番外1395 古くからの因縁を
というわけで予定通りにオズグリーヴの解呪儀式に向けて準備を進めた。慰霊の神殿での儀式は俺が祭司役を務め、シャルロッテとフォルセトが巫女役。参列する者達と共に中継映像で一緒に各所で祈りを捧げる、と言うのは今まで通りだ。
まだ解呪されていない魔人は――残すところ4人だ。オズグリーヴとエスナトゥーラ、ゼルベル。それから最後の一人として順番を待つ、テスディロス……。最後の1人となる予定のテスディロスの解呪が終わるまで、しっかりを気を抜かずに進めていきたい。
オズグリーヴは魔人としては最古参なので年齢としても最高齢だが……魔人の歳の取り方はかなりゆっくりしたものだ。その上精神の在り方というか、本人の望んだ在り方が瘴気特性にも影響を及ぼす傾向があるので、肉体の変容にも影響を受ける、というのが分かっている。
最古参の魔人達はほぼ同年代だが、封印されていたベリスティオとウォルドムは肉体年齢も老いなかった印象があるな。アルヴェリンデもその美貌を以って権力者を惑わして国を滅ぼすという逸話通りに若い姿を保っていた。
オズグリーヴ、ガルディニスとザラディは――見た目も老人ではある。そこで危惧されるのは解呪された時に急速に老化がきたり肉体的な限界が訪れたりしないか、という事だ。
肉体的な構造、封印や解呪による変化、月の民はどうか。
諸々調べて迷宮核でも検証したが……まあ、結果からいうなら急速な老化が起こったり限界が訪れたり、ということはない、という結論だ。
肉体的な老化は見た目通りの年齢で止まっていると言っていい。
精神的な状態が肉体にも影響を及ぼしている、という事だな。精霊に近しい性質が魔人にも引き継がれているので、周囲の見る目というのも影響を及ぼしたりするが……ともあれ、解呪で急速な老化や限界が来るという事はないので安心だ。
肉体的な状態から月の民と比較しても全く問題ない状態でもあるし。
解呪する事でここからまたゆっくり老いていく、というのは事実であるが……準備の合間にそれを伝えるとオズグリーヴは少し笑っていた。
「ふっふ。それは寧ろ……良い事なのでしょうな。自然のまま、あるがままの姿に戻るだけの事です。隠れ里の長として長らく過ごしてきましたが、在り方が歪んでいるとは常々思っておりましたからな。そうなる事を望んでいた……というのもあります」
オズグリーヴはそう言って遠くを見るような目をしていた。きっとそこに偽り等はないのだろうし、魔人となる事は呪いなのだというのも実感できてしまう。
だけれど……オズグリーヴ自身が望む事と、周囲がオズグリーヴに望む事は少し違うだろう。
「隠れ里のみんなは……オズグリーヴが元気でいてくれる事を望んでいると思うけれどね。俺だってオズグリーヴには色々世話になっているから、隠れ里のみんなと一緒に笑顔でいてくれる方が嬉しいし」
氏族達の相談を受けて中継役も担ってくれているし……隠れ里の面々が慕っているあたりからもオズグリーヴの面倒見の良さが窺える。
俺の言葉を受けて中継映像を見ていたみんなや一緒にいたレドゲニオスやイグレットも真剣な表情で頷く。
オズグリーヴは視線を戻して、それを見やると穏やかな表情を浮かべた。
「ありがとうございます。そう、ですな。望んでいた、というのはフォレスタニアに来る前の話です。今は……皆とののんびりとした暮らしと共に、時折テオドール公のお手伝いができれば……それは張り合いや刺激もあって楽しそうだと、そう思っておりますよ」
オズグリーヴのそんな言葉に、俺やみんなも静かに笑って首肯したのであった。
そうしたやり取りも経て……日程を調整し祭具や触媒を用意した上で儀式に臨む。
「よし。それじゃあ始めようか」
「よろしくお願いしますぞ」
