番外1385 姉妹の絆
ステファニアの場合は……生まれてくる子が双子だ。通常より母子共にリスクが高いのは確かであるが……ルシールは「双子を取り上げた事もあります。全力を尽くしましょう」とそんな風に言ってくれた。
ロゼッタとルシールは、オルディアの解呪祝いの宴会に合わせて俺が不在になるので、その間往診に来てくれたというわけだ。交代で用意した食事をとったり宴席に顔を出したり、日頃の感謝を示している部分もある。
「弱い魔力を送って反射で状態を診る、という技術も……できるように修業を積んだわ。水魔法、治癒術による干渉でも、安全性はかなり高まるわね」
というのがロゼッタの言葉だ。俺やアシュレイと同じく魔力ソナーを習得したらしい。逆子かそうでないか。双子の発育状況は順調か。そういった点をチェックしてくれたそうで、その上で現時点での問題はない、とそう断言してくれた。
「ですから、ステファニア様や御子の安全は私達にお任せください」
「ありがとうございます。心強く思います」
ロゼッタやルシールとそんな風に言葉を交わした。いや、本当に心強いことだ。ロゼッタは治癒術師としての経験と高い技術を持っているし、ルシールもまた医者としての経験が豊富だから、話を聞いていると安心する。
「心強いのは私達の言葉でもあるのだけれどね」
「そうですね。循環錬気での生命力の補強をしたり、母子の健康状態を判断したり……私達としても方針を立てやすいですから」
ロゼッタの言葉にルシールは目を閉じて大きく頷くようにして同意する。そう思って貰えているなら……俺としても嬉しい。自分達の事でもあるのでしっかりと協力して進めていきたいところだ。
グレイスとオリヴィアの体調と予後、シーラやイルムヒルトとその子供達に関しても問題ないという事だ。
「カミラ様とオフィーリア様に関しても心配はいりません。お二方に関しても順調です」
「はい。それは何よりです」
アルバートやエリオットと共に循環錬気をしている俺も把握している部分ではあるが、やはり専門家からのお墨付きというのは安心できるな。
と、そんな会話を交わした後で二人は退出していった。今日はもう遅いので二人もフォレスタニア城に宿泊していく予定だ。夜が明けたらルシールは戻り、ロゼッタは日中もしばらくいるので何か用があれば呼んで欲しいとの事だ。
「色々と安心するわね」
と、二人の背を見送ってからステファニアが笑顔を見せる。
「ん。二人も頼れるからね。ステファニアやみんなが安心してくれてるなら良かった」
「テオドールやみんながいてくれるから、というのもあるわね。環境が良いしいざとなったら魔法もあるっていうのも有るけれど……そういう事以前の問題として、私はそんなに内心では自信がある性格ではないもの。周囲に大切な人がいてくれるから頑張れるというのがあるわ」
ステファニアはそう言って。胸のあたりに手をやって穏やかな表情で目を閉じる。
「ん……。でも、ステフのそういう、期待に応えようとするところは良いなって思ってるよ。第一王女として色々考えて周囲に応えてきたのは見ていて分かるから。無理はしないで欲しいけどね」
みんなに先んじて第一夫人の立場になる事を申し訳ないと……そんな風にも言っていたしな。自信という点は本人が言う通りなのだろうけれど。
だけれどステファニアが周囲の期待に応えていたのも確かだ。自身の評価と周囲の評価に少しギャップがあるけれど、それは寧ろ責任感の強さの表れなのだと思う。
だからこそ……無理をしないで欲しいとも思う。俺の言葉を受けて、ステファニアは嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。
「ありがとう、テオドール、うん。嬉しいわ」
そうして、何か大事な物を受け取ったというように胸のあたりに当てていた手を握るステファニア。それから顔を上げて、俺を見てくる。
「テオドールもね。普通のお父さんの出産前の心配とか気苦労を何度もするのだし。それはやっぱり大変だと思うから、辛い事があったら私達を頼ってね」
「ん……。分かった」
ステファニアのそんな言葉に、頷く。大変なのはやっぱりみんなで、俺の方が、とは言えないが……そうやって心配してくれるのは嬉しい。
そんなステファニアの手を取ってにっこりとした笑みを見せるマルレーンである。ステファニアも嬉しそうにマルレーンと微笑み合う。そんな光景にローズマリーも静かに頷いていたりして。
ステファニアは……一人でも自信を持って黙々と前に進めるローズマリーを尊敬している部分がある。その辺もそういう内心から来るものなのだろう。
ローズマリーはローズマリーで、そうやって立場を念頭に結果を出してきたステファニアに一目置いていたという印象だ。
マルレーンは……元々ステファニアを尊敬していたし、ステファニアも心配して気にかけていた。ローズマリーとマルレーンの場合は和解してからは互いに大切に思っている印象がある。そうして何だかんだとお互い心配しているのは姉妹だなという気がするな。
そんなステファニア達の様子にグレイス達も穏やかな眼差しを向けて。うん。ステファニア自身にも不安はあるだろうけれど、みんなと一緒にいるからな。俺も……心身共に支えつつ、頼るべき部分はみんなを頼って……かな。うん。俺にとっても色々とみんなが支えになってくれているのは間違いない。しっかりと備えていきたいものだ。
そうして。オルディア解呪の祝いも一段落し、日常の仕事に戻る。
工房にて専用装備品の構築の仕事も進めていく。収集したデータを迷宮核で解析し、専用装備の術式も改良を施したものを紙に書き付け、アルバートに渡す。
「うん。それじゃあ、魔石に刻んでくるよ。作業が終わってから、また後でね」
アルバートが術式を受けとり、作業に移る。
「ああ。また後で」
ワンオフというか、完全に専用装備用なので術式を書きつけた紙も、後できちんと処分しなければならない。呪法を仕込んであって作業が終わったら文字も消えるように処置をしてあるけれど。
使われる素材の段階でビオラ達と打ち合わせ、術式も最適化していたりする。ドレスアーマーはアルケニーの糸を使っており、装甲部分はと言えばメギアストラ女王が鱗を提供すると申し出てくれた。今日は工房にメギアストラ女王も姿を見せている。
「素材をどうしようか考えていたので、提供は助かります」
「何の。呪法的な繋がりがなくなるように処置してもらえるのであれば、素材提供そのものは問題がないからな。生半可な事で譲れる素材ではないというのは確かだが、テオドールは話が別。まして大切な約束とこれからの平穏に関わるというのであれば、鱗ぐらいどうという事もない」
と、笑みを見せるメギアストラ女王である。オルディアの装備に限らず、これから作るテスディロス達の装備は竜鱗に限らず爪や牙が使われる事が確定している。メギアストラ女王が話をしたところ、他の魔界の竜達もそれならばと乗り気になっているそうで……生え変わりで良ければと提供してくれたのだ。メギアストラ女王はそれらの素材を届けがてら、呪法的な縁を切り離す処置を見届けに来てくれた、というわけだな。
アルケニーの糸や水竜親子の竜鱗といった品々も呪法対策をしているな。それと同様の処置を施していくだけなのでそれほど時間もかからない。
というわけで、工房の一角に魔法陣を描き、竜達の提供してくれた素材に処置を施していく。これはそれほど難しいものでもなく、処置を施したら確認作業をすれば完了だ。
簡易の呪法生物を作って……素材に呪法をかけ、提供元であるメギアストラ女王に無害な術が届くか確認すればいい、というわけだな。