番外1387 冥精教師
そうして、オルディアの武器防具を作りながらも執務や視察、工房の仕事、みんなの体調を循環錬気で確認し、増強するといった日常が過ぎて行く。
工房については他の仕事も並行して進めつつなので、武器防具が出来上がってくる時間は少し長めになるが……いずれも中々順調だ。
新しい仕事としてはフォレスタニアにやってきた氏族の面々に色々と外の常識、情報、日常生活に関してといった諸般の知識についての講義といったものも増えているが……その講義にしても講師は俺だけでなくセシリア、ミハエラ、ゲオルグやフォレストバード、迷宮村の住民……それにフォレスタニアに来たエリオットが引き受けてくれたりと、色々持ち回りでやっているので俺の負担は然程増えていない。
今日は……俺が講義を担当させてもらっている。内容としては自国の歴史だな。俺と共に行動すると国内外で色々と活動するし、貴族とも接触する事があるから。人間社会の事は早めに常識的な部分は学んでおいた方が良い。
「というわけで、ヴェルドガル王国では王家、大公家、公爵家の三家を中心に発展してきたわけだね。迷宮の産出する資源があったからヴェルドガル王国が恵まれていたというのはあるけれど、政治とは距離を置きつつも歴史的に月女神の教えが尊重されていたから、国力の高さと相まって周囲との摩擦は少なかった。平和が長く続いたわけだね」
ゴーレム化したチョークが宙に浮かんで、黒板に国内の情勢やら解説用の図解やらを書きつけていく。読み書きと計算については氏族に属する者達には元々その辺の教育は行われていたらしく、講義も割とスムーズに進めることができた。
最古参の魔人達はハルバロニス出身で教育の重要性を知っていたからな。
現在の氏族長達もその流れを汲んでいる。魔法を覚えるにしても必要だし、人間達への斥候として接触するにも読み書き計算は必須だからという事もあるな。そんなわけで通常の生活知識については必要とせずとも、そこは抑えていたわけだ。合理性を重視する傾向があったからか、はぐれ魔人達も両親から習ったという者も多い。
まだその辺の教育が完了していない年齢層もいるが……そこも平行して進めているな。今は――母さんが子供達を集めて読み書き計算の授業をしてくれている。シャルロッテへの修業だけでなく、そっちの仕事も買って出てくれた。子供の扱いには慣れているから、ありがたい話だ。
「はい。それじゃあ先生に続いてね」
「はーい……!」
例文を読み上げて、それを子供達が復唱し、母さんがその後に解説や小話を挟むという和やかな光景がフォレスタニア城の一室で行われている。バロールであちらの授業の様子を把握しているという状態だ。グレイス達もモニターで講義や授業を見て、楽しそうににこにことしている。
俺もその光景には和んでしまうが、こちらはこちらで講義に集中しなければな。歴史的な部分の講義をしつつ、疑問や質問を受け付けてそれに応えるといった形式で講義を進めていくのであった。
「テオドール様の講義は面白いですね」
「そうですね。白墨が宙に浮いて地形図を描いていくので思わず見入ってしまうと言いますか」
講義が終わるとそんな風に感想を口にしながら氏族達が講義室を退出していく。魔法で耳目を集めて内容に集中してもらうという作戦だが中々に有効らしい。いや、解呪した面々が元々真剣に聞いてくれているからというのも大きいが。
地図については敢えて簡易な図にしてあり、その事も含めて説明してある。詳細な地図は軍事的にも有用なので、こういった講義で扱うにはやや不適当だからだ。
母さんの授業はと言えば……一旦休憩を挟んで、文字の読み書きから計算の授業に移ったようだ。子供達は習うことも多いので授業の時間も必然的に増える。大人達は大人達で就業の為の訓練、講義もしているが、これらは現時点では適性を見出したり当人の希望する職種を探すという側面が大きいからな。いずれは当人達の希望に沿って訓練と講義も細分化することになるとは思う。
講義室を出てみんなで通信室へ向かい――母さんが授業を行っている会議室の様子を見せてもらう。
『こういう場合はね――』
母さんは子供達が計算で引っかかっている部分を丁寧に説明しているようだ。ありがちな計算ミスの事例と、どこに気をつけたらいいのかといった部分の解説と予防策のレクチャーといった感じだな。
『ふふ。懐かしいですね』
その光景を見て、グレイスも表情を綻ばせた。
「ん。そうだね。俺もグレイスと……小さい時に母さんから同じように読み書きや計算を習った記憶がある」
『それは――見てみたかった気もするわ』
『確かに。一緒に教えて貰えたら楽しそうというのもありますね』
イルムヒルトの言葉にアシュレイもにこにこしながら同意する。
『リサ様は教えるのが上手ですね。傍から見ていても思います』
『私も封印の巫女として指導を受けていますが確かに、分かりやすく指導してくれますね』
『塔で暮らしていた頃からそうだった記憶があるわ』
エレナやシャルロッテの言葉に、工房の水晶板からヴァレンティナが答えてくれた。
『まあ、そうね。冒険者時代も作戦を考えたり、それらを説明したりも得意だったものね、リサは』
往診にきているロゼッタも目を閉じてうんうんと頷いていた。
やがて、授業も終わる。子供達は楽しそうに母さんにお礼を言いつつ教室として使っている部屋を出ていき、母さんはそれを笑って見送る。
モニター越しに『こっちも終わったわ』とみんなと話をして、母さんの授業風景が話題になっていたのを知ると、少しはにかんだように笑うのであった。
『ふふ。少し気恥ずかしいけれど、そんな風に思ってもらえるのは嬉しいわ。顕現したからには何かしたいとは思っていたけれど……そうやって指導に適性があると思ってもらえるなら今後も続けたいところね』
そう言って頷く母さんである。
『それから、今日のこの後の予定だけれど……』
「ん。そうだね。父さん達を迎えに行く予定は変わってないよ。頃合いになったら転移港へ行ってくる」
今日のこれからの予定としては、かねてから話を進めていた通り、父さん達がフォレスタニアにやってくる。
解呪儀式や祝いも含めて、少し慌ただしくしていたというのもあるので、俺達のところに顔を出すのを少し遅らせていたわけだな。
オリヴィアの顔を見に来てくれるという事でもあるので、俺としても喜ばしい事である。
母さんとしては……キャスリンが同行するので、そちらも気になっている部分ではあるか。
『キャスリン様もそうだけれど、ダリル君と修業中のバイロン君も気になるところではあるけれどね。ダリル君は大丈夫そうではあるけれど』
母さんはそう言って少し思案するような様子を見せていた。墓参りでの墓前への報告もあって、二人の状況や心情についてはある程度母さんとしても把握はしていて……ダリルとバイロンに関しては応援しているそうだ。
バイロンはドラフデニアにて修業中なので今回来訪はしないが、ダリルは父さん達と共にフォレスタニアを訪問してくる事が決まっている。婚約者のネシャート嬢もタイミングを合わせてフォレスタニアにやってくる予定だな。
……父さん達に関して言うなら母さんとの面会は問題ない。世間に向けて冥府関連の事も口外はしない、という部分があるからな。
さてさて。では……父さん達を転移港まで迎えに行ってくるとしよう。




