番外1388 母子と共に
「それじゃあ行ってくる」
『ええ。行ってらっしゃい』
『ふふ、お父さん達のお出かけね。私達はお留守番していましょう』
水晶板の向こうでローズマリーが頷き、クラウディアがオリヴィアに語りかけながらこちらを見て笑みを浮かべる。うむ。
みんなにも手を振って早速転移港へと出発だ。
父さん達がやってくるまで少し間があるので、母さんも試しにマスクをつけて出かけてみるという話になった。カーラが仕上げてくれたヴェネチアンマスクを装着して出発だ。デフォルメしたドクロ飾りの留め金もついているが……全体的には落ち着いたデザインなのでややミステリアスな雰囲気でもあるな。
「何度か私もご一緒すればお母上殿が今後出歩いても目立つ事もないかと」
ヘルヴォルテが静かに頷いて、同行を申し出てくれた。ヴァルキリーなので存在としても冥精……天使に近い。光輪はなくとも翼は持っているしな。
「ありがとうございます、ヘルヴォルテさん」
「いいえ。お役に立てれば幸いです。親子の交流に水を差してしまうようで恐縮ですが」
「ううん。テオと出かける事は今後もできますから。街の人達に認識してもらうにしても、最初が肝心だと思いますし」
マスクの下で母さんが微笑む。そこにコルリス、アンバー、ティール、カストルムといった面々もやってきて、任せろというように自分の胸のあたりをポンポンと叩いたり、フリッパーをばたばたとさせて声を上げる。
コルリス達も一緒に出掛けてくれるという事らしい。顔触れが目立つなら一緒にいる母さんが目立たない、というわけだな。
「ああ、そうそう。外では母さんって呼んだらダメよね、パトリシア……リサもダメかしら」
「それは……確かに」
変装しているのに母さんと分かってしまう呼び方は問題だ。母さんと呼んだらそれでアウトだし本名は勿論、シルヴァトリア出国後の名もタームウィルズでは知られているから外で呼ぶわけにはいかないな。
「そうね……。それじゃあ、シアで」
どこか楽しそうに母さんが言う。
「んー。分かった。シア、さん?」
「ええ。それで良いと思うわ」
俺の言葉に、母さんは楽しげに肩を震わせる。
『仮面をつけている時はシアさんですね』
『ふふ。リサ様のお名前については連絡を回しておきますね』
そんな風にモニターの向こうで笑顔を見せているグレイス達である。
そうだな。呼び方を共有して統一しておけば諸々安心だろう。というわけで出発だ。
馬車は使わずに歩いて、街中を案内しながら移動する。
目立つ面々が一緒なので注目を集めてしまうところはあるが、コルリスやアンバー、ティール、カストルムが街行く人達に手を振ったりして積極的に注意を引いてくれた。俺もそんな光景に少し笑って手を振ると、嬉しそうにお辞儀をされたり「おめでとうございます!」と祝福の言葉を口にしてくれたりする。
母さんはと言えば、ヘルヴォルテと一緒に俺の護衛というような動きをしているな。
その実は外に出られるようになったから父さん達の迎えがてらに街中の案内をしているだけだったりするのだが……護衛としての動きが本職さながらなのは元冒険者の経験故だろう。
まあ……それも演技ではあるので楽しそうにしているのはマスク越しでも伝わってくるが。
「ふふ、テオの護衛の振りをして街を歩くというのは……案外楽しいわね」
「私も……任務の振りというのは何やら楽しく思います。姫様の護衛と、している事は大きく変わらないはずなのですが」
母さんの言葉にヘルヴォルテも表情を変えずに頷いているが、機嫌は良いらしい。
運動公園の、平時の様子や冒険者ギルド前の賑わい等を眺める。親子で楽しそうに滑走していたり、夜桜横丁から戻ってきた冒険者達が戦利品を確認して盛り上がっていたり。冒険者達の方は、どうやら結構良さげな装備品を手に入れる事ができたらしい。
「馬車の中からでも少し見たけれど……子供達も冒険者も元気で活気があって……良い事ね。うん。良い街だわ」
