番外1386 竜達と鬼娘と
魔法陣の中心部に置かれた竜の鱗、爪や牙といった品々に対呪法処置を施していく。元の持ち主と魔法的に縁を切るというもので……これにより呪法がメギアストラ女王達に届くことがなくなる。悪用されて女王や竜達に危険が及ぶ事もなくなるわけだ。
ウロボロスの石突きを床に突き立ててマジックサークルを展開。術式を発動させると魔法陣が青白い光を放ち、中心に置かれた竜鱗がぼんやりとした輝きを纏う。一瞬遅れて小さく砕けるような音と共に光が散った。
対呪法処置はあっさりとしたもので、これで完了だ。簡易の呪法生物――蝙蝠羽の生えたドクロを組み上げてメギアストラ女王の鱗の元に届くようにと呪法を送ってみるが、行先が分からないというようにしばらく旋回した後、部屋の向かい側にいるメギアストラ女王ではなく、俺の所に戻ってくる。
「どうやら良いようですね」
「うむ。これで安心であるな」
俺の言葉にメギアストラ女王が笑みを見せた。
「ふむ。テオドールは既に妾の知る者達の中でも屈指の呪法の使い手になったか。いや、それとも解呪や対呪法が強化されておるのか?」
対呪法処置を行うという事で、見てきたパルテニアラがそんな風に言う。
「そういうものなのですか?」
「うむ。竜の部位素材にすらあっさりと処置を施せる、というのはな。この術は技量が未熟では失敗する事がある。その際の負荷や反動がないから誤解される部分はあるが。それだけテオドールの技量が卓越しているという事だ。或いは加護を受けた身故、かも知れぬが」
「……なるほど」
高位精霊や神格からの加護、か。解呪や対呪法処置といった類の術は……祝福を受けている術者だから意識せずとも強化される、というのはあるかも知れない。これらの術自体特性が祝福や加護と同系統に属するというか……術を行使する者の縁起が良いから効果が上がる、というのが普通にあるからな。
『ふむ。上手くいったようで何よりだ』
と、魔界でも魔王国に遊びにきた竜達がモニターに顔を見せていた。ルベレンシアやメギアストラ女王と共に「元気そうであるな」『そちらこそ』と楽しそうに挨拶をしている魔界竜の面々であるが。
「とりあえず、呪い等で迷惑がかかる事はないと思います」
『それは重畳。上手く活用してもらえると嬉しく思うぞ』
俺の言葉に竜達が頷く。
「預けて下さったものを無為にはしないよう、精進します」
「そうだな。ヴァルロス殿との約束を守る為に正しく使うと、そう伝えておこう」
オルディアやテスディロスが言うとモニターの向こうで『承知した』『応援しているぞ』と笑う竜達。人化の術を使っていないので中々迫力のある光景だな。
そうやって魔界の面々と挨拶をしていると、アルバートも作業が終わったのか戻ってくる。
「核となる魔石は出来上がったよ。受け取った紙も……ちゃんと読めなくなった」
と、笑顔で術式を書きつけたはずの紙を見せてくるアルバートである。
「ああ、それは何より」
魔法をかけたインクによって契約魔法の条件や呪法発動の条件を満たす事で書かれた文字を消したり、後から文字の形を崩壊させて丸ごと塗り潰したりする事が可能となっている。今回は後者の塗り潰し方式で紙に残った痕跡からでも解析等ができないように処置を施したわけだ。
使い終わった紙は光球の術式で再構成してインクの残滓と紙に分けて再利用もできる。こちらの想定外の方法で後から読み取られても困るものなので、しっかりと今の内に再構成してしまおう。
光球の術に溶かす事で早速再構成を行って、新品の白紙に戻しておく。乾いたインクの残滓に関しても水に溶かせば再利用可能だな。
「テオ君が手伝ってくれると、使った紙が再利用できるのは良いね」
「一度使って廃棄も勿体ないからね。安全性と両立できるならそれに越した事はないし」
