番外1390 伯爵家と城内見学
腕に抱いたり軽く髪を撫でたりと、父さん達はオリヴィアをそっと扱いながらも表情を緩ませていた。
父さんだけでなくキャスリンもダリル、ネシャートもオリヴィアの髪を撫でたりしてくれるが、子供に慣れているキャスリンとネシャート、加減が分からないので恐る恐るといった様子のダリルといったように印象が分かれていたところがあるな。
そんなダリルの様子に父さん達は表情を綻ばせていた。まあ……ダリルの気持ちは分からなくもない。俺もオリヴィアを腕に抱く時はレビテーションを使って負担を掛けずに、という風に考えてしまうし。
「ネシャートは子供に慣れている感があるね」
「バハルザードにいた頃は、姫様と一緒にいましたから。戦地の後方に赴いた時には是非子供を抱いてやってほしいと、親御さんから言われる事も多かったのです」
ダリルの言葉に頷いて答えるネシャートである。
「姫様の作った質の良い武器防具が兵士達の命を守ってくれたという評判から、夫や息子の命を守ったのであれば小さな子供も健やかに育つようにと……そんな風にあやかる方が多かったのですね」
ネシャートはやや詳しく説明してくれる。
理屈としては分かりやすいな。エルハーム姫はバハルザードの兵士達からも人気があるしな。その言葉に納得したように頷くダリルである。
「バイロンやダリルの……小さかった頃を思い出しました。……小さな子というのは良い、ものですね」
そう言って目を細めるキャスリンである。キャスリンにとっても落ち着けるような、有意義な時間になったのであれば何よりだ。父さんも穏やかに頷いて。そうして面会室を後にする事になった。
「お祝いに来て下さって、ありがとうございました」
「私にとっても初孫という事になるからね。テオもそうだが、グレイスやオリヴィアも元気そうで何よりだ」
オリヴィアを腕に抱いてお礼を言うグレイスに父さんも頷いて応じていた。さてさて。父さん達にはこのままフォレスタニアでのんびりしていって貰えればというところだな。
ネシャートが訪問してきているという事で、工房の仕事を終えたエルハーム姫も合流してくる。
「ダリル様と一緒の時間を過ごしているので、遠慮しようかと思っていたのですが」
エルハーム姫が言うと、ダリルとネシャートが笑顔で応じる。
「殿下とご一緒できる時間は貴重かと思いましたので」
「私は領地で一緒に過ごせる時間が多いので、二人で話し合ってそれが良いだろうと」
「ふふ。なるほど。では、友との時間も楽しませてもらいましょうか」
というわけで、模型室や画廊といった城内施設を見て回る。
模型室に関しては……うん。前より充実しているな。レビテーションを組み込んだ小型の飛行船模型が作られていて、ゆっくりとした速度で離発着所から広場等、街中にある幾つかのポイントからポイントへと停泊するようにして動いている。これに関してはゴーレム制御の技術が使われており、エルハーム姫の書いた術式をアルバートが魔石に刻んでくれたらしい。
「街中の決められた箇所を移動するだけの簡単な挙動ではありますが……発着場や広場に着陸した時に魔力補給ができる、という寸法です。移動分の魔力量が足りなくなったら魔石から供給されるまで停泊している、というわけですね」
エルハーム姫がダリルとネシャートにそんな風に飛行船模型について説明する。模型部屋の一部に魔力供給設備を敷設したからな。来訪した者が水晶球に触れて魔力を供給すれば街が動く、というわけだ。飛行船だけでなく模型船が運河に見立てた机の間を航行したり……船や来訪者が近付いたら机の間にかけられた跳ね橋が上がったり、模型馬車が大通りの決まったルートを移動したりと……色々ギミックが凝り出してきている模型室である。
因みに明かりを消して水晶球から魔力を送ると、街並みや船、馬車、飛行船とそれぞれに灯りが付けられたり、星空が見えるようになって夜景が楽しめる、というのが今現在工房の職人面々の間で計画されている。今は――動力の組み込んであるところで試作しているらしく、乗り物や跳ね橋は明かりが灯る状態になっているな。
「これは見事ですね……」
「凄いなあ……」
ネシャートやダリルも模型部屋の様子に喜んでいた。父さんやキャスリンも模型の精巧さを見て笑顔で頷き合っている。
画廊も――シグリッタが色々と絵を追加しているな。騙し絵だけでなく、風景画、人物画といった絵もそれぞれのコーナーに纏められていて。
早速というか、グレイスに抱かれているオリヴィアの肖像画も描かれている。優しそうな眼差しのグレイスと、穏やかな表情で眠るオリヴィア……。色使いも柔らかで……良い絵だな。
騙し絵に関しては……みんな楽しんでくれているようだ。特にキャスリンは領地からあまり出歩けなかったというのもあるので、かなり喜んでくれているようである。
「キャスリン様に関しては、かなり申し訳なく思っているというのが伝わってきて……寧ろ心配していたのだけれど……うん。良い気分転換になったのではないかしら」
そんなキャスリンを見て母さんも頷いている。父さんと共にいるキャスリンを見守っている、といった様子で……俺が視線を向けている事に気付いたのか、自分は心配いらないというように笑みを返してくる。
「ふふ。テオも心配してくれているのね。私は……まあそうね。色々と納得して今の状況に落ちついているもの。テオもグレイス……アシュレイちゃん達やオリヴィアもいてくれる。心配はいらないわ」
「ん。それならいいけど」
何となく母さんの感情の機微は分かる。俺を安心させるための方便であるとかではないようだから……それなら良かった。父さんやキャスリンの平穏な生活を穏やかに見守っているという雰囲気があるし、実際にもそうなのだろう。
死睡の王と相討ちになって封印して以後、現世に顕現できるようになるまでの間に、色々と心情的に整理がついていたという事なのだろう。
死者や亡者というのは……未練や恨みを残した存在でなければそういうものだしな。母さんの場合は神格と共に冥精に変化したからまた少し違うのだろうけれど。
廊下に置かれたアクアリウムも……発光珊瑚が少しずつ育っており、中々見応えのあるものになっている。顔を見せると内部の作業用ゴーレムも、イソギンチャクと一緒に手と触手を振って挨拶をしてくる。深みの魚人族の所から貰って来たイソギンチャクは小型だが魔物種族のようで、ある程度意志疎通が可能だ。翻訳の魔道具でこちらの意思を伝え、それに対して触手の振り方で肯定、否定の意志を伝えてもらう、というわけだな。
アクアリウムに関しては水が綺麗で魔力補給もして貰えるので心地が良い、とのことである。
それから、月だからテラリウムではなくルナリウムというべきだろうか。シルバーリザードのルージェントも元気そうだ。月の砂の中から顔を出して挨拶をしてくれた。ルージェントに関しては、精霊の加護を受けているので、ルナリウム内部だけでなく外に出ても元気にしているな。時々ルナリウムを抜けて中庭でのんびりしている様子が見られる。その内、月から番の子を、という話もオーレリア女王との間でなされていたりするが。
父さん達はイソギンチャクや小型ゴーレム、ルージェントといった面々から挨拶を受けて楽しそうに笑っていた。アクアリウムやルナリウムも楽しんで貰えたようで何よりだな。