番外1392 竜牙の錫杖
父さんと氏族達の間で少し話をしたり、中庭で共に時間を過ごす。ラヴィーネやベリウス、カーバンクルやすねこすりのオボロ、獏のホルン……コルリス、アンバーにティールといった動物組の面々を撫でたり抱いたり抱き付いたりする子供達に、父さんは穏やかな目を向けて表情を綻ばせていた。
「子供達は可愛い物ですね。孫が生まれて、余計にそう思います」
「ええ。本当に。こうやって平穏に暮らせる場所を作って下さったテオドール様には感謝しています。お気持ちが分かる、とは軽々に言えない事ではありますが、我ら氏族の者達や子を持つ者達は伯爵のお言葉を嬉しく思っていると伝えておきたく思います」
父さんの言葉にルクレインを腕に抱いて父さんにそう伝えるエスナトゥーラである。エスナトゥーラだけでなく、他の氏族の子供を持つ者達もこくんと頷いていた。
父さんはそんな氏族達の反応に少し笑って頷く。
「――テオドール様も魔法の教本を読んでいたという話だし、伯爵家の書庫には興味があるな」
「まあ、俺が本を色々読むようになったのは最近の事だけれどね……」
「新しい事に挑むのは良い事だと思うぞ」
ダリルもザンドリウスとそんな話をしていた。ザンドリウスはやはり読書に興味が向いているので、振る話題もそうしたものが中心になる。伯爵家の書庫や蔵書の話になっていたが、ダリルは農作業や訓練だけでなく、座学も頑張っているようだな。
解呪した面々は色々な物に目が向いているから、新しい事に積極的に触れてみるのは良い事、という価値観になっているところがある。その点ダリルは立派な領主となる為に色々と頑張っているからな。ザンドリウス達から見ても好ましいものに映るようで。
そんなやりとりに、ネシャートも表情を穏やかなものにしてダリルを見て微笑む。ダリルのそうした在り方を好ましく思っているのはネシャートも同じなようで。
そうしてみんなでお茶を楽しんだりユイや迷宮村の住人の楽器演奏に耳を傾けたり……父さん達や氏族の面々と共に穏やかな時間を過ごしたのであった。
父さん達は数日タームウィルズの別邸やフォレスタニアに滞在してから伯爵領へと帰っていった。
キャスリンも滞在中に父さんと共に劇場や温泉に足を運んだりと、今まで出歩けなかった分気晴らしをしてもらえたようだ。まあ……ガートナー伯爵家の諸々も問題も解決したしな。
キャスリンはそれでも立場もあるので、これからもあまり目の届かないところでの行動は控えるとそんな風に言っていたが、逆に言えば行動範囲が明らかならタームウィルズやフォレスタニアで息抜きする事はできるわけで。
気分転換が必要ならタームウィルズやフォレスタニアの施設も活用して欲しいと伝えると、少し驚いたような表情を浮かべてから「ありがとうございます」と、穏やかに笑って礼を言っていた。
そんなやり取りを経て父さん達が領地に戻ってから更に数日。
アルバートから連絡を受けて、俺達はオルディア達を連れて工房へと向かったのであった。
「やあ、テオ君。おはよう」
「ああ。アル」
顔を見せるといつもの様に笑顔で挨拶をしてくるアルバートである。オルディアの装備品が出来上がったという事で、早速試しにきたわけだ。
アルバートに案内されて工房の一室に向かうと、そこにはビオラ達が嬉しそうな笑顔で待っていて。
布に包まれた細長い方は錫杖。木箱は防具の方だろうか。
「こうしていざ出来上がったと言われると、少し緊張しますね」
オルディアが言うと、ビオラ達も嬉しそうな笑みを見せる。
「ふふふ。では――早速見て行きましょうか」
ということで、まずは錫杖の方から包みを解く。白と銀で構成された錫杖は細やかな装飾が施されて、神聖な印象がある。
竜の爪とミスリル、魔石によって作られた錫杖だ。先端と石突部分、装飾として箔を押したような部分はミスリルで構成されている。杖本体は竜の爪。魔石部分は綺麗なエメラルドグリーンの宝石といった印象で、オルディアの能力を髣髴とさせるものがある。
「美しい杖ですな」
「オルディアに似合っていると思う」
オズグリーヴが言うと、テスディロスも同意する。
オルディアはと言えば大事そうなものを持つように、錫杖をそっと手に取る。
「どうですか? 重さや長さといった感覚に不都合はありませんか?」
コマチが尋ねると、オルディアは軽く握って杖に魔力を纏わせて……それからくるりと一回転させる。
「取り回しやすい、と思います。魔力を流すと軽く感じると言いますか。不思議な感覚ですね」
錫杖の大きさに関しては事前に模型を作ったりして使いやすい大きさを事前に調べてある。それもあってか、扱いやすさに関しては問題ないようだ。
「竜の爪自体がそういう性質を持っているようですね。魔力を流して一体となる事で強度の向上や自動修復が杖全体に及ぶという事ですから、相当激しく格闘戦をしても問題ないと、メギアストラ陛下は仰っていましたよ」
エルハーム姫が答える。オルディアは感心したような表情で頷いて、杖の装飾部分にも触れたりしていた。竜鱗装備も相当なものだったからな。メギアストラ女王からの情報だというのならこの辺の性質は信頼がおける。
「では――続いては防具も見て行きましょうか」
カーラが笑顔で言うと、オルディアも頷く。着替えのためにカーラ達と共に別室へと向かうオルディアである。
ややあって、オルディアがドレスアーマーを装備して戻ってきた。オルディアの能力を模したのであろう、宝石のついたサークレット。アルケニーの糸と竜鱗で構成されたドレスアーマーといった装備だ。染色も白とグラデーションのある緑で……錫杖やサークレットと同様にオルディア自身の能力をモチーフにしたデザイン、というのが分かる。
性質、性能も合わせているし見た目もだな。魔法的には寓意が力を与えるところもあるので、こうして見た目も合わせていくというのは結構効果があったりする。
「ええと、どうでしょうか?」
オルディアが皆に姿を見せるようにその場で軽く回って見せる。
「オルディア姉さん、お綺麗です」
『オルディアの変身後を意識しているだけあって似合うものだ』
笑顔のレギーナと、連絡を受けて水晶板越しに顔を見せたイグナード王である。イメージ的にも似合うデザインやカラーリングという意識が既に俺達にあるからだろうな。工房や氏族の面々も同意するように頷いて、オルディアが少しはにかんだように笑った。
この後は造船所に赴いて計測を行うわけだが……その前に動きやすさを確かめて裾の長さ等に問題がないか少し調整を行う。工房の中庭で、ユイが訓練用の杖を持って、オルディアの訓練相手を務めてくれる。訓練用の杖とは言っても、オルディア側が竜爪の錫杖なので訓練する側としてもそれなりの装備品が求められる。
「よろしくね、オルディアさん」
「はい。よろしくお願いします、ユイさん」
ミスリル銀で作られた簡素な杖を構えるユイに、オルディアも笑顔で答えて、軽く組手を始める。
軽くと言っても、二人の動きはスピーディーなもので。闘気と魔力がぶつかり合って干渉しあい、小さな火花を無数に散らす。
体術に勝るユイ側がかなり加減して、オルディアが胸を借りる形ではあるが……見ているかぎりでは動きにもキレがあって、装備品で阻害されるどころか増強されているような印象すらある。ユイは時折頷きながら嬉しそうにオルディアの相手を務めていたから、動きが良くなっているというのは傍目で見ている者からの印象だけ、というわけではあるまい。
さてさて。では、問題がなさそうなら造船所に移動して強化の度合いについての計測を行うとしよう。