シュレッダーにかける必要もないしその場で再生紙にできるというわけで、割とお手軽で経済的だ。まあ……俺達の立場としては消費を促進した方が良いのだろうけれど。
「その術式も、本来はそんな気軽に使えるものではないのだけれどね」
と、そんなやり取りにヴァレンティナは苦笑していた。
「では……この魔石を使って武器と防具を仕上げていきましょう」
ビオラが言うとコマチやエルハーム姫、カーラも笑顔で頷く。新しい武器防具作り……しかも竜素材のものという事で職人面々はテンションを上げているようだ。
錬成や研磨、装飾といった部分は腕の見せ所といったところか。竜の爪牙もサイズがまちまちだが人間用だと大抵の武器に加工できるし、闘気とも魔法とも相性がいい。
職人面々としては扱ってみたい憧れの素材だろうし、今回は高位魔人達全員分という事でその機会そのものが多いからな。
そんなわけでビオラ達は早速竜素材、アルケニーの糸、出来上がった魔石といった品々を持って作業に入る。まずは……オルディアの装備からだな。爪を加工して錫杖にするわけだ。
竜の爪自体強靭な武器であり魔法の発動体にもなるから、接近戦で武器に闘気や魔力を通して体術を絡めた使い方をするにせよ、離れた距離で術を増幅するにせよ、どちらの場合でも非常に素材として優れている。
「では――私も武器防具に見劣りしないよう、早速修業を始めたいと思います」
と、オルディアが気合を込めた表情で言う。片手には杖術訓練用の杖。これはシルン伯爵領にいるミシェルの祖父、フリッツの作ってくれたものを取り寄せた。解呪した以上は技術的な研鑽もこれから大事になってくるしな。
武器が出来上がるまでの間、オルディアは訓練を積む、という事で話が進んでいるのだ。幸い俺やテスディロス、ユイと……杖術、槍、薙刀と、長柄の武器を使う面々が多いから、指導もできるし参考になる技術を持っている顔触れも多い。
ユイに関しては元々俺が対話で教えた部分も多いので同門に近いところがある。ユイ自身も修業中の身であるからと、オルディアの杖術修業の手伝いを買って出てくれた。そんなわけでユイも訓練用の杖を持って指導を手伝ってくれるらしい。工房の中庭での練習なので外から見る事もできるが、内容は杖術の基礎だ。
伸縮する薙刀であるとかユイの本気であるとか、そう言ったラストガーディアンの機密情報が漏れるような修業ではないので一先ず問題はないだろう。
「よろしくお願いしますね、ユイさん」
「うんっ! 私の方こそ、よろしくね!」
と、そう言って。まずは基本の型から練習を始めるユイとオルディアである。
「まずはこういう風に杖を持って……うん。腕の角度はもう少しこう。肩の力を抜いて……そうそう」
にこにこと嬉しそうにしながらオルディアに杖の持ち方を教えているユイ。オルディアも真剣な表情で頷きながら指導に応じていた。
ユイも指導は初めてという事で俺もその指導に間違いがないか等は監督役をさせてもらうという事になっているが……うん。特に問題はないな。
「ちゃんと指導してるね。持ち方だとか、重心の置き方とかコツとか……理に適ってる」
細かい事に気が付いて適切な指摘や指導ができるのは理解度が高いからだ。加えて言うなら、オルディアやテスディロスといった面々と技術的に交流して絆が深まるならば、それはきっと良い事だろう。
「流石はユイ殿であります」
俺の言葉に嬉しそうに笑うリヴェイラである。
オルディアもイグナード王やレギーナといった面々を昔から見ているからか、体術回りのセンスが良い。魔力の乗せ方がやや闘気の乗せ方に近いやり方だが……まあオルディアの能力からすれば問題はないだろう。そんな風にしてユイとオルディアは共に杖を振ってお互いの動きをチェックし合うのであった。