「ん……。ありがとう」
母さんの言葉に少し頬を掻いて答えると、母さんと共にグレイス達も表情を綻ばせていた。
そうして、フォレスタニアからタームウィルズへと移動する。
父さん達を迎えにいくのでここでは馬車を使う形になるな。コルリス達が周辺を固めるのに紛れて護衛の振りをして街中を眺める母さんである。
「あのお店のご主人も、元気そうね。新米冒険者だった頃におまけしてもらったのよ」
「それは……今度食べに行ってみようかな」
「ええ。美味しいからお勧めね」
タームウィルズの街並みは懐かしいもののようで、あれこれと見つけては楽しそうに教えてくれる。母さんが外出を楽しんでくれているようで何よりではあるかな。
そのまま俺達は転移港へと移動していく。久しぶりに父さんやキャスリンと顔を合わせるからか、母さんも転移港が近付いてくると、少し真剣な表情になって大きく深呼吸をする。やや緊張してはいるが……気負ってはいない、というように見えるな。
やがて心の準備はできた、というように頷いて、転移港に到着してから中庭や設備を見たり転移門それぞれの意匠に関する話をしたりといった時間を過ごす。
程無くして……ガートナー伯爵領に繋がる転移門が輝き、父さんとキャスリン、ダリルが姿を見せた。母さんとの顔合わせがあるから、ネシャートは少し時間をズラしてバハルザードからやってくるという事で打ち合わせている。
「待たせてしまったかな」
「丁度来たところですよ。転移港内の設備や由来を話していたところでした」
父さんの言葉に笑って答える。それから母さんを見やると頷いて来て……俺も頷き返してから父さん達を見やり、引き合わせるように脇に下がる。
母さんと父さん、キャスリンが向かい合う。母さんは仮面を外して、父さん達に挨拶をした。
「お久しぶりです、お二方とも。お顔を合わせて……元気そうで安心しました」
「ああ。久しぶりだ。リサも……元気そうというには少し違う、とは聞いたが」
「ふふ、精霊化しているので調子は良いですよ」
母さんと父さんはそんな会話を交わす。それから、母さんは緊張した面持ちのキャスリンを見やる。キャスリンは大きく息を吸い、吐き出してから母さんを真っ向から見やり、口を開く。
「リサ様……私は貴女に……」
と、言いかけるも、母さんは少し笑って、首を横に振る。
「キャスリン様のお気持ちは、以前聞かせて頂きました。謝罪の気持ちはきちんと伝わってきましたよ。ですからまた改めて頭を下げるような必要はないかと存じます。テオもこうして立派に育ってくれていますし。そもそも……状況が悪くなってしまった事だって、私自身も当事者である以上は、相手方ばかりが責められるのは公正ではない、と思うのです」
そう言って母さんはキャスリンに歩み寄る。
「ですから……やり直しませんか。私は一度現世を去った身故一線を引いていますが、それはそれとして、キャスリン様との間に確執やしがらみを残しておくのは、良くないと……そう考えているのです」
「リサ様……。そう……そうですね。やり直しの機会を、与えて下さると言うのならば。今度は、間違えません」
母さんがキャスリンの手を取って。お互いの両手を握り合うようにして頷き合う。今度は、間違えない、か。その言葉は、並行世界の事を知る俺としても考えてしまうところがあるな。
「それから……ダリル様」
「はい」
真剣な面持ちで母さんの言葉に応じるダリル。
「領主としての修業は大変だと思いますが……頑張ってくださいね。伯爵領で暮らしてお世話になった者の一人として、応援しています」
「はい……! 頑張ります……!」
母さんの目を真っ直ぐに見て、気合を入れて答えるダリルである。農作業や武術教練のせいだろうか。ダリルは前より精悍になっている印象があるな。そんなダリルを見て、母さんは穏やかに笑って頷くのであった。




