番外1397 ローズマリーの心配は
「それじゃあ、生地に関しては責任を持って預かるよ」
「よろしくお願い致します、アルバート殿下」
アルバートはオズグリーヴから防具用の生地が入った布の包みを受け取る。アルケニーの糸で作られたそれは、竜鱗や魔石と合わせてオズグリーヴの専用防具となる予定だ。軍煙の能力を鑑みてゆったりとしたローブではあるが、防御能力は相当高くなるな。
武器に関しては腕輪だが……こちらはやはり竜素材から作られる。ミスリル銀をベースに内側に魔石を埋め込み、外側を竜の爪で補強するといった感じの作りになるだろう。
竜素材で武器を作る場合、魔術師には竜の爪。戦士には竜の牙の方がより適している、とされる。爪も牙も魔力と闘気どちらにも高い適性があるのは事実であるが、どちらがより向いているか考えた場合こうなる、というわけだな。
テスディロス達の専用装備を作る際も、これを念頭に置いている。
オズグリーヴは武芸も身に付けているが、能力を主軸にしつつ技で補強する、というのが最も力を発揮できると言っていた。バトルメイジと戦い方が似ているし、オルディアも能力を主軸とした戦い方を得意としている。
要するに特殊な魔力をメインとして術を使っているわけだ。なので魔法の発動体としての役割に重きを置いて竜の爪にしたというわけである。
テスディロスとゼルベルに関しては戦い方からしても瘴気の性質からしても、解呪後は闘気を使う事になるだろう。それを能力で補強するといった具合になるので竜の牙が武装として使われる事になるな。
エスナトゥーラはバランス型だ。鞭に関しては爪と牙の両方を組み込むのが望ましいと思われる。
まあ、各々の武器に関してはこういった内訳になるか。
オズグリーヴの解呪を祝う宴会も終わり、アルバート達も生地を持ち帰り、早速オズグリーヴの武器作りに向けて動いていく、との事だ。
「実感としては武器防具がない状態でも早々遅れは取らないとは思いますが――」
オズグリーヴはそんな風に思案しながら言うが、レドゲニオスやイグレット達が心配そうな表情を浮かべた。オズグリーヴは苦笑し、動きを制するように掌を向ける。
「分かっている。私とて仲間に負担をかけて危険に晒すのは本意ではない。武器と防具が出来上がって十分に慣れるまでは無理をしないとお前達とも約束しよう」
オズグリーヴとしては実感としては護衛はいらない、と言いたかったとの事である。
「それは――良かったです」
「テオドール様とご一緒なら安心ではありますが、無理はなさらないで下さいね」
俺もそんなやりとりに笑って頷く。
「まあ、感覚の違いは馬鹿にできないからね。解呪してもオズグリーヴの能力が高いのは事実だから滅多な事は無いとは思うけど、何かあっても連係して、無理はしないようにして欲しい」
「そうですな。皆を悲しませるのは不本意ですから」
オズグリーヴはそう言って応じていた。
「武器と防具が出来上がってきたら、一緒に訓練しようね……!」
「良いですね。オズグリーヴ様の武芸や対応力は学べるところが多そうに思います」
明るい笑顔でユイとオルディアが言う。
「ふっふ。そうですな。お二方の参考になれば良いのですが」
ユイ達の言葉にオズグリーヴもつられて楽しそうにしている。
オルディアに関しては――武器防具の増強と魔力の感覚をユイとの訓練で模索しているという事もあって、どちらかというと感覚の矯正というよりは解呪後の戦い方の模索と構築に近い。
ユイが杖術にも理解があるという事で結構な高水準な訓練が行えているのでオルディアも戦い方の完成度をみるみる上げているという状況だ。
オズグリーヴの場合は元々の研鑽に加えて煙の能力の殆どは同じように使えるようなので、新しい戦い方の構築というよりは新しい感覚への修正作業という事になるが……自由度の高い能力を持つオズグリーヴが訓練に参加するようになれば、オルディアは勿論ユイも更に色々な状況への対応力も上げてくれるだろう。
テスディロスとウィンベルグ、ゼルベルも「それは確かに楽しそうだ」とそんな風に言って頷き合い、グレイスも「復調したら私も参加したいところですね」と言って笑みを見せる。
「ん。いずれは私も参加したい」
「それはまた……訓練も凄い事になりそうね」
と、シーラとイルムヒルトが楽しそうに言うのであった。
そうしてオズグリーヴ解呪祝いの宴も盛り上がりを見せ、また明くる日から日常が戻ってくる。
今月は……まずステファニア。続いてローズマリーの出産予定日が、少し日数を置いて続く。
日数は多少前後する事はあるだろうが、順番は変わらないだろう。
「ステファニア様と御子もですが、ローズマリー様も母子共に往診の結果は良好で……問題はないようです。このまま安静にしていただきながら経過観察を続けていきたいところですね」
往診に来てくれたルシールが、所見についてそう教えてくれる。
「ありがとうございます。細やかに対応して下さるので僕としても安心できます」
「いえいえ。テオドール公とロゼッタ様のご協力があってこそ、こうやって動きやすくなっているのだと思っておりますよ」
ルシールはそんな風に言って、一礼してから退室していった。経過も順調という事でみんなも機嫌が良さそうだ。
「往診の結果も良くて安心しました」
「まあ、わたくしよりも双子を抱えているステフの方が大変だもの。まずはそっちに集中するのが良いと思うわ」
アシュレイがにっこり笑うと、ローズマリーが羽扇で表情を隠しつつ言った。
「確かに双子だけれど、大変なのはマリーも一緒だわ。私達の間に差は設けない。そうでしょう?」
「確かにね。マリーもあまり自分を後回しにしないで、何でも相談して欲しい」
ステファニアの言葉に同意すると、ローズマリーは思案するような様子を見せる。
「んん……。そうね。出産自体は信用しているから不安は然程ないのだけれど……その、最近になって考えてしまう事、ならあるわ」
「というと?」
首を傾げて尋ねると、ローズマリーは少し逡巡した後で口を開く。
「その……わたくしは自分で思っているよりも子供が嫌いではなかったという事、なのかしらね。……オリヴィアを見ていてさえこう思うのだから、自分の子ばかり贔屓するような振る舞いをしてしまわないか、自覚している性格上危惧しているというか」
……なるほど。言いたい事は分かった。権力闘争の中に身を投じていたローズマリーとしては、そうした危惧を抱くというのも分かる気がする。
「んー。でもまあ、そういう自覚や危惧があるならマリーは大丈夫だと思うよ。今の話を聞いたみんなもね」
「そうですね。マリー様は自己を律して行動できる方という印象がありますし……今のお話ですと、オリヴィア様が想像以上に可愛らしく感じるから危惧しているという事ですから」
俺の言葉にエレナも同意する。
「ふふ。オリヴィアだけでなく、みんなの子供達を見ても、きっとそう思うのではないでしょうか」
そう言って微笑むのは、寝息を立てているオリヴィアを腕に抱いているグレイスである。マルレーンもにこにことしながらローズマリーを見てこくんと頷いて。ローズマリーは羽扇で表情を隠したままで目を閉じる。
「まあ、マリーの心配が杞憂だとしても、私達全員で気を付けるべき事であるのは確かだわ。お互いの子育ては協力しあっていきたいものね。その……私達はまだ先の話だけれど」
そうクラウディアが言って。シーラとイルムヒルトも頷いていた。そうだな。その辺もきっと、取り決めというかトラブルにならない内に話し合っておくのが安心だろう。ともあれ、ローズマリーは子煩悩になりそうではあるかな。