祭壇正面の魔法陣に立ったオズグリーヴが、穏やかに答えた。
慰霊の神殿に集まった面々はと言えば……真剣な表情だ。レドゲニオスやイグレットを始めとする列席者のみんなと頷き合い、祭壇に向き直って盟主の剣を構える。
「我らここに願わん――」
そう言って詠唱を開始すれば、神殿に居並ぶ面々やモニターの向こうにいるみんなが祈りを捧げて――場の魔力が高まっていく。同時に、オズグリーヴにかかっている呪いの強さのようなものも実感があった。魔法負荷に近い、少し痺れるような感覚。片膝をついて目を閉じるオズグリーヴも「む……」と小さく声を漏らす。
そう……。そうだろうな。オズグリーヴは最古参の魔人だ。自ら望んでベリスティオと共にハルバロニスを出奔した者達。呪いの原点とも言える者達の、最後の一人。
だけれど。だからこそ、予測していた事だ。そんな因果はここで終わりにしたいと、そう思う。オズグリーヴは十分過ぎる程に長い時間を、仲間を助けるために苦労して過ごしてきたのだから。
ベリスティオやヴァルロスもまた、冥府で力を貸してくれているのが伝わってくる。隠れ里の面々、集まった氏族の者達。月やハルバロニスの面々。城や各地の皆が。真剣な表情で祈りを捧げる。
高まっていく祈りの力の中で僅かな刹那の間に垣間見える風景がある。
オルディアの時と同じだ。ああ。ベリスティオ……だろうか。俺が知るベリスティオよりも若い頃の姿。そんなベリスティオがオズグリーヴの面影がある少年に武芸を教えている光景が一瞬浮かんでは消える。
それから……老いたオズグリーヴが同じように隠れ里の子供達に武芸を指南している光景――。子供達を見やるその表情は穏やかなものだ。
そして……魔物の群れを軍煙の力で撃退している姿。
これらはベリスティオやオズグリーヴ、隠れ里の住人達の記憶から形作られた過去の光景、なのだろう。
オズグリーヴは自分自身やその行いを……あまり高く評価していない。隠れ里の面々には長い間厳しい暮らしをさせたと思っているようだ。
だけれどそれでも慕われるというのは何故か。今垣間見た過去の光景が物語っているように思う。
だから……オズグリーヴの呪いは解かれて欲しいと、そう思う。ヴァルロスの指輪に願いを込めて、ベリスティオの剣で因縁を断ち切るというように寓意を込めて一閃する。
砕けるような音と共にオズグリーヴの身体から光が散った。渦巻く祈りの力の輝きの中に散った光が消えていく。
そうして……輝きが周囲に散るように広がっていった。僅かに間を置いて……オズグリーヴが目を開く。
「――おお……。これは……」
そう言って、俺を見てくる。視線を合わせて頷くと、オズグリーヴは掌に魔力を集中させる。瘴気から……魔力へと変化していた。列席して祈りを捧げていたみんなから歓声が漏れる。
重厚で洗練された魔力、というイメージはそのままだな。集めた魔力を煙に変化させると、それを自分と全く寸分違わぬ姿に変化させて見せるオズグリーヴである。
「良いようですな。何と申しますか。とても晴れやかな気分です」
笑みを見せるオズグリーヴのその言葉に、列席しているみんな。モニターの向こうのみんなから大きな拍手が起こり、オズグリーヴも丁寧に一礼して応じていた。儀式の成功と終了を伝えると、魔法陣から出たオズグリーヴが、隠れ里の住人達から喜びを以って迎えられる。
『――上手くいったようで何よりだ。オズは俺達の中でも最年少でな。生真面目で不器用なところがあったから色々と心配していたが……この分なら大丈夫そうだな』
「ああ。俺もみんなが平和に暮らせるように努力する」
その光景を見やって目を細めているベリスティオにそう言うと、ヴァルロスと共に穏やかな表情で頷くのであった。




