう言えば……始原の精霊の方々への、信仰はどうなっているのでしょう?」
エレナが首を傾げて尋ねる。そうだな。精霊達は向けられる感情による影響も受けるからその辺が始原の精霊の場合どうなっているのか気になるというのは分かる。
「精霊への親しみや感謝は力として流れ込んでいるように思います。とは言っても、私達の場合は規模が大きいので、そこまで感情や信仰による影響は出ないのですが」
「存在も伏せられているし、話に聞いていると神格というのも違うものね」
そう言って頷くジオグランタである。まあ、そうだな。
始原の精霊の場合、存在規模が違うというか……寧ろ星の環境全ての大本でもあるので、神格と存在自体が一致しているようなところがあるのだろう。
ベルディオーネ女王の場合は――精霊界の主を引き継いだ立場だが、冥府の場合は成り立ちが人々の死への畏れや死後の安息を願う気持ちといったものによって形作られた。
始原の精霊とはまた違って特殊な立ち位置ではあるが人の影響を大きく受けているという点から言って、通常の精霊達に近い部分もあるな。
冥府深奥の根源の渦に関してもティエーラの力と繋がっている部分はあるが、そこから派生して人に大きな影響を受けた精霊達、といったところだ。
「精霊との仲が良好なのは……私達としても喜ばしい状況である事は間違いない、わ。精霊と地上に生きる子達と……一緒に、強く、たくましく育っていって欲しい」
コルティエーラがそう言ってふっと目を細めて柔らかい笑みを見せる。
あちこちから巫女や神官が訪れれば精霊への信仰心も増すだろう。それが始原の精霊当人達に大きな影響を及ぼすわけではないが、ティエーラ達としては地上の民と精霊達との仲が良好なのは歓迎との事である。
「強い子達、と言えばオリヴィアもそうだけれどテオドールの子供達はそうよね」
「オリヴィアは――ジオグランタとの絆でもありますね」
ジオグランタがそう言うと、ティエーラも頷く。
「そうね。私の影響を受けたり、系譜として苦労を掛けてしまったのは申し訳なく思っているけれど……」
メイナード卿の子孫……そしてジオグランタの因子を受け継ぎつつもルーンガルドの生まれ。そう思うと、ジオグランタがオリヴィアを心配したり目をかけてくれているというのは分かる気もする。
「メイナード卿もグレイスも……確かに苦労はしたと思うけれど、力がある事には感謝している部分もあるんじゃないかって思う。オリヴィアは……うん。俺がしっかりする」
力の使い方を間違えず、種族特性で苦労もしないように。支えられるところは支えていきたいな。そう答えると、ティエーラ達は微笑みを見せていた。モニターの向こうでグレイス達も目を細めて穏やかな表情を浮かべる。
ティエーラ達はオリヴィアだけでなく、続く子供達の誕生を喜んでくれているようで。俺としても嬉しい事である。