番外1389 伯爵と孫と
「テオドール公におかれましては、此度はおめでとうございます」
ダリルは母さんと言葉を交わしてから、俺に向き直り丁寧に一礼する。
「ありがとうございます。ダリル殿に置かれましてもますます精悍になられたようで、喜ばしい事です」
こちらも正式な作法で返してから……どちらからともなく貴族らしくない笑みを向け合う。
「本当におめでとう。お母さんの事も、グレイスやオリヴィア姫の事も」
「ああ。ありがとう。ダリルも、実際前よりかなり鍛えたんじゃないか?」
「兄さんも頑張ってるって聞かされたからね。気合が入ったって言うか」
なるほど。バイロンの修業や更生に関してはダリルにとって良い影響を与えているという事だろう。バイロンの状況が変わってダリルの心情面への影響がどうなるものかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
或いは……父さんが色々と気にかけてくれたというのもあるのかも知れないが、あまり父さんはそういうところを家族には見せないからな。グレイスの事にしてもそうだ。俺やグレイスが後で苦労しなくて済むようにと色々取り計らってくれていた。
指輪の封印を解除した時の専用の斧にしても……俺付のメイドであるが魔物の襲撃など……万一の時にダンピーラの力で俺の護衛役になれるからという本人の希望を聞いて、父さんが用意してくれたものであるし。ダンピーラであるが封印の指輪があるので心配はいらないというのを王国側に通達してくれていたのも父さんの手際だしな。そちらに関しては母さんの実績というのもあってのものではあるが。
今も、静かに俺達のやり取りを聞いたり、母さんとキャスリンが話をしているのを見て目を細めている父さんである。
「父さんも……改めてありがとうございます。今こうしていられるのも父さんが見えないところで色々取り計らってくれたからというのがあるのだと思いますし……グレイスの事も、感謝しています」
父さんにそう言うと、少しだけ目を開いてから、笑みを見せる。
「良いさ。リサから後を託されたと思って色々と気を回したつもりでいたが……私は至らない部分が多かった。そこに後悔もあるが……テオにそう言って貰えるのは嬉しく思う」
そんな父さんの笑みは、噛み締めるような嬉しさと僅かな自嘲が混ざったようなものであった。
先代の伯爵や侯爵家との絡みもあって色々複雑な立場だったろうしな。まあ、そんな中でも父さんからの俺への対応が不当だったとは思わないし。
そんな父さんの反応に、母さんも静かに頷く。
そうやって話をしているとバハルザード王国の転移門も光を放ってネシャートが姿を見せた。ネシャートも母さんの事情を知っているのでこのまま迎えて問題はないな。
俺達の姿を認めると、礼儀正しく一礼して挨拶をしてくる。
「お待たせしてしまい、恐縮です」
「いや。通達していた通り私達も少し話をする事があったからね。時間通りに来てくれて嬉しく思っている」
と、父さんが笑顔で応じる。
「テオドール公におかれましても、此度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「パトリシア様も……御高名はかねがね。お目にかかれて光栄に思います」
「ふふ。よろしくね」
ネシャートはそれからキャスリンにも丁寧に挨拶をした後で、ダリルに笑顔を向けた。
「ダリル様もお変わりなく、何よりです」
「うん。ネシャートも」
そんな二人の向けあう笑顔は明るい物で。他の相手への挨拶の時とは少し違う、特別な相手への笑顔といった印象があるな。
さてさて。では人も揃って挨拶も済んだところで移動していく事にしよう。母さんは楽しそうに仮面をつけ直し、また馬車の護衛といった体を装ってくれる。馬車に母さんやヘルヴォルテ、コルリス達が護衛としてついてくれて、そのまま街中を移動していく。
今回の訪問の理由の一つとして、母さんとの再会の他に、孫の顔を見に来た、というのがあるからな。
肝心のオリヴィアはと言えば……先程までぐっすり眠っていたが、今は目を覚ましているようだ。今訪問すれば……或いは父さん達も笑っているオリヴィアを見たりする事が出来るかも知れないな。
母さんは――仮面をつけているが……機嫌が良さそうにしているのは分かる。父さんやキャスリン、ダリルとのやり取りが有意義なものになったからだろう。俺と父さんとのやり取りもそうかも知れない。
馬車の窓から外を見ると、隣を飛行しているカストルムと視線があって。テオドールも嬉しそうで良かったと、カストルムがそんな風に音を鳴らし、コルリスやアンバー、ティールといった面々も同意するように頷いたり声を上げたりしていた。
「ん……ありがとう」
カストルム達の反応に少し笑って応じる。
そのまま進んで、フォレスタニアへと移動していく。コルリス達が手を振ったりして沿道の人達が反応してくれる、というのは父さん達を迎えに行った時と同じだ。母さんはヘルヴォルテと共に護衛役をしているから護衛に集中するふりをしてそこまで愛想の良い対応はしていないが……楽しそうにしているのは分かる。時折お辞儀を返したりしていた。昔の顔見知りもちょくちょく見かけて、元気そうにしていて嬉しい、との事である。
そうしてタームウィルズからフォレスタニアへ。街中を通って城へと移動する。
父さん達の来訪を城のみんなも歓迎する。早速オリヴィアの顔を見に行きたいところではあるがまずは往診に来ているロゼッタに話を聞いてから、という事になった。
「そうね。面会の前に浄化の魔道具をしっかり使うこと、長時間の面会は控えた方が良いということ……そのへんを心がけてもらえるなら、というのがルシール様との共通した意見だわ。人数も少なくて負担も少なめだし、グレイスもオリヴィアも、体調が安定しているからね」
オリヴィアの診察を済ませているロゼッタがそんな風に今の状態等も含めて教えてくれる。
「ああ……。それは何よりだ」
母子共に健康とロゼッタから改めて聞いて、父さんは安堵したように笑顔を見せる。そんな父さんの反応に、ロゼッタも目を閉じて頷いていた。
というわけで早速、城の一角に用意した面会用の部屋に父さん達を案内する。その際浄化魔法等も使って、衛生管理もしっかりとしていく。
面会用の部屋には、グレイスがオリヴィアを腕に抱いて待っていて。顔を合わせた父さんは「おお……」と小さく声を上げてオリヴィアを見やる。
キャスリン、ダリル、ネシャートもオリヴィアを見て表情を緩ませている。
グレイスがそんなみんなの様子に表情を綻ばせ、腕に抱いたオリヴィアの髪を軽く撫でると少しくすぐったそうに身じろぎして笑顔を見せていた。
「これは……可愛らしいですね」
「本当……。これは驚きだな……」
ネシャートの言葉にダリルも頷く。父さんはオリヴィアを腕に抱かせてもらい……微笑ましそうに表情を緩めていた。俺やバイロン、ダリルと……子育ての経験もあるので子供をそっと抱くのも慣れている印象がある。そんな父さんの様子に、キャスリンも少し目を細め、母さんも静かに頷いていた。
父さんにとっては初孫か。お祖父さんにとっては曾孫だが、感覚としてはオリヴィアが初孫に近いところがあるな。
父さんやお祖父さん達の反応からすると子供達に甘くなりそうな印象もあるが……実の父親の俺としては……ちゃんと意識して引き締めるところは引き締めないと、な。立場としては貴族になるから、教育という面ではきちんとしなければいけない。
うん……。うん。それに関してはまだまだ先の事だからしばらくの間は全然問題はないけれど。