番外1396 庇護された者達から
さて。解呪も済んだので俺達はと言えば、オルディアの時と同じようにまず造船所に能力測定に向かった。隠れ里の面々は付き添わず、フォレスタニア城でお祝いの準備を進める、との事だ。
解呪の祝いに関しては人を集めて盛大に行うものではなく、身内でのお祝いという形になる……というのもオルディアの時を踏襲しているな。
盛大にというのは最後の一人……テスディロスまでしっかりと解呪が終わってからになるだろう。
身内での小規模なお祝いと言っても、参加する面々は楽しそうなものだ。隠れ里の面々は……モニターの向こうでにこにことしながら宴会の準備を進めている。
『みんな喜んでいるようで何よりだわ』
クラウディアがそれを見て、微笑ましそうに目を細める。
「そうだね。オズグリーヴの体調にも問題はなかったし」
解呪した後、オルディアの時と同じく造船所で身体能力の測定を行い、その際に循環錬気やライフディテクションを使って状態も詳しく見てみたが、体内魔力や生命反応に異常は見られなかった。
覚醒能力を持つから魔力の質は良いものだし、儀式直後なので寧ろ調子が良さそうではあるから……体調が落ち着いたらというか、念のためにこれから少しの間循環錬気を使って経過観察しようとは思っているが。
ともあれ他の月の民と変わることはない、というのは安心ではあるか。その事を伝えると、モニターの向こうでは更に喜びに沸いていた。
「迷宮核の解析結果の通りなのでしたら、テオドール公の曾孫世代のお顔も見ることもできるかも知れませんな」
異常無しという事と共に月の民に関するあれこれを伝えると、オズグリーヴはそんな風に言って笑顔で応じていた。いやまあ、実際、月の民に関しては肉体的なところより魔力の質が重要なので、覚醒に至っているオズグリーヴの場合、ここからの老化も相当ゆっくりとしたものだろうと思われる。
月の民に関してはクラウディアの健康管理にも絡んで迷宮核内部にその辺のデータもあるし……色々と信頼性が高いというか。
能力測定そのものに関しては――オズグリーヴ自身の能力の応用範囲、魔力制御能力の水準が高く、瘴気よりも魔力の方が扱いやすいという事もあって、色々と興味深いデータが取れた。
煙の形状、色彩、質感変化の速度が上がっている反面、硬質化させた時の強度や拡散速度については水準の低下が見られる。まあ、テクニック面での上昇の代わりにパワーの面での低下、と……オルディアの傾向と同じだな。
この辺は更に創意工夫のし甲斐があるという事で、オズグリーヴとしては今までしてきた事の延長なので得意分野、だそうな。まあ……中々覚醒に至れず研鑽を積んだり工夫をしたりと色々してきたようだからな。ここからのオズグリーヴの研究や研鑽に関しては俺としても興味がある。
「身体能力面や移動力あたりに関してはオルディアと同じような比率かな」
『解呪による出力の低下はおおよそ7割程度という事で見ておけば良いのかな?』
アルバートの言葉に頷いて応じる。
身体能力にしても装備品製作にしても……オルディアが先行して調査にも協力してくれたおかげでノウハウがあるので、オズグリーヴ用に術式を調整しつつこのまま専用装備品作りにスムーズに移行していけるだろう。同じような水準の武器防具が出来上がると考えれば、最大値で解呪前の9割程度まで底上げできる。
ただ……力の低下を9割程度に抑えられるとか技量で補えるといってもギリギリの戦いになるような相手の場合、その辺の感覚の違いが咄嗟の判断に影響するのでダイレクトに響いてくる。問題にもならない相手というのは最初から能力だけで対応できてしまうから敵ではないだろうしな。結局のところ、感覚の一致と研鑽が大事、という事だ。
そうして身体能力と固有能力、両方の測定や体調確認をしてから城へと戻る事となった。フォレスタニア城の宴会の準備も進んでいるな。到着したらこのまま宴会に移れそうだ。
俺達が城に帰ってくると中庭では宴会の準備が整っていた。料理や宴会場のテーブル等も隠れ里の面々が中心になって準備してくれたものだ。
隠れ里のみんなはフォレスタニアに来てから結構時間が経過しているからな。料理にしろ何にしろ、色々とできる事が増えている。その成果をオズグリーヴにも見せたいと希望していたのだ。そうした想いを汲んでセシリア達も手伝いは最小限にしているそうだ。
「お待ちしていました。準備はできていますよ」
「オズグリーヴ様の体調も問題ないと聞いて、みんな喜んでいます」
「今日の料理もみんなで作ったんですよ」
「ふっふ……私は果報者ですな」
笑顔で歓迎してくれる隠れ里の面々の言葉に、オズグリーヴが表情を綻ばせて言う。
そんなわけで宴会の時間だ。みんなが今日作ってくれたのは白身魚と貝の炊き込みご飯、キノコの味噌汁、唐揚げに茶碗蒸し、サラダといった内容で……奇をてらったものではないが丁寧に作ってあるという印象だ。
唐揚げは……生姜も使ってあるな。衣もサクサクとしていて中身はジューシーといった印象で良い出来栄えである。
味噌汁もいい塩梅だな。大ぶりの海老や帆立が入った茶碗蒸し。サラダにはクラゲが入っていたりと海の幸もふんだんに使われている。
「美味ですな。解呪したばかりで調子が良いので余計そう感じると言いますか。皆が作ってくれたから、でしょうか」
「うん。良い出来だと思う」
オズグリーヴの言葉に俺も頷く。そうした反応にレドゲニオス達は顔を見合わせて喜びを露わにしていた。
「ん。これは確かに美味」
シーラも炊き込みご飯を口にして頷いていた。魚介類の旨味たっぷりなのでシーラとしては好みの味なのだろう。
宴会の際の楽士役を担うのも隠れ里の住人達だ。既存の楽器や魔力楽器を奏でつつ、歌声を響かせて旋律に合わせて舞いを見せて……今日まで練習してきた成果を見せてくれる。セラフィナとリヴェイラが一緒に手を取って空をくるくる回るように踊って……楽しそうにしていた。
それらの演奏や踊りにオズグリーヴも楽しそうに拍手を送る。
そうして宴の時間ものんびりと過ぎて行く。やがて頃合いを見計らってレドゲニオスやイグレットが顔を見合わせ、おずおずと前に出てきた。
「ふむ」
少し首を傾げるオズグリーヴに、イグレットが口を開く。
「これは――私達からオズグリーヴ様へのお礼です。長い間、私達の事を守って下さって、皆感謝しております」
イグレットの言葉に合わせるように木箱と布の包みを、後方に控えていた隠れ里の面々に手渡されて出してくるレドゲニオスである。
こうしたサプライズを用意していたから、先にフォレスタニア城に戻ったというのもあるな。
「これは――嬉しいものだな。中身を見ても?」
「勿論です」
オズグリーヴが笑顔を見せて尋ねると、そう応じるレドゲニオス達。
「では――」
と、まず布の包みから開けていくオズグリーヴ。中から出てきたのは生地だ。アルケニーの糸で織られたものだが……。
「私達で交代しながら織りました。ここから防具になるという事ですので途中経過をお渡ししているようで恐縮ではありますが」
オズグリーヴは防具としてローブを作るので、そこに使われる予定である。
「おお……。これは嬉しいものだな」
木箱の方は首飾りだ。ミスリル銀で作られていて、刻印術式が施してある。埋め込まれた魔石にも防御関連の術式が刻まれていて防御面に特化したアミュレットという感じだな。ミスリル銀の細工等は隠れ里の住人達が施した形だ。
全体的にオズグリーヴの身を案じて、という品々だな。
「そう、か。では、ありがたく使わせてもらおう」
そう言ってオズグリーヴは首飾りを早速に身に付け、隠れ里の面々は嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